第十九話 ドラゴン様の三つ巴
「私は魔法を得意としていますので、前衛は任せましたよ。マシロ」
山を歩いている時に、ゴシュジンとそんな話をした。
内に魔力を巡らせる戦士は前衛。外に魔力を放つ魔法使いは後衛。これは基本であり鉄則である戦法だ。
例えるならば、戦士は頑強な身体を用い敵を食い止める壁。魔法使いは大火力で敵を打ち払う大砲の役割を担う。
術者の認識により照準を定め、詠唱により装填し、魔法という砲弾を放つ。それら一連の工程の間、術者はその場を動く事が出来ない。完全な無防備なのである。
それ故、魔法使いは前衛に敵を防いでもらい、魔法に専念する必要があるのだ。
だからこそ、俺は常にゴシュジンの前を歩いていた。
ゴシュジンという大砲が砲弾を放つ間の防壁として。
身を屈めた山の主が動いた。
動いたとしか認識出来なかったのだ。
来るでも無く、来たでも無く。気が付けば、俺が捉えていた筈の大きな身体は動いていた。
屈めていた身。それは、弓を絞るが如く。そこから飛び出た身は、矢を放つが如く。一瞬。
目にも止まらぬを体現し、俺の後方へと。
『聖棺人形』を展開した俺を嘲笑うかのように、ゴシュジンへの直線的な残像を残して。
「ゴシュジン!」
不覚。警告には遅すぎる叫びと共に振り返る。
そこには、最悪の絵面があった。
山の主がゴシュジンに覆い被さり、その大きな前足でゴシュジンを地に押さえ付けている。
しかし、不可解。噛み千切る事を目的とした耳まで届きそうな犬の口は、ゴシュジンでは無く空を向いていた。
俺は秒を要して、その光景を理解した。
山の主がプルプルと震えている。その首に伸びた、ほっそりとした女性の腕と拮抗して。
捕まっている。しかし、捕まえてもいる。牙を剥かんとする山の主と、人を丸呑みにしそうなその顎をいやいやと駄々をこねるように押し上げるゴシュジンの両腕が。
どんな腕力してんだアンタ。
「今です! マシロ!」
してやったりという顔でこちらに告げるゴシュジン。
半ば呆れていた俺は、ハッとして意識を切り替えた。
「やっちまえ! 『聖棺人形』!」
「グヌゥッ!?」
振り被った鋼の拳を山の主の身体に叩き付けると、僅かにその身体を揺らして、苦しそうな声を漏らした。
「ぬぁっ!? 何をする人間ッ! 貴様、まだわからぬ――グッ! この小娘は――ガァッ!」
見た所、ダメージは幾らか通っているようだ。コイツの防御力より、『聖棺人形』の力が上。
ならばと隙だらけの身体に次々に拳を繰り出し、その身体を滅多打ちにする。
ウィルもさり気無くペチペチと山の主に突進して攻撃に加わっているが効果はイマイチのようだ。
「ええぃ! 離れよ!」
たまらずと言った様子で山の主が膝を曲げた。跳躍。一旦距離を置く気か。
「そこです!」
「グホォ!?」
その去り際にゴシュジンのドレスから白い足が伸びたのを俺は見逃さない。
逃げる一瞬を捉えて、蹴り。何だその戦闘センス。
その衝撃により跳躍はままならず、くの字に折った身体で変な跳び方をした山の主は、木にぶつかって地に転がる。
しかし、流石は山の主。危なげ無い足取りで、直ぐ様身体を起こした。
「ふぅ……少しはやるようだな」
追撃を警戒してか、こちらを一瞥して少し疲れたように息を落とす山の主。
何で偉そうなんだ。いいようにやられてた癖に。
「人間よ。言った筈だ。貴様はその竜に誑かされておる。我は貴様の敵では無い。敵はその小娘と知れ」
「まだ言いますか。この山犬め」
険しく言ったゴシュジンが一歩前に出る。前衛後衛とは何だったのか。
俺は、その身体を手で制した。
「ちょっと待ってくれ。ゴシュジン。コイツの言い分も聞いてみよう。山の主とやら。俺達はアンタと争いに来た訳じゃないんだ」
散々殴った俺がどの口で言うんだと我ながらに思う。
まぁ、つい勢いで殴りまくってしまったが、山の主は先ほどから俺に攻撃しようともしないし、先から何か伝えようとしていた。
「おぅ。漸く目が覚めたか小僧。そうじゃ、貴様が立ち向かうべきはその浅ましい小娘ぞ」
『天の轟き、光より速き者』
「待て待てゴシュジン。山の主とやら。俺は自らの意思でゴシュジンの従者になり、ここにいる。そんな自分の答えを押し付ける言い方では、さっぱり納得いかん。分かりやすく言ってくれ」
魔法陣を展開するゴシュジンを止める。
肉弾戦の泥仕合でリンチされかけたのが効いたのか、山の主は俺の言葉にすぐに答えてくれた。
「この先は竜の手下である蜥蜴の巣よ。小僧。貴様はその餌とされる為に連れてこられたのだと知れ」
巣に手下? ゴシュジンの手下は巣で待つキョンシー小僧と狐娘と巨大スライムだけだ。こんな所にセカンドハウスを築いて、蜥蜴の手下を養っている?
いや、あり得ん。ゴシュジンにそんな甲斐性は無い。
やはり、山の主は何かを勘違いしている。
『我の名の元に彼を刺し焦がす――』
「だから、待てと言っとるだろうが」
詠唱を進めるゴシュジンの頭にチョップする。不満そうな顔がこちらに振り返った。
「何故止めるのですマシロ。これ以上の讒言は聞くに耐えません」
「ほぅ。図星を突かれるのが――むっ、小娘。貴様、いつの間に仲間を呼んだ?」
山の主の耳がピクリと動くと思うと、その目を尖らせ口元を歪めた。
直後、地が盛り上がる。
俺の頭にどんぶり帽のキョンシー小僧がにこやかに出てくる絵が浮かぶ。だが、当然俺の脳内映像が再現される事はなく、人の形に似た何かが地を衝き破るように飛び出して俺達を取り囲んだ。
「見た事かっ! 人間。此奴らこそが竜の手下ぞ! 此こそ我が危惧と知れ!」
山の主が叫ぶ。相変わらず訳のわからん事を。
現れたのは、二足歩行の蜥蜴の群れ。
湿った土に全身が汚れて色は分かり辛いが、薄らと緑色の鱗が体表を覆っている。
老人のように曲がった腰。そのせいで横長の頭は自然と前に突き出す体勢になっていて、背中の背鰭にも見えるゴツゴツとしたデコボコを見せ付ける。
それが、二十ほど。
各々が剣や槍。人の使う得物を片手に感情のわからない縦長の瞳孔で俺達を睨む。
ふむ。誰?
「知性があるのならば答えなさい。貴方達は何者ですか?」
「我ラ、リザード、長ノタメ――」
「まだ芝居を続けるか小娘! その身から其奴らは竜の眷属である事は明らか! 既に貴様の本性は晒されたと知れぃっ!」
蜥蜴の台詞を横から掻き消す山の主。
煩い。ボリューム下げろ。
「……貴様ラ、贄トナッテモラウ」
対応が面倒臭かったのだろう。蜥蜴達が言葉をはしょってその得物を構える。折角何か言いかけていたのに。犬め。
けど、少しだけ山の主が、俺が騙されていると言っていた意味に予想が着いた。
コイツらの言う贄。山の主の言う餌。コイツらは、長とやらに喰わせる獲物を探している。
そして、コイツらはリザードマンという魔物。遥か昔に竜と交わった生物の子孫と言われている。
それで、山の主はコイツらがゴシュジンの手下と思い込んだんだ。
何とも思い込みの激しい犬だ。
それは良いとして、この三つ巴。
今回のクエストはアンデッド化した旧山の主の討伐だった筈なのに、どうして関係無い奴等と睨み合っているのだろうか。




