1.9日常
放課後から約二時間。この時間を過ぎると竜舎から生徒の影は無くなる。今日一日の世話を終えて夕暮れの街に行く生徒達。人気が無くなった竜舎にいるのは、この学校に雇われた腕利きのブリーターの中年男性と、アンリッシュだけだ。
「久しぶりだね、レームル」
アンリッシュは今日此処に来たばかりの雌竜にそう声をかけた。
「こちらこそ、アンリッシュ様。朝は黙礼だけで済ませてしまい申し訳ありませんでした」
レームルは此処の竜より大きな体を小さく丸めて平伏した。
「気にしてなよ。ほら、良いもの貰ったから食べよ。人型になりなよ。ベナント、紅茶頼むね」
アンリッシュがそう顎で使うベナントとという中年ブリーターは、見た目声をかけるのを躊躇うような厳つい概見をしている。だが、彼もまた親竜派で昔は聖竜騎士団の専属ブリーターの一員だった。だからアンリッシュを心から敬っていている。
「学食の余り物のケーキを貰って来たんだ。やっぱり持つべきは仲の良い人脈だよね」
そう言ってアンリッシュは手に持っていた大きめな箱をあけた。中には売れ残り廃棄の道しかなかったケーキが入っていた。彼女は鼻歌混じりに好みのケーキを取ると、人型に変わったレームルに後はあげると言う。
「いただきます」
軽く一礼し受け取ったレームル。だが彼女はそれを口にしない。アンリッシュがまだ食べていないからだ。
「礼儀正しいね」
アンリッシュはそう呟くと一口だけケーキを食べる。それをもってレームルがようやくケーキに手をつけた。
アンリッシュはベナントの紅茶を待ちつつ、レームルに王都の近況を聞いてみた。そして帰ってきた答えは想像通りだった。
「変わりありません。市民は平和な日常を送り、王宮では利権覇権争い。そして聖竜騎士団壊滅より、王宮派の力は強く、軍部も大分掌握されています。騎士派が黙り混むのも時間の問題と囁かれています」
王の属する王宮派の勢いはまさに破竹だ。やりたい事を行い、それが誉められた者でなくても反対勢力は次々に潰される。まさに独裁だ。いや、元々王政はそれに近いものだがこれは度が過ぎている。
「やっぱね。まぁさ、私達にとって人間の政権がどうなろうと関係無い話なんだけどね」
そう、竜はなく始祖竜を頂点とした竜社会が形成されている。本来なら一つの国家として認められてもおかしくは無い。だがそうならない決定的な理由がある。それは領土だ。
人と竜、どちらが先にこの世界にいたか分からないが、少なくとも国家という枠組みを作ったのは人類が先だ。領土は権利を主張するものてして、この世界は領土戦争に突入した。そして今の国境となった。しかし、竜は決まった土地を持たなかった。
これは、人類と言う同じ種族でありながらも他人を蹴落としてまでも領土を求める人間と、始祖竜さえ平和に暮らせるなら文句無いと自由奔放な竜という気質の違いからだ。
しかしいくら気質が違うと言った所で、この世界はに人間を中心として動いている。そして人間は、己より強大な力を持つ存在を恐れ排除する。その対象が竜だった。始祖竜はそれに気付き、竜に人間社会に溶け込む様に指示、当時竜に対して好意的だったカンニバルに移り住んだ。
だからカンニバルが内乱状態でも竜は困らない。同族と、それに良く接してくれる親竜派さえ平穏に暮らせたら。
「それじゃあ、ニーナのストレスはどうよ?」
「とっくに許容量越えてますよ。日々の酒と煙草の量が増える一方で」
「あー、察するわ」
丁度ベナントが紅茶を持ってきたので一度話を切り、その香りと味を一通り楽しんでからアンリッシュは続ける。
「大人しい事を良いことに王宮派が調子に乗ってるから余計ね。私なら完璧武力行使確定よ」
「……フラーシュカ様から拝聴しております。私以外の騎士竜は沸点が低いと」
騎士竜は始祖竜を武力を持って守る役割の竜だ。その低い沸点を制御していたのがフラーシュカだ。もともと何処か物事を一歩後ろに引いて見る彼女だからこそ、竜には居づらい王宮に籍を置いている。全ての騎士竜が感情のまま動くのは愚策だと。
「自覚してるよ。んじゃ、話を国からこの学校に変えよっか。色々聞きたいのだけど」
ひょいっとチーズケーキを手で摘まみ、マナーもへったくれも無くかぶり付いたアンリッシュはそう言った。
レームルも予想していたのだろう、紅茶を持ち何でもどうぞと視線で訴えかける。
「私のクラスに編入された二人の内、あんたのブリーターを名乗る小娘、誰? 私、凄く見覚えあるんだけど?」
「…………フラーシュカ様より彼女について何も何人にもはなすなと御命令されています。例えアンリッシュ様でも。あなたなら何も言わなくとも分かるだろうと」
「となると確定か。何よ、小娘の派閥ごっこのつもり?」
「ご想像にお任せします。私には、話す権利がありませんので」
流石はフラーシュカの腹心と言うべきか。騎士竜と会話をすることに全くの恐れを感じていない。
「そんで、ニーナの一番弟子はお守りか。あんたとしてはどうなの? こんな自由の効かないこの生活は」
「フラーシュカ様より人の姿をとることを禁じられていません。なのでこのように放課後になれば町に出歩く事も許可されています」
よくよく考えれば、レームルはフラーシュカのそばにいる、王宮に残った竜だ。わざわざ姿を隠す必要なんて無い。牝竜が人化するのは周知の事でもある。
「そっか。ふーん」
取り合えず後少しだと、アンリッシュは手元のケーキを片付けて、満足そうに口許のクリームを拭ってから、
「なら、たまには私とエクスを誘いなさいな。美味しいケーキを出してくれる店、紹介してあげるわよ」
「楽しみとさせていただきます」
レームルはペコリと頭を下げる。そんな彼女にアンリッシュは頷き良い奴だと感心する。
「なんかこう見てると、やっぱりアンリッシュは偉いだなって実感出来るよ」
そういって竜舎に顔を出したのはエクスだ。彼の姿を認めたレームルとベナントが一礼するのを、彼は呆れ顔で止めた。
「止めろって言ってるだろ? 俺は聖竜騎士の息子なだけで、お前らに恭しくされる言われ無いぞ」
「ですがあなたはディートフレア様とシャルティーナ様が認めになさった騎士の血縁。ただの牝竜である私が非礼をするわけには」
「俺も同じ意見だ」
頑なにエクスを持ち上げるレームルとベナント。エクスは諦めの滲む顔でアンリッシュの横に座ると、彼女の手元にあったケーキを掴もうとして、その手を叩かれた。
「これは私の」
そう言われても残りのケーキは彼女の手元にあるものと、手に持っている半分かじったもの。そしてレームルがほんの少し手につけたものしかない。
「お前は俺のお姉さんなんだろ? 姉らしく我慢しろ」
「いくら可愛い弟分のエクスでも、これは譲れないよ」
食べ物に関しては一切妥協しない彼女に呆れ、エクスはベナントに紅茶を淹れてくれるよう頼んだ。
「あの、エクス様? 口をつけてしまっていますが、私のもので良ければどうぞ」
申し訳無さそうにケーキを差し出すレームルをやんわりと断り、エクスは竜舎を見た。牝竜と騎士竜のお茶会を邪魔するものかと雄竜達は微動だにしない。それほど、雄竜にとって目上の存在は絶対的な存在なのだ。
初めは異常だなと思っていたが、今ではもう慣れた。だが、男ならもう少し堂々としたらどうかと思うが。ただ、自分も何だかんだでアンリッシュに逆らえないのだから同類かも知れない。
見た目美しい女性なのに、中身は上から数えた方が早い竜達。世の中見た目が全てじゃないなとエクスは改めて思った。




