第十話 ドラゴン様に狐の嫁入り
俺達の抱える莫大な借金を知ってから三日。
その間、ゴシュジンは西に東に空を飛び回り、ドラゴン様の存在を主張した。
村や町の上空を竜が舞うということは、その竜の力がそこまで及ぶ事を示す。そうする事で、その人里に貢ぎ物を差し出すよう促す事になるのだ。だが。
「節操無く飛び回るなど、竜の威厳を損ないます」
と、良く解らない理由で、大概は午前中に空の巡回を終える。
その後は竜化の反動で休眠と暴食のサイクルに入るのだが、余った時間は手持ち無沙汰な感がある。
そこで、時間潰しに出来るような仕事があれば丁度良いと、俺はペタの村からクエストを持ってきた。
冒険者ギルドと傭兵ギルドには血生臭いクエストしかなかったので、商人ギルドという別のギルドから。
「竜の言葉で書かれた本を解読して、妖精文字に起こすクエストだ。ゴシュジン得意だろ。竜語」
「得意と言うよりも、竜そのものですから」
ゴシュジンが渡された古文書の写しをパラパラと捲ると、俺にはさっぱり解らない文字がビッシリと書かれていた。
報酬は一貢五百G。ゴシュジンにとっては書き写すに等しい作業だろう。
「ですが、妖精文字は魔法。つまり、魔力を消費します。そうなると……」
「そうなると?」
「お腹が空きます」
「だろうな」
知ってる。ゴシュジンが何をするにしても腹を空かせる事に関して、俺はもう諦めている。
「あと、村に降りたついでに職業を決めてきた」
職業とは俺の元居た世界の“稼業"としての意味とは違い、クラスとしての職業だ。
職業を得ると、職業レベルに応じてスキルなるものが得られる。
以前侵入者と戦った際、槍が光り、強力な攻撃を受けた事がある。あれがスキルというものらしい。
「何を選んだのですか?」
「ああ、商人になった」
商人は商売用のスキルが多く、金稼ぎにはもってこいだ。
なるのは簡単で、適正があれば教会で祈るだけで良い。
今の俺達には必要な職だから選んだんだが……ゴシュジンは浮かない顔で視線を落としてしまう。
「商人……ですか。申し訳ありません。私はマシロの選択肢を狭めてしまった」
ずーんと重々しい雰囲気を醸し出して言った。
自分の借金のせいで、俺が商人を選ばざるを得なかったとでも考えているんだろう。
まぁ、実際そうだ。でも、違うだろ。
「ゴシュジン。それは違うぞ」
俺は肩をすかして言ってやる。
「俺はなりたいからなったんだ。ゴシュジンのせいじゃない。ゴシュジンの為にだ。それを謝られちまったら、俺の立つ瀬が無いと思わんか?」
俺は従者なんだから。
ゴシュジンは重々しい顔をハッとさせて、普段の威厳ある顔に直した。
「そうですね。有り難う我が従者よ」
そして、笑ってくれる。
いつもの疲れも吹き飛ぶ笑顔。それでこそ我がゴシュジンだ。
◇◇◇◇◇
ウィルを傍らに水源への道を塞ぐ瓦礫の撤去。既に三日目。
瓦礫は層が厚く、『繰糸』を使って撤去しているものの、未だに向こう側は見せようとはしない。
だが、石や岩を絡めて取り除くこの作業は、まるで箸の使い方を覚える為に煮豆を皿から皿へ移すように俺の練度の向上を促し、俺はこの三日で繊細に速く糸を操れるようになった。
よって、俺は三日前より格段にペースを上げる事が出来ている。正直ちょっと楽しい。
「マシロさん」
気持ち良く撤去を行っていると、パタパタと寄ってきたコウモリが声を掛けてきた。
彼はフェイランの使い魔。
それが、羽を休めるように俺の肩に止まる。
この閉ざされた空間に置いて、コウモリ達は情報伝達の役を担っており、彼らが来る用事は今の所二つしか無い。
一つはこの閉鎖的な空間で時間を忘れがちな俺を呼びに来るか、侵入者の報せ。
まだ、呼ばれるような時間では無い筈だ。俺は僅かに肩が緊張するのを感じながら尋ねる。
「どうした?」
「それが……巣の前に知らない方が座り込んでいるんです……」
「何だそりゃ? 一人でか?」
「はい」
予想外の答えだった。竜の巣の前で座り込み?
ドラゴン様の立ち退きデモか?
内容を得ないので、巣の入り口まで行くことに。
いざとなれば、俺の新しく得たスキル。“逃走 Lv.1"のお披露目としてくれる。
入り口まで行くと、確かに洞口の真ん前に人影があった。
外はまだ朝。暗闇から光りの世界に出た事で、自然と目を細める。
その姿を捉え、最初に浮かんだ言葉は『嫁入り』だった。
頭からばさりと被った白い布は陽の光を吸い込んだかのように明るい。
服は胸の下を腰巻きらしき物で括った、白を基調とした民族的な衣装。巫女の服に似ている。
地面に膨らんだスカートの部分を見る限り女性か。
そして、三つ指をついて巣に向かい頭を垂れている姿。
うむ、嫁入り。嫁入りだ。
「そこにおられる方は……ドラゴン様に御座いますか?」
顔は地面を向いたまま、琴を奏でたような澄んだ声。声からしてまだ若い。
俺以外でドラゴン様という敬称で呼ぶ奴は初めてだな。
「いや、俺はドラゴン様の従者をしている者だ。お前は……何をしている?」
「ペタの村より、ドラゴン様にお召し上がり頂きたく参りました」
お召し上がり……貢ぎ物か?
貢ぎ物って食い物なのか?
「えぇと、うむ。ペタが誠意を見せる限りドラゴン様も無為に力を奮うことは無いだろう。……で、その貢ぎ物ってのは何処だ?」
「この身を……どうか、供物として頂きたく」
…………ん?
おい、待て待て。
何言い出しやがるこの嫁入り娘。
確かにウチのゴシュジンは食いしん坊だが。
「ドラゴン様は人なぞ食わん。帰れ帰れ」
「……しかし、ペタの村は貧しく、ドラゴン様に捧げられるものなどは御座いません」
それで我が身可愛さに人身御供か。
ヘドが出るな。この娘で無く、差し出した村の連中に。
「ペタは貧しく人間味の無い村だとドラゴン様に伝えておいてやるよ。お前は好きな処に行けばいい」
「――いけませんッ!」
人形のように動かなかった娘が、突然俺にしがみいてきた。
突然の掛かった体重にふらついたが、何とか持ち直し、腰にくっついた顔を見下ろす。
「私に、何処へ行けと言うので御座いますか?」
そこには、布のとれた娘の素顔があった。
腰まである黒い髪。その上にある、黄金色の獣の耳。
視線を滑らせて臀部にやると、やはりそこにはふわふわとした、耳と同じ色の尻尾があった。
この娘、獣人か。特徴から見て、恐らく狐の獣人。
そして、その瞼は眠っている様に閉じられている。
「何故、目を閉じている?」
「生来この眼は光を映しません故」
「お前……眼が見えないのか?」
「はい。一度供犠と捧げられた私がのうのうと村に帰れる筈も無く、その私に……眼も見えぬ獣人の私に、行く場所など御座いません。村の皆は家族の面倒は見て下さると約束して下さいました。どうか、この身をお受け取り頂けますよう、ドラゴン様に取り成して頂けませんか?」
まだ少女だ。そんな少女が唇を震わしながら必死に語る。
獣人を含め、亜人はこの国では迫害されていると聞いている。
この娘の首元。襟に隠れるように、首輪のような物も見てとれた。
そんな迫害される種族の、眼も見えない彼女をここで追い返せばどうなるかは想像に易い。
山を降りる事も難しく、無事に降りても野垂れ死ぬのが関の山。
どうしたもんかね。完全に想定外。
取り合えず、ゴシュジンの所に連れていくしかあるまい。




