第二十二話 従者さんの悪夢
『初めまして。えっと……マシロ君』
……誰だ? この人。
何だか気味が悪い。何で僕の名前を知ってるんだ。
『マシロ。この人が新しいママになるんだ。嬉しいだろ』
新しいママ? 母さんが増えるの?
どうして僕が嬉しいの? 父さんは何で笑ってるの?
『よろしくね。マシロ君』
『今日から皆で一緒に暮らすんだ』
『サヤ。こっちにいらっしゃい』
一緒に暮らす? だから、よろしく?
『ほら、恥ずかしがってないでお兄ちゃんに挨拶なさい』
『……ハジメマシテ』
えっと……はじめまして。
『もう……サヤったら。この子、人見知りなの。ゴメンね』
どうして笑うの?
『マシロ。良かったな新しい家族が出来たんだ』
良い事なの? どうして笑ってるの?
『マシロ君は私の事、ママって呼んでくれるかな?』
『マシロ。呼んでみなさい』
……やだ。
『マシロ呼びなさい』
『マシロ君』
『マシロ』
『マシロ君』
『呼びなさい』
『マシロ君』
……嫌だ。新しいってなんだよ。
『マシロ』『ね、マシロ君』『マシロ』『マシロ君』『呼びなさい』『ほら、ママって』『マシロ』『マシロ君』『マシロ』『マシロ君』『マシロ』『ましろくん』『ましろ』『ましろくん』『ましろ』『ましろくん』『ましろ』『ましろ』『ましろ』『ましろ』『ましろ』『ましろ』
『ママを呼んであげなさい』
『ママって呼んで。ね?』
「嫌だって言って――ッ!」
それが自分の声だと認識すると同時に、腹部を激しい痛みが襲った。
「マシロ様っ!?」
「ましろー?」
痛みを両手で押さえ込み。違和感。
服。服を着ていない。代わりに、俺の身体には包帯が巻かれていた。怪我……いつした。腹が痛い。
混乱しながら身体を起こすと、何かが頬に触れる。
「動かれてはいけません」
狐娘の手が俺の頬に添えられていた。
そのひんやりとした感触と、眉毛を情けない形に変えた顔に妙に心が安らぐ。
「……ありがとう」
何故かそんな言葉が出た。
身体の重さに任せて背を倒すと、柔らかい感触に包まれる。エリザベスのベッド。岩を削った天井。
……どうやら、夢を見ていたらしい。
そのまま微睡んでいると、ゴシュジンやフェイランがやって来た。
俺の顔を見るなり、ホッとするような柔らかい表情。
フェイランがそのまま飛び付いてきたので、避ける。
裏切られたみたいな顔をしたが知らん。俺は腹が痛いのだ。
皆の話に漸く記憶が追い付いてくる。
俺はアンデッド化した先代山の主ことリザードマンの長を討伐した。
だが、その時に負った傷でぶっ倒れて、四日も眠っていたのだと。
傷口を触ってみるとズキリと痛みが走る。しかし、それだけ。特に深い傷とも思えん。
この程度の傷で四日も眠るとは我ながら情けない身体だ。
「リザードマン達は怒っていなかったか?」
俺達は話し合いに行くと言って長を倒した。結果から見れば騙し討ちだ。
「……逆に感謝されてしまいました。長も私に……ドラゴンに討たれたのならば本望でしょう……と」
「……そうか」
リザードマン達もアンデッドと化した長に思うところがあったのかもしれないな。
「それと、そのリザードマン達なのですが、私達の巣で暮らす事になりました」
ふむ……ふむ? 話が繋がらない。
どういうことだと問い掛けると、あの山の主ことアホ犬が関わっていた。
長の暴走を助長したリザードマンの群れは、この山の魔物に恨みを買ってしまった。
このまま山で暮らすのは難しいので、ゴシュジンが身請けしろと。
「我が眷属を見捨てるなどドラゴンの誇りが許しません。リザードマン達も私に仕える事を喜んでくれました」
ゴシュジン。悪いが、今のところそのドラゴンの誇りと言うヤツは、マイナスの要素にしかなっていないぞ。
リザードマンは、既に巣のダンジョン部に隠し扉付きの部屋を設置し、そこで生活を始めているらしい。
姿を見せないと思っていた手品師は、その対応に追われているとの事だ。
「……そうか」
気付けば俺は眉間を親指と人差し指で揉んでいた。
頭が痛い。彼らは戦闘員、非戦闘員合わせて五十ほどいる。
非戦闘員もいるんだな。そりゃ群れがまるごと越して来たのだからそういうのもいるか。
にしても彼らの生活費はどこから捻出するつもりなのだろうか。
せめて少食である事に期待したいが、ゴシュジンを見ていると竜種の食事量に希望は持てん。
「たまには、ゆっくり休んでください」
そんな有り難い言葉を頂いて、一人部屋に残される。
そう言えば、この世界に来てから動きっぱなしだった。四日も寝ていたのなら、こっちに来てもう十日近くになるか。
ゴシュジンの言う通りゆっくり……とはいかない。
「エリザベス」
「なにー? あそぶー?」
「遊ばない。俺は怪我人だぞ」
「ぶー」
ぶーじゃない。
「手品師を呼んできてくれないか?」
リザードマンおよそ五十匹。その生活部屋。
俺の眠っていた間の支出は如何程か。それを考えると遊んられないし、おいおい寝てもいられない。
手品師ならその辺を把握している筈だ。
「てじなし?」
「メフィストの事だ」
「オヤ。私の名前、覚えていてくれたのデスね」
噂をすれば声。
また後ろかと振り向いてみるが、そこに姿は無かった。
「残念。上デスよ」
天井に逆さまに立つ手品師。
色々と趣向を凝らすヤツだと呆れていると、ふわりとした動きで目の前に着地する。
俺を騙せたのが嬉しいのか、いつものニヤニヤ顔から三割増しに目尻を下げている。ニタニタ顔と名付けよう。
「お前の趣味に付き合うつもりは無い。俺の寝ていた間の支出を教えてくれ」
「心配して来たのデスが、見舞いの一言も言わせないとは連れないお方デス」
そう言いながらも、用意していたであろう一枚の紙を手渡してくる。
見舞いに来るのなら普通に来い。
その紙に目を通し……手がぶるりと震えた。
「リザードマンの生活部屋。隠し扉設置。合わせて一万五千G」
「取り合えず生活スペースさえあれば良いとの事で、安価で仕上げさせて頂きましたデス」
それは良い。五十ものリザードマンが生活する場所と考えれば、予想より安いくらいだ。
だが、そこではない。
「生活雑費、調理器具購入、調理設備設置費、第二待機部屋設置費、上下水道設備費?」
「四日の間に随分巣も快適になったものデス。あっ、因みに第二待機部屋は、前の五倍ほどの大きさデス」
そうかい。そりゃ良かった。
確かに狐娘も設備の無い所に大鍋一つで料理するのは大変そうだったものな。
水道もそりゃあった方が良い。男は良いが、女連中がな。うん。
良かった良かった。無駄金を使った訳では無さそうだ。
手が震え過ぎて紙がくしゃくしゃになっちまったが。良かったんだ。きっと。
それらは置いていった金でどうにか出来た訳では無く、この四日間での貢ぎ物による収入で賄われた事も書かれている。
だが、一番下に書かれている不可解なアルファベッドの意味が良く分からない。
「残金オーってのはどういう意味だ?」
「ナイス現実逃避デスね。それは残金ゼロデス」
「へぇ~……」
手品師が何を言っているか分からない。今は考えない方が良い気がした。
「それにしても、食費が全く掛かって無いんだな」
「この辺りは畜産や農耕が盛んな土地デスから、貢ぎ物にも食料が多いのデス。それで賄っているのデスよ」
そういえば、俺の見た貢ぎ物も食料が多かった。
そうか。食費は無しか。それだけが救いだ。
「それにしても、ラティーシャ様は太っ腹デス」
「何の事だ?」
「貢ぎ物で贈られる高級、最高級食材を惜し気も無く部下に振る舞うとは……どの食材も市民では食べられないような物ばかりデスよ」
最高級……? そんなモンで作った料理を五十人前。一日三食で百五十人前。四日で六百人前。
何と言う事だ。見えないロスがこんな所にあった。
その食材を売って普通の食材を買えば、どれだけの利益になるか。
育ち盛りドラゴン様のゴシュジンならともかく、俺やリザードマンにそんな飯は勿体ない。
何故寝ていた俺。四日間も。
つい、力無くエリザベスにうつ伏せになってしまう。
「んー。あそぶー?」
「……遊ばない」
「ぶー」
ゴシュジンには後で提案しよう。
今だけはこのぽよぽよに埋もれていたい。
―To be continued―
双子の月 十日目
収支報告
43,000G 元資産
+ 300,000G 貢ぎ物
- 210,000G 返済
- 133,000G 各設備費、雑費
──────────
資産 0G
借金 111,699,000G
経過報告
人員 4名
魔物
高階梯 2匹(+1)
戦闘員 30匹(+30)
非戦闘員 17匹(+17)
設備
決闘の間、待機小部屋、第二待機部屋、リザードマンの大部屋、湖の間、調理設備、上下水道
クエスト 竜語翻訳(28/40)




