第十八話 ドラゴン様と山の主
俺の受けたクエストは、この山。グリム山での討伐クエストだ。
ギルドによれば、グリム山には山の主たる存在がいる。
大きな犬の魔物で、高い知能を持つが気性は穏やか。貢ぎ物を捧げれば人を襲う事もしない。
が、先代の主は見境無く生物を喰らい、山に人を近付けなかった残忍な魔物だったらしい。
その死んだ筈の旧山の主が、俺の受けたクエストの討伐対象だ。
どういう訳か、最近になりその先代がアンデッド化して、現山の主と争っている姿を見掛けるようになったとか。
調査した僧侶の話によると、山の魔素が瘴気に近くなっているから、それにあてられたのでは無いかとの話だ。
どういう訳も何も、完全にウチのどんぶり帽子のせいだろうな。
アイツは無意識に惨事を起こす星の元に生まれたのだろうか。
旧山の主は人型の魔物との事だ。と、言うことは五階梯以上。階梯は十まであるらしいから、中ボスと言った所だろうか。
そんな相手に一人で立ち向かうほど、俺は勇者していない。
相手がアンデッドならば、適任がいる。聖属性の魔法を使えるゴシュジンだ。
俺は援軍を頼むべく、一度巣に戻った。
決闘の間に着いたのは夜の事。
採取した物と報酬を預けゴシュジンに同行を願うと、快く承諾してくれた。
「私も体を動かしたいと思っていた所です」
何でも、丸一日部屋に籠って翻訳していたのだとか。
もう十分に存在を示したので、暫くは空の巡回も行う必要が無いだろうと。
だからといって、一日中とは熱心な事だ。いや、尻に火が点いているのだから仕方ないのだが。
因みに侵入者が二組来たらしいが、エリザベスが遊び半分で津波の如く押し流したらしい。恐ろしや。
エリザベスは物理攻撃の効かない体質だが、魔法以外にも弱点がある。
三階梯を越えた故にその体内に含む血石。魔物の核。
体が液体だけにその弱点は丸出しで、そこを狙われると危うい。
しかし、エリザベスは分裂出来る。核を本体に置いて分裂体を戦わせれば、その弱点を補えるのだ。
分裂体がやられても、本体は水と魔力があれば時間をかけて再生するらしい。チート。本体を倒さなければ無限に沸くとか、エリザベスが一番ボス臭い。
まぁ、そんな奴がいるおかげで、調査目的の侵入者が殆どの今なら、少しくらい巣を空けても問題無いだろうと俺達は思っている。
「お気をつけて」
「留守は任せてください!」
フェイランと狐娘に見送られて巣を出る。
なんとなく、出張に行く父親の気分だった。
先代山の主は巣の裏側にある岩山が狩り場らしい。
ゴシュジンと他愛も無い会話をしながら、ウィルに照らされる獣道を歩く。
しかし、山の主か。そんな奴がいるなんて知らなかった。
「なぁ、ゴシュジン。俺達はこの山に巣を興そうとしている訳だが、挨拶も無しにそんな事して山の主とやらは怒って来ないだろうか?」
「心配無用ですよ。自然の掟は弱肉強食。牙を剥くのなら、どちらが上かを示してやるまでです」
ゴシュジンが爽やかに微笑み、どの辺が心配無用なのかさっぱりわからん事を言う。
「竜化は止めてくれよ。山が消える」
「安心して下さい。心が乱れるより早く、一息で決めます」
決めるな。ゴシュジンの一息はレーザーじゃないか。
スマン山の主。お前の山は焦土と化すやもしれん。
「相手の出方次第ではありますが」
まだ見ぬ山の主よ。どうかこの竜の前に現れてくれるな。俺は胸の中で密かにそう願った。
◇◇◇◇◇
何でだろうね。前からほとほと思っていたのだが、俺はどうにも世界から嫌われているらしい。
前の世界でもこの世界でも、俺という存在のささやかと言える願いは足蹴にされる運命なのだ。
「如何なる思いありて、自ら餌にならんとする。人間よ」
鬱蒼とした景色の隙間から、岩がごろごろと転がる荒れ果てた光景を映した時。
漸く着いたかと僅かに早足になった俺の進行方向に、何処に隠れていたのかと思う大きな影がその先を妨げた。
一瞬遅れ、ウィルが反応。景色が瞬き、その影を晒した。
獣が居た。四足歩行の癖に俺の背丈を越える、大きな白犬。
えらく固い口調。
魔物と言うのは、皆そうなのだろうか。それとも、俺の出会う魔物だけが特別なのか。
とにかく。出会った。出会ってしまった。
「貴方が山の主か?」
「そう呼ばれて久しい」
ゴシュジンの問い掛けに荘厳に答える白犬。
やっぱりだ。チクショウ。
先代を探しに来たのに。何故こうなるのか。
「そちらの小娘は人間では無いな。この匂い……貴様、竜か。貴様が我が物顔で洞穴に棲み着きし竜か」
「確かに、私はこの山に巣をつくった竜ですが」
「いやさ、漸く拝む事が出来たわ、供物を差し出せと浅ましく飛び回る竜の顔を。それが、この様な小娘だとは思わなんだが」
背後のゴシュジンから、ピンと空気の張るのを感じた。
不味い雰囲気。一触即発。
「山犬如きが誇り高き竜を侮辱しますか。どうやら己を知らぬと見えますね」
「勘違いするな小娘。我が侮るは貴様のみと知れ」
契約の魔法陣から伝わる怒気。それが無くても、ゴシュジンが臨戦体勢であると解る。ゴシュジンの表情を窺うのが怖い。
犬ってのは、とても鼻が良いんだそうな。
その嗅覚は人間の百万倍。肉や脂の匂いでは一億倍ほどにもなるという。一億と言うと、ゴシュジンの借金と同じだから相当な物である。
だからって、そんなモンで見抜くとかアホかとか。喧嘩売るなアホとか。そんだけ鼻が良くて空気も読めんのかと色々言ってやりたいが、そんな事よりこの流れをどうにかせねばならない。
「俺が餌になりに来たってのは、どういう意味だ?」
「おぅ、小僧。教えてやろう。貴様はそこなる浅ましき竜に謀られておるぞ。此処より踏み出せば、姦策に身を喰われるのみと知れ」
「私が……マシロを騙す? そう言いましたか? 貴様は私達の絆にそのような泥をかけるか! その一言は! 許す訳にはいかない」
白犬が身を屈めた。背後のゴシュジンが戦闘体勢に入ったのがわかる。
結局、俺の一言は余計な一言。止めの一言となってしまった。
あぁ、何でこうなるのかね。自分に返ってくると知らなけりゃ天に唾を吐いてやりたい気分だ。




