第三十二話 ドラゴン様のお母様
竜は不老。不死ではないものの、その強靭な肉体を以てすれば自然界に於いて死など縁遠い存在である。
永遠に近い時を過ごすドラゴン様にとって、夫婦の契りとは永遠を共に過ごす事を誓ったに等しい。
それは、とてもとても深い愛が無ければ出来ない事である。所によれば、竜を愛の象徴として祀っている国もあるらしい。
「うふ。ウェールズ。わかってくれるわよね? これは愛。貴方が愛しいからこそ閉じ込めてしまうの。この氷が溶けた時……うふふ。再び誓いましょう。愛していたわ。愛しているの。愛するわ。ふふ、貴方も誓ってくれるわよね? 永遠の檻の中で貴方がいないなんて耐えられないもの」
しかし、これは深いと言うよりも、重いのでは無かろうか。
氷に囚われたお父上に蕩けた顔で頬擦りしながら「うふ」「うふふ」と熱を帯びた吐息を吐きかける女性。
緩やかなカーブを描く腰まで伸びた青い髪に、同じく青を基調としたドレス。
だが、己の身を覆うように纏った外套は深い紅。お父上の色である。青に被さるその紅は、彼女の愛とやらを体現しているように思える。
「ゴシュジン」
「何でしょうか?」
「あの方はゴシュジンのお母様なんだよな? 妹さんとかでは無いよな?」
「その通りですが?」
どうかしたの? とでも言いたそうに首を傾けて俺の顔を覗くゴシュジン。
それから目を逸らして氷に抱擁するお母様に目を向けると、どう見てもゴシュジンより頭一つ小さい女性。
「あぁ、ウェールズ。もしかしたら貴方は私に捕まりたくてあんな姿を見せたのね? そうに違いないわ。疑ってごめんなさい。でも、ちょっとだけやり過ぎよ。私だって不安に思うことはあるの。ふふ。だって、それが愛ですものね」
演説を続けるお母様を見てやはり思う。
小さくないか? しかし、その一言は言うべきでないと喉元に押し込んだ。
竜の体は長い時を経て形成される。だが対照的にドラゴン様の人型の肉体は一、二年で完成してしまう。
ならば、このお母様の人型はこれで完成しているということだ。それを小さいだのちんまいだの言うのは失礼無礼。お父上の轍を踏みかねない。
暫くの間熱い抱擁を交わしていたお母様は、呆然とそれを眺めている俺達に、たった今気が付いたかのように視線を合わせた。
「あら。お恥ずかしい姿を見られてしまったわ」
そう言いながらもまだ満足しないのか、頬をぺったりと氷に貼り付けたままだ。冷たくないのだろうか。
「お久し振りです母様」
漸くの挨拶である。しかし、俺達の心情を揺さぶるに十分な光景であったのだが、ゴシュジンのそれは気にも掛けていない平坦な声。
父竜の氷漬けはゴシュジンの家庭では、さほど珍しいという訳では無いらしい。
「レティ。ウェールズが暢気に貴方と食事をとっていたということは、巣立ちを認められたのね。おめでとう」
「母様は祝ってくれるのですね」
「ウェールズが認めたのなら私は反対する気など無いわよ。それに、私はこうなると思っていたの。貴方は一度言い出したら聞かない子だと知っているもの。なんたって、私とウェールズの子供ですから」
うふふと頬を緩ませるお母様に、微笑むゴシュジン。
この二人の表情は正しく母娘の顔であった。凍り漬けの父親のせいで、なんの感動も湧く事は無いが。
「ところで、あれは何かの催しかしら?」
そう言って視線を向けた先では、フェイランが体格差を活かしてランランを翻弄しているところだった。
苦笑するゴシュジン。畑で育てた魔物を勧誘中とは言い辛かろう。
◇◇◇◇◇
「へぇ。レティも従者契約を交わしたのね」
お茶の肴にゴシュジンが後ろに控える俺を紹介し、慌てて下げた頭にそんな言葉を掛けられた。
「お顔を良く見せてくれないかしら?」
言葉に従い頭を上げると、じっとこちらを見るお母様。
その澄んだ蒼い瞳が俺を捉えたと同時に、じっとりと濁った。
「……人族か」
眼を細めたお母様の瞳に、縦長の瞳孔が覗く。
反射的に一歩下がりそうになる足は、杭でも打ち込まれたかのようにその場を動かない。じわりと滲んだ脂汗が、気圧されていると気付かせてくる。
ドラゴン様の人型は総じて整った外見の者が多いが、その中でも個性というものがある。
ゴシュジンの聡明そうなキリリと引き締まった顔。お父上の何処までも緩やかな、軽妙洒脱とした顔。
双方とも人の形でありながらどこか人間離れしている雰囲気があるが、比べてお母様は下がった目尻のせいかぽんやりとした温和な空気を纏っており、人間らしさがあった。と思っていた。
そんな事は無い。
その瞳の奥のどろりとした目力は、視線を合わせた瞬間に俺の心を絡めとった。
蛇に睨まれた蛙は動かず呑まれるのみと言うが、竜に睨まれた人間など蛙と相違無い。
「母様。マシロは私の味方です」
俺の斜め前から僅かに険のある声が響き、お母様の細い瞳孔がふっと輪郭を帯びる。
「あら、ご免なさい。昔巣に毒を撒いた人族を思い出したら、つい感傷に浸ってしまったわ」
舌をペロリと出して、コツンと自分の頭を叩くお母様。
あざといその仕草が似合ってしまう容姿に、俺は顔で笑みをつくりながら、音を出さないように息を吐いた。
思い出し笑いならぬ、思い出し怒り。
本能が教えてくれる。俺は今、つい殺されてしまってもおかしくなかった。ギリギリの所で助かったのだと。
ゴシュジンを見ていると忘れてしまいそうになるが、雄竜と違い雌竜は竜のみを至上とし、他種を省みる事など無い。
特に雌竜は気性が荒く、その八つ当たりは十分に人の死因となり得るのだ。
「でも、マシロ君。貴方も竜の従者なら、髪くらい整えなさい。あと、髭も剃った方が良いわね」
「はい。申し訳ありません」
声が緊張してしまう。
日頃の不精が祟ったか。いつかやろうとそのままにしておいた事がこんな事態になろうとは。
「それとね。私、レティがどんな巣をつくっているのか見て回りたいの。今日はもう休みたいから、明日にでも巣の中を案内してもらえるかしら?」
泊まるのか。泊まってしまうのか。
俺の営業スマイルはこの数分足らずでヒクついていると言うのに、明日もあるのか。
「あら? お返事は頂けないの?」
「いえ。喜んでご案内させて頂きます」
敬語。おかしく無いよな?
「なら明日。お願いね」
うふふ。とぽんやりとした笑みをつくるお母様。
その表情のままの人柄であったならば、どれだけ良かっただろうか。
俺が案内。
いつか手品師が、相手によっては俺の対応では殺されかねんと言っていたが本当だったな。
命の危険をビンビン感じて、込み上げて来る。
感動とか生易しいものじゃ無くて、胃液が。
お母様の傍らにある氷漬けを見ると、俺に助けを求める表情のまま固まっているが、今はその氷を溶かして俺が貴方に助けを求めたい気分だ。
あぁ、お父上。今となっては貴方が懐かしいよ。
変態でも親バカでヘラヘラしてて浮気性でも良い。貴方は貴方の怖い奥さんより百倍マシだった。
双子の月 十六日目
収支報告
63,000G 元資産
- 30,000G 武具購入
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資産 33,000G
借金 111,447,000G
経過報告
人員 4名
来客 2名(+1)
魔物
高階梯 2匹
戦闘員 30匹
非戦闘員 17匹
設備
決闘の間、待機小部屋、第二待機部屋、リザードマンの大部屋、湖の間、調理設備、上下水道、宝箱(×12)
クエスト 古竜語翻訳(25/100)




