第二十八話 ドラゴン様とお父様
朝。
ぬかるんでいた土が固まった事が、巣も俺とゴシュジンの和解を祝ってくれているようでなんだか嬉しくなる。そんな爽やかな目覚め。
手品師が依頼通り食材を届けてくれた事により、つつがなくいつも通りに朝食の儀とあいなった。その景色に一人、新しい顔がいなければ。
「いやぁ、クゥさん。キミの食事はどれも大変美味しい。これはきっと隠し味によるものだね。それが何だか当ててみせよう。これは愛情。キミの料理は愛が詰まっている」
アッハッハッーと軽快に笑いながら狐娘の手を握る赤毛の美青年。
狐娘の方は、勝手に一人で喋って盛り上がっている青年にどうしたものかと苦笑を浮かべている。
「父上ぇ……」
その正面に座る、彼とさほど年齢差を感じない金色の娘は、フォークとナイフを握ってぷるぷると震えながら滲み出すように彼を呼んだ。
「ん? どうしたんだいレティ?」
と、まだ狐娘の手を握りながら振り返るお父上。
「貴方はまともに食事もとれないのですか!」
「ひぃっ」
娘竜の咆哮に慌てて顔の前に手を出して防御体勢に入る父竜。
娘竜がナイフとフォークを逆手に握っている辺り、本気で突き刺す思惑が見てとれる。この娘。殺る気満々である。
昨夜やってきたお父上はゴシュジンの鋭い蹴りにより一晩気を失い、現在は目覚めたお父上とゴシュジンが喧嘩しながら二人だけで朝食をとっている。
手品師曰く、客の対応は竜の品格に関わるらしい。
そこら辺は俺も日本人なので弁えている。おもてなしの精神というヤツである。
だが、もてなしと言われても悲しい事に場所が無い。
この巣には岩を切り取った山賊の根城のような部屋しか無いのだ。
だからせめて、ゴシュジンの顔を潰さないようにと各々二人の後ろに控えて給仕係の真似事をしている訳なのだが……。
「や、やだなぁレティ。ちょっとしたドラゴニアンジョークじゃないか」
何だその必殺技みたいなジョークは。
確かに実の娘の前で娘の部下にセクハラをするなどというジョークは、人間には高等すぎて着いていけそうに無いが。
「むっ……これほど料理が美味しいと、頬が落ちるかもしれないぞ。クゥさん。両手でこう、添えるように押さえてくれ」
「父上。本当に消し炭にしますよ?」
このように、二人の食事はてんで進まないのである。
ただでさえ量が多いのに、食べ終えるのは何時の事になるやら。
まぁ、ゴシュジンに付いている俺は食事を運ぶだけなのでまだ良いが、狐娘は大変そうだ。先程から困った顔でこちらにチラチラと助けを求めている。
代わってやりたい所だが、お父上はお前をご指名なのだ。我慢してくれ。
「ふぅ……腕が疲れてしまった。クゥさん。食べさせてくれないかな?」
あーんと口を開けるお父上。もう、本当に駄目だこの竜。
「そうですか。ならば私が食べさせてあげましょう。お食べください父上」
満面の笑みでそう言ってゴシュジンが差し出したのは何も着いていない銀ナイフだ。
「ほら。あーん」
娘は言う。食えと。狂気を感じる。
さしものドラゴン様も金属は食べられないようで、その顔にはダラダラと汗が伝っていた。
「あれれ? 急に腕が軽くなったよ。いやぁ、レティとの食事は楽しいなぁ」
アッハッハッーと笑い飛ばして誤魔化すお父上。
結局、食事が終わるのには二時間を要した。
◇◇◇◇◇
ドラゴン様に失礼を行った場合、殺されても文句は言えないのだそうな。
まぁ、殺されてしまっては口がきける筈もないのだから当然ではあるのだが。
食事一つも命懸け。ドラゴン様の従者とは、本当はもっと厳しい世界なのかもしれない。
お父上はそこら辺は大雑把なので正直助かったが、今後は俺自身のマナーや客間なども段取りせねばなるまい。
「それで、父上は何の用で来られたのですか?」
いつものニヤニヤ顔を封印した、素知らぬ顔の手品師が淹れた食後のティータイム。
ゴシュジンの後ろで呆けながら控えていると、そんな言葉が聞こえてきた。
因みにお父上の後ろには食事の後片付けの為とそそくさ去っていった狐娘の代わりにフェイランが控えているが、アチラもやる事がなさそうだ。
「私の用意したレティの巣が全壊したと聞いてね。慌てて居場所を捜して様子を見に来たのだよ」
お父上はそれに対しても胡散臭い笑みを崩さず、朗らかに答えた。
あの巣はお父上が用意したのか。今や瓦礫でしか無いが。
「いやぁ、私の可愛いレティが巣を失ったと聞いた時は血の気が引いたよ」
「あの巣に関しては……申し訳ありません。ですが、私はこうして自分で巣を興しています。幸い部下にも恵まれて順調ですので、父上は何もご心配なさる事はありませんよ」
若干の冷たさを含んで語るゴシュジン。
お父上は頬をぽりぽりと掻いて、「あー」と言い辛そうに口を開く。
「その事なのだがね、レティ。私の巣に帰って来なさい」
それは想像だにしていなかった一言。
一瞬、お父上が何を言っているのかわからなかった。
それはゴシュジンも同じのようで、口に傾けたカップが同じ角度で停止していた。
「様子を見に来たと言ったね。パパはママと相談してレティがちゃんと一人立ちしているかを確かめに来たのだよ」
「私は順調だと言っているではないですか」
お父上はその言葉にかぶりを振って答える。
「この巣は巣の機能を果たしていない。事実、私一人を止められなかった。人型の私と同等の侵入者など幾らでもいるのだよ?」
これは、手も足も出なかった身としては耳が痛いな。
視線の先でフェイランもしゅんと項垂れていた。
「そんなもの、いざとなれば私が……」
「レティはまだ竜の力も制御出来ないだろう。それで巣を壊してしまったらどうする? これ以上借金を膨らませるつもりかい?」
借金の事まで知っているのか。
これはやり辛い。だって、正論なんだもの。
だからと言って肯定する気はさらさら無いが。
「ママも心配している。きっと、エレナだってそうだ。レティ。キミはまだ幼いのだから……そう……幼いのに……」
話しながら肩を震わせるお父上。どうした? と、思っていたら、不意に俺を睨み付けてきた。
「いくら可愛いからといって、まだ幼いレティをかどわかしおって! こんな何処ぞの馬の骨が入り込んでいる巣に娘を置いていける親がいるか!」
夜叉再来。鬼の形相で明らかに俺に言っている。
何も言ってこないからゴシュジンの蹴りで記憶でも飛んだのかと思っていたが、勘違いは健在のようだ。
「父上……貴方はまだそんな事を。マシロは私の従者であって、そのような如何わしい関係ではありません」
「いいや、レティ! 聞けば彼は人族だと言うじゃないか! 人族の雄はね、女性をモノにする事にしか脳を働かせ無いような種族なんだ。そうやって油断させてレティをかどわかすつもりに違いない!」
えらく偏見をお持ちのようだが、娘の前でセクハラする父親に言われたくない。
「こうやって巣に上がり込んで、いつの間にかレティは甲斐甲斐しく彼の世話を焼くようになり……あぁ、考えたくも無い」
考えねばよかろうに。
大体、世話を焼いているのはどちらかと言えば俺だ。
「マシロ君といったね。キミは本当にレティに下心が無いといえるのかね!?」
火の粉がこちらに振りかかる。
ゴシュジンが眼で合図してきたので、失礼の無い言葉を頭の中で選び、口を開く。
「お父上。俺は……」
「誰が父だぁっ!」
カップが飛んできた。一言目から失言を呈してしまったらしい。
避けたカップが遠くで割れる音が聞こえたが、今度はティースプーンが飛来してきているので構っている暇が無い。
あれ、手品師のカップなのに。
「いい加減にしてください父上!」
ゴシュジンの振りかざしたカップがお父上の頭に激突して、粉々に消滅した。
手品師のカップでは竜の一撃に耐えきれなかったようだ。
スマン。手品師。
「レティ! 雄は皆狼なのだよ!」
「マシロは父上のように色気付いた考えなど持っていません!」
うむ。俺も自身の色気の無さには自信がある。威張る事では無いが。
「マシロは雑念など無く、精一杯私に尽くしてくれています」
「そこまで言うならば、彼のレティに対する忠誠を試してやろう!」
話が妙な方向に進み出したかと思うと、お父上がおもむろに外套をこちらに投げ付けた。
「マシロ君! 決闘だ!」
決闘とな。おかしな事を言うお父上についつい眉が寄る。
俺は昨夜アンタに負けたばかりなのだが。
「受けて立ちましょう!」
と、ゴシュジンまでもが外套をお父上に叩き付けた。
んん? 俺への決闘をゴシュジンが受けるのか? 何だこの父娘?




