第二十三話 ドラゴン様の収入確保
初期の竜の巣に訪れる侵入者は大概が内部の調査目的だが、それが終わると様々な目的を持った者がやってくる。
レベル上げの冒険者。宝を狙う盗掘者。果ては学者に、それらの護衛やクエストを請け負った者などなど。
竜退治の名誉を求める本気の猛者が来るのは、また後の段階。それら先人達の情報を元に十分な戦力を整え、戦術を練ってから現れる。俺達の巣は今の所安心だ。
侵入者は基本的に何グループもが徒党を組んで、正午頃に同時に突入する。
何故同時に入るのかと言うと、至極単純。数は力だ。
個別で入るより巣の戦力が分散されるし、時には連携も可能。負傷しても他の侵入者から助けてもらえるかもしれない。
正午なのは魔物が夜に凶暴度が増す事と、早めに昼食を食べさえすれば区切りが良い時間帯だから生まれた、暗黙の了解だと言われている。
我らが巣にも本格的に侵入者の団体がやって来ると手品師からの情報。
俺と狐娘は巣の前で御座を敷いて、そんな彼ら彼女らを待っている。弁当を摘まみながら。
不幸中の幸いと言うべきか、ゴシュジンは先代長の討伐報酬を使っていなかった。
まぁ、唯一村に降りられる俺が寝込んでいたのだから受け取れなかったと言う方が正しいが。
そして、俺はまだ安静にしなければならないと言われている為、村に降りる事は難しい。
動けない。だが、金は稼がねばならない。
そこで俺は何処からともなく集まってくる侵入者を利用しようと思い至り、待っているのである。数は力だ。
昼前になると、二十人ほどの様々な装備で身を固めた老若男女が山を登ってきた。
眉間に皺を寄せて近付いてくる一同。その一人が、俺達に向け口を開く。
「何をやってるんだ……君達は?」
「いらっしゃいませ」
尋ねてきた三十にもなっていないだろう戦士風の男は、狐娘の手を膝の上に置いた丁寧な礼に連られ、ついといった様子で頭を下げる。
その顔には、困惑の色が透けている。
「商売だ」
見りゃわかんだろうが。という思いを込めて言ってやる。
御座の上には薬草、松明なんかの必需品。そして、弁当。背後には『買って満足イッシキ屋』と綴った旗。
どうみても露店商だろ。
「君達は、ここがどこだかわかっているのか?」
「知ってるとも。ドラゴン様の巣だ」
男の顔に浮かぶ困惑の色が強くなった気がする。
俺は咳払いを一つ挟み、用意していた前口上を述べる。
「言いたい事はわかる。ドラゴン様の巣は危険がいっぱい。だが、この御方がいれば安心だ」
狐娘に顎をしゃくると、一同の視線がそちらへと向けられた。
「この御方はな。巣に生贄として捧げられたが、ドラゴン様にその高潔さを認められた巫女様だ。ドラゴン様も部下もこの方には決して牙を向けないんだよ」
「竜の巫女……? そんな話聞いた事が無いぞ」
「何だこの女。亜人じゃないか」
あっ、今ちょっとムカついた。
「実際に俺達がここで弁当を食っていられるのが何よりの証拠だと思うが? この子に失礼な事したら、怒れるドラゴン様がお前の祖国ごと焼き払うぞ」
男は顔面蒼白となり、一同がざわつき始める。良い気味。
「ところで、アンタら山登りで腹が減っただろ。ちゃんと食わないと力が出ないぞ。弁当買っていかないか?」
「……確かに。おいくらかしら?」
尖り帽子を被った女が乗ってきた。コイツ、絶対魔法使いだ。
「一個千G」
「高っ!?」
「高いかどうかは食ってみてから決めてくれ。ほれっ」
ひょいと尖り帽子の口の中に肉の甘辛焼きを入れてやる。
女は一瞬見開いて戸惑ったようだったが、モグモグと口を動かすにつれその顔が驚嘆に染まり、突然目をかっ広げて口を開いた。
「まったりと濃厚でありながら繊細な塩の配分により口に残る筈の後味の悪さをさっぱりと飛ばし、尚且つ味の残像とも言える風味を楽しませる。この逸品は秋の紅葉のように印象強くも儚いわ。けど、その腕もさながらにして、素材。素材が生きている。まるで、この料理となるべくして生まれた命であるかのように、味覚を踊らせ……そう! これは、原始的衝動! 食べる事こそ命という母なる世界からのメッセージ!」
早口で捲し立てる女に、周りがぽかーんと呆れ返っている。俺もだけど。
どこぞの美食倶楽部の会員さんかお前は。予想以上というか、予想外の反応だ。
まぁ、確かに狐娘の料理は美味い。ゴシュジンも初見では泣いたくらいだしな。その腕で高級食材を使うんだから、その味は極上だ。
「買うわ! 千Gだなんて、安すぎるくらいよ!」
「そんなに凄いのか……なら、俺も」
「あぁ、俺も貰おう」
「私も!」
しかし、女の変な迫力の籠った長い口上は意外にも功を奏したようで、弁当は飛ぶように売れていく。
十個しか作らなかったのは失策だった。買えなかった男達が歯軋りしている。まさか、こんなに売れるとは。
因みに、尖り帽子は三つ買っていた。
「お前達、弁当も良いが保険に入っていかないか?」
「保険? 何だそれは?」
「ドラゴン様の巣は危険がいっぱいだ。だが、保険に入った奴はもし巣の中で気絶しても、俺達が運び出してやる。即死は知らんが」
「そんな事が出来るのか?」
「言ったろ。この御方は竜の巫女様だ。巣の中でこの方に逆らえる魔物はいない」
狐娘が引き攣った笑みを浮かべる。
ウソつくの下手だなコイツ。
「へぇ……便利かも」
「でも、お高いんでしょう?」
「なんのなんの。お一人様一回五千G。しかも、利用者のみの請求だ。自分で出られたのなら支払いはゼロ。五千Gで命が助かるなら安いモンだろう?」
「怪しいけど……使わなければ払わなくて良いのか。それなら確かに損は無いな」
残念。あるんだコレが。
「保険加入者は、魔導書のステータス貢を渡してくれ。入らない奴は勝手に魔物の晩飯にでもなってろ」
所々で相談を始め、やがて『オープン』と言う声が響き出した。
俺も魔導書を呼び出し、受け取った彼らのステータスを登録していき、代わりに一枚の名札を配る。
「これを目立つ所に貼り付けておいてくれ。それを目印に回収する」
「何だか格好悪いな……」
不満があるようだが知ったこっちゃない。
一同は渋い顔をしながらも、胸やスカートにそれを貼り付ける。
「そんじゃあ。皆さんいってらっしゃい」
「いってらっしゃいませ」
結局全員が保険に加入し、意気揚々と巣に潜っていった。
全員が闇に消えたと同時に狐娘へと振り返る。
「狐娘。お前は感情が顔に出過ぎだ」
「そうなので御座いますか? 自分ではわかりませんが……」
自分の顔をペタペタ触って首を傾げる狐娘。自覚無しか。まぁ、人を騙すには向いてない性格だとは思っていたが。
俺は魔導書に登録された侵入者達のステータスを開く。
上級職は無し。Lv.4の戦士が一人。Lv.3が二人。
職業はLv.10まであり、上級職は基本の十二職の一つをLv.5まで上げた者がなれる職だ。
レベルがイコールで強さと言う訳では無いが、ある程度の指標にはなる。
眺めていると、フェイランの使い魔であるコウモリが飛んで来て肩に止まる。
『どうですか?』
「三人から五人のパーティーが五組。脅威となり得そうな者は見当たらんな」
こちらの世界の奴らは、個人情報の重要さを知らんと見える。
これには、職業から戦闘能力。何人パーティーで魔宝の所持とその説明まで書かれているというのに。
まぁ、俺達がドラゴン様の手先とは露ほどにも思っていなかったのだろうな。
「作戦通り各所に二組に別れ迎撃だ」
『了解です。作戦名壬生の狼。開始します』
俺の考えた作戦。壬生の狼。
その名の由来はとある剣客集団の忌み名で、俺の趣味だ。
実際口に出されると、こっ恥ずかしさを感じる。
侵入者達は纏まって動く訳では無く、各パーティーで別々に行動する。
こちらは各々敵の戦力を把握しているので、それに十分勝てる戦力を集中させて叩くというのが、プロジェクト壬生の狼だ。有り体に言えば袋叩き。
『エリアC7に一組。名前はバッシュ、ラフォーレ、ジアスです』
名札で名前がモロバレな侵入者達。
魔導書に登録された名前で、ステータスを確認。戦士二人、魔法使い一人。何れも低レベル。
俺はすぐに、『収納』で巣の地図を取り出し、御座の上に広げた。
俺達は有利に戦闘を展開すべく、巣の中をエリア分けしている。フェイランは全て頭に叩き込んだようだが、おれには無理だ。
地図によると、C7は広めの一本道。迎え撃つに有利。
「エリアD4に待機中のリザードマン十匹を送り込め。手こずるようなら撤退して中型エリザベスのいるエリアG2に誘導。トドメは刺さなくて良いと再度伝えおいてくれ」
『了解です』
地図のC7の場所に小石を置いて目印にし、他の侵入者の情報をラジオ代わりにして、荷物を肩上の不思議空間に仕舞う。
報告を受け、場合によっては迎撃。場合によっては撤退。そして、不利ならばエリザベス爆弾投入。
リザードマン達の頑張りのお陰で、報告される侵入者の数が徐々に減っていく。
うむうむ。今日のリザードマンの飯は特盛にするよう狐娘に伝えておこう。以前のような高級食は使えないが。
『マシロさん』
「何だ?」
『これ、ちょっと楽しいです』
フェイランの声が弾んでいた。
奇遇だな。俺もだ。
かくして、漸く竜の巣は金を稼ぐシステムへと変わり始めたのだった。
双子の月 十一日目
収支報告
+ 10,000G 弁当売り上げ
+ 120,000G 保険加入
- 91,000G 返済
- 5,000G 食料購入
──────────
資産 34,000G
借金 111,608,000G
経過報告
人員 4名
魔物
高階梯 2匹
戦闘員 30匹
非戦闘員 17匹
設備
決闘の間、待機小部屋、第二待機部屋、リザードマンの大部屋、湖の間、調理設備、上下水道
クエスト 竜語翻訳(34/40)




