第二十九話 ドラゴン様の決闘
決闘。一対一の果たし合い。
俺の常識ではガンマンが向かい合うような殺伐とした認識なのだが、コチラでは少しばかり違うらしい。
この世界での決闘とは、申し込んだ側が種目を提案して、立会人のもと正々堂々と闘うスポーツだ。
但し、申し込めるのは同格、又は格上の身分の者だけ。
その決闘を拒んだ物は恥知らずと嘲笑を受ける事になる。なんて理不尽。
今回の決闘は俺対ゴシュジン対お父上。立会人に手品師。
俺に申し込まれた決闘を何故かゴシュジンが受けてしまった為、このような訳のわからない形となってしまった。
竜と人間では基本スペックが違い過ぎるので、一対一では勝ち目は無い。正直、俺だけなら断っていただろう。
だが、ゴシュジンが受けてしまった。俺としてはサポート役に徹して、何とかゴシュジンに勝って頂きたいところである。
と、言うのも、勝者は敗者に何でも一つ命令する権利を与えられるのだ。合コンのノリである。
これでゴシュジンが帰宅を命じられてはかなわん。是が非でも負けられない闘いだ。
余談だが、この決闘は高階梯の鬼族が好んでふっかけてくるらしい。基本、飲み比べと力比べを選ぶとか。
「種目はそうだな……チェスなどどうだろうか?」
チェス。将棋の海外版というイメージしかない。こっちにもあったんだな。
お父上の提案に密かに息を落とす。
これが文字通りの決闘とあれば、この地は怪獣大決戦の場となり俺もそれに加わる事となるのだが、それは逃れられたようだ。。
そんな安堵の息を聞き付けてか、ゴシュジンが顔を寄せてきた。
「マシロ。父上はチェスの名手です。勝ち目はありません」
そうなのか。あんなにアホそうなのに頭脳を使う競技が得意とは意外だ。
「受けるべきデス」
と、横からひょっこり現れた手品師。
「お前は立会人だろ。何こっちに顔出してんだ」
「立会人の役割は試合に不正が無いかを見守る事デス。私としてはラティーシャ様に巣を畳まれては困るので、今はお二人の味方デスよ」
弛いな決闘。
お父上が怒らないかと眼を向けてみると狐娘が絡まれていた。うん。問題無さそうだ。
「メフィスト。それで、受けるべきとはどういう意味ですか?」
「数的有利とチェスのルールを使えばこの勝負、敗けはあり得無いのデス。多少の演技力は必要なのデスが――」
手品師が明かしていくその策の内容は、イカサマ紛いのもの。
しかし、イカサマとも呼べず、確かにそれが出来れば敗北は無いといったものだった。
「私にそれをしろと言うのですか!?」
だが、それに至る演技に於いてゴシュジンは大変不満があるようで、大きな叫びを挙げた。
「ゴシュジン。でも、それが成功すれば勝ちは確定だ。チェスを断ってもお父上は別の得意種目を提案するだけ。身体能力での勝負なら俺は手も足も出ない。なら、確実に勝てるこの勝負を捨てるのは不味いぞ」
「うぅ……しかし……」
「頼む。ゴシュジン」
そう言うとゴシュジンは項垂れたまま、ぶつぶつと呟いていたかと思うと自らの胸を握りしめて「わかりました」と緊張した顔を上げた。
「父上。受けましょうこの勝負!」
「ほぅ。怖気づくと思っていたが……」
お父上が不適に笑う。狐娘の手を擦りながら。
もう、本当にダメだこの竜。
◇◇◇◇◇
テーブルの上に並んだ盤が三つ。
俺とお父上の対戦する盤。ゴシュジンとお父上が対戦する盤。俺とゴシュジンの対戦する盤だ。
一戦ずつやれば時間が掛かるので、同時進行で指したいと言えば、お父上は余裕綽々で受け入れてくれた。
これは一人の勝者を決める闘いの為、勝ち点を最も上げた者が勝者となる。
いつの間にやら集まったギャラリーの中で、まず俺とお父上が先攻、後攻を決める。
チェスでは白が先攻、黒が後攻である。俺もさっき知ったのだが。
お父上との盤は俺が先攻。次にゴシュジンとお父上の盤の先攻後攻を決めるのだが……さて、ここからはゴシュジンの演技次第。
「レティとチェスを指すのも久しぶりだねぇ。先手はレティに譲ってあげようか?」
余裕の笑みで白い駒を差し出すお父上。
ゴシュジンは自分の膝に落としていた視線をすっと持ち上げて、その差し出された手を両手で握りしめた。
「あのねパパ」
「何だ……パパ?」
「うん。パパ。レティね。その白いの、だぁいっ嫌いなの。だからレティね、黒いのが欲しいなぁ」
時間が止まった。気がしたのでは無く止まった。
その光景に、指示を出した手品師までもがポカンと口を開いている。
手品師の指示は『お父上におねだりしろ』である。けっして、お父上の手を握って上目遣いでレティ語を話せとは言っていない。
誰だこの人は。ゴシュジンは何処に行った。世界に何が起こったと言うのだ。
「レレレレレティ? でもね、先手の方がね、有利になるんだよ?」
だが、効果は抜群だ。正論らしきものを述べながらもお父上は動揺を隠しきれず、その言葉の端々にレティ語が感染している。
効いている。やっちまえゴシュジン。
「ううん。レティね。大好きなパパとは黒いのでチェスするって決めてるの。だってね、パパ大好きだもん」
「ぐはぁっ!」
なんと、お父上が血を噴いた。口からでは無く鼻でだが。脈絡の無い大好き攻撃に夢見心地でTKO寸前である。
特権階級が喉から手を出す竜の生き血の有り難みも何処へやら。これはもう、ゴシュジンの勝ちで良いんじゃ無いか?
「マ、マシロさん! ラティーシャ様がおかしく――」
慌てて駆け寄ってきたフェイランの口を塞ぐ。それ以上は言ってやるな。ゴシュジンは自分を殺して勝利を得ようとしているんだ。
「良く見ておけ。これがゴシュジンの生き様だ」
フェイランが不思議そうに首を傾けるが俺はそれ以上語らず、レティちゃんを目に焼き付ける。
「ダメ? 大好きなパパ?」
「良いよ! 良いよぉ、レティィィィッ!」
そして、遂にセリフだけ聞くとただのド変態な発言でゴシュジンの後攻を認めるお父上。
その息が荒いのは、鼻が血で詰まっているからだと思いたい。
「そうですか。次はマシロとの取り決めですね」
「へっ、あれ? レティ?」
ゴシュジンはそれを聞くなりお父上からサッと離れてコチラに向き直ると、平坦な声で告げた。
「マシロ。私が先手で良いですか?」
夢から覚めきっていないお父上が戸惑っているが、ゴシュジンはこの数秒が存在しなかったかのような冷静さである。
しかし、しかしだ。
「ゴシュジン。顔が真っ赤だ」
とても見ていられなかった。
「……少しだけ失礼します」
言わない方が良かっただろうか。
ゴシュジンが入っていった待機の間から壁を叩いたり暴れまわるような音が響き、その間、始まってもいないチェスは暗黙の了解で小休止となった。
◇◇◇◇◇
愚者の頭の柔らかさは、時に賢者すら打ち負かす。
「これは……なるほど。やってくれたね。私の敗けだ」
試合が始まり三手目の事だ。お父上の宣言にギャラリーがどよめいた。
「えっ、えっ? まだ始まったばかりですよ?」
「ちぇすとは、そんなにも早く勝負が決する物なので御座いますか?」
俺達のイカサマ紛いを知らない一同には、不思議に感じるのであろう。
俺達のやった事は単純だ。
ゴシュジンの盤でお父上が動かした駒と同じ所に俺が動かし、俺の盤でお父上が返した手をゴシュジンが動かす。
鏡との戦い。相手は自分。お父上はそれに三手目で気付いたのだ。
対戦する盤は二つ。お父上は自分と戦うのだから、どう足掻こうと一勝一敗する事になる。
チェスには引き分けがあるらしいから、ただの二対一なら引き分けに持ち込む事も出来るだろう。
しかし、これは総当たり戦。
引き分けても俺とゴシュジンの盤の勝者が一等となるだけだ。
チェスの戦いでありながら盤の外で戦う。手品師の頭の柔らかさに感服である。なにせ、兵隊の動かし方しか知らない俺を名手に勝たせたのだ。
「やりましたね。マシロ」
「あぁ、ゴシュジンのお陰だ」
「……それは忘れてください」
どうやら黒歴史を突いてしまったようだ。ずーんと項垂れてしまった。
しかし、俺は既にレティちゃんの勇姿を焼き付けている。決して忘れる事は無いだろう。
「マシロ君。見事だった。この作戦はレティの魅力を理解していないと出来ない作戦だ。キミは娘を良く見ている。認めざるを得ないようだね」
お父上が笑みを含んで口を開いた。
いや、俺が考えた作戦では無いのだが、お父上は勘違いをされているようだ。
「こんなに清々しい敗北は初めてだよ。いやぁ、良い夢を見させてもらった」
ハハハッと爽やかに笑うお父上。
俺を透かして遠くを見るような視線。試合に敗けて勝負に勝ったとでも言いたそうな。真面目な話をするなら、取り敢えず鼻血を拭いて欲しいところだ。
まぁ、なんだか満足そうなので放っておこう。
お父上が試合を放棄したので残る俺とゴシュジンの戦いが勝者を決めるのだが、俺は試合放棄。ゴシュジンに勝ちを譲る。
さて、これでゴシュジンがお父上に一つ命令する権利を得たのだが、何を命令するのだろうか。などと考えていると、ゴシュジンが俺に手を向けて一同の視線を促した。
「では、この権利マシロに譲りましょう」
「は?」
勝ったのはゴシュジンだぞ。
「父上にマシロと言う人間を知ってもらうには丁度良い機会です」
「ふむ。レティがそう言うならパパも異論は無いよ」
お父上もそれに乗っかり、煌々とした紅い瞳に捉えられる。
おいおい、何だこの空気。
良く考えれば、ドラゴン様に命令する権利などとんでも無い権利である。
例えるならば、核ミサイルのスイッチを手に入れたような物だ。国一つくらいならば楽に滅ぼしてしまえるのでは無いだろうか。
「マシロ君と言う人間が何を望むのか、教えて貰おうか」
俺の望み。
この竜にはそれを叶える力がある。
例えば、来月に襲来する騎士団を壊滅させる事も。借金を肩代わりしてもらう事も出来るかもしれない。
だが、それは違うのでは無かろうか。
それらを願う事は、それらを口にしないゴシュジンの意思を踏みにじる事になる。
父親に火消しを頼むなど、ゴシュジンは望まないだろう。
ゴシュジンを連れ戻さないでくれという願いも一緒だ。それは、こんな命令で解決する問題じゃない。
ならば俺の望みとは何だろうか。そう考えて、俺は「では」と手品師を指差した。
「私……デスか?」
手品師が自分を指差して、僅かに目を見開いた。
俺の意を介しあぐねているようで、一同が怪訝な表情を浮かべる。
「メフィスト君が欲しいと、そういう事かい?」
いりません。やると言われてもいりません。
「いえ、ティーカップです」
「ティーカップ?」
「さっき割ったティーカップ。手品師の物なんです。新しいのを買ってやって下さい」
所詮、俺と言う凡人の願いなど、この程度である。
皆が仲良くぽかんと口を開けた沈黙が暫くの間を挟んで、お父上の軽快な笑いがそれを打ち破った。
「ハッハッハ。これは良い。キミはドラゴンにティーカップをねだるのか」
言いながら上機嫌に膝を叩くお父上。他の皆もやれやれと言った風な視線を投げ掛けてくる。
なんだかその視線が生温くて居心地が悪い。俺は何かおかしな事を言っただろうか。
「いや、実に面白い。レティ。キミの言う通りだ。マシロ君がどういう人間なのかわかってしまった。カップなど幾らでも買うが良いさ」
お父上は一頻り大笑いすると、再び俺に視線を合わせて口を開く。
「うん。私はマシロ君を勘違いしていたようだ。キミならレティの側にいてもなんら心配はない。娘を宜しく頼むよ」
俺の肩をバンバンと叩きながら、良くわからないお願いをするお父上。肩痛いんだが。
俺と言えば、丸く治まろうとしている空気を読んで、「はぁ」と気の無い返事をするのか精一杯である。
「キミなら近い内に来るだろうママもエレナも気に入ってくれる筈だ。生き残れるように応援しているよ」
「母様とエレナ姉様が!?」
不穏な事を言うお父上にゴシュジンが素早く反応する。
生き残れるとは何事か。物騒な。
どうでも良いが、ゴシュジン。お父上は父上なのに、他の家族は様なんだな。




