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1.8 日常

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「いや、確かに昼飯を奢るって約束したけどさ」


時はお昼休み、学食の一角でリコリアは戸惑った様な声を出した。


「だろ? だから俺はこうして奢って貰ってる訳だ」


「エクスの言うことは最もだよ。でもね、アンリッシュまで僕の財布から学食食べるの可笑しいよね?」


リコリアが指差す先には大盛りの定食が湯気を上げており、それをさも美味しそうに食べているのはアンリッシュだ。


「おかしくないよ。エクスが勝てたのは私の世話が良かったからだからね」


成長期かつ体を一日中動かす騎士科の生徒でさえ完食出来ない大盛りの揚げ物と肉の定食。それをアンリッシュは小柄な体の何処に詰め込んでいるのか、手の動きが鈍ることなく胃に収めていく。


「まぁ、相手はバレル・オーバーシュート・カウンターを使ってくる程の強敵だったんだ」


「だから何だよ? と言うか、エクスはもっと綺麗にその技決めてたよね? あれ出来るなんて知らなかったよ!?」


「言ってないし使っても無かったしな。ほら、良い経験したからチャラだよ」


「兄さん、エクスさん達にこれ以上なに言っても無駄です。諦めましょう」


双子の弟、リコアスがそう言うので兄はこれ以上何も言わず自分の食事に手を出した。


そもそも、リコリアがここまでアンリッシュに奢る事に反対するのには、れっきとしたトラウマがある。


前に一度、日頃世話になっているからとこの双子がエクス達に高級レストランに招待した。


慣れてないだろうからとコース料理ではなく、好きなだけ食べて良いよと言ったのが誤りだった。


エクスは遠慮して無難な金額に収めたのだが、アンリッシュはそうはいかなかった。


次々とオーダーして、どんどん運ばれる料理を胃袋に入れていったのだ。


それも高級肉を使ったものを重点的に。


その高級肉が竜の好むものなのが拍車をかけた。


気づけば学生が払える額をゆうに越えていた。


それでも、リコリア達は有名ジョスト備品取り扱い企業をスポンサーに持つ竜乗りだ。


企業から好きに使えと渡されているクレジットカードで支払ったものの、一夜にして大金が使われたのは彼に一種のトラウマを植え付けた。


いくら人の形をしていようとアンリッシュは竜だ。人型なら消費カロリーは少ないが、体は竜と同じ熱量を保持出来る。


「アンリッシュさん、好きなだけ食べて貰っても構いませんよ。日頃のお礼です」


アンリッシュをブリーターとして特別視しているリコアスがそう申し出た。彼のアンリッシュに対する尊敬具合は正直言って異常だ。


「それじゃあ、適当にデザートよろしく」


そして元々位の高い騎士竜の彼女はリコアスをパシりに多々使う。


まるでアンリッシュが感じの悪い女のようだが、リコアス自身が彼女の役に立つ事を喜ぶし、それ故に周囲もこれが普通だと思い、今ではクラスの名物でもある。


そして騎士竜の彼女は誠意を持ってこちらを敬う彼に、ブリーターとしての知識を教え込んでいる。世間では未だ知られていない竜の習性等といっしょに。


「良い弟だね」


にっこり笑うアンリッシュ。リコリアががっくりと項垂れた時、エクスが食事の手を止めた。


それにつられリコリアが彼の視線を追うと、


「絶対君のお客さんだね」


憎たらしい程の笑みを浮かべた。


席を立とうにも、手元のトレイには残すにはもったいない量の料理。


エクスは諦め、近付いてくる少女、ユリアに先手を撃った。


「飯で忙しい」


「ここに座りますので」


そう言ってユリアはエクスの斜め右前に座る。


「そしてあなたは、何者なのですか?」


ユリアの問いにエクスはコンコンとスプーンで食器をつつく。隣のアンリッシュもし食事をしながらも、ピリピリした雰囲気になる。


「何者って、フリースタイルジョストが強い学生だ」


「学生が、あの技を鮮やかに決められますか!?」


「現に決めただろ?」


そう言われて、ユリアは言葉に詰まる。


だからエクスは追い打ちを仕掛ける。


「お前、あの有名な聖竜棋士ニーナ・クエントの弟子か何かだろ? けどよ、師匠の動きを一切真似るなんて不可能だ」


師匠が良いからと、強くなれる訳がない。ニーナを例に上げるなら、彼女は女性故に正面からの打ち合いに力負けする。だからこそ、カウンターに重きをおき相手の不意を着く事を極めた。そのカウンター自体も彼女の体型や、フラーシュカの挙動の癖を全て考慮して完成したものだ。


「それにお前のあの竜、騎士竜フラーシュカの腹心的な眷族だろ? 竜マニアなら気付く事だ」


この指摘に驚いたのはリコリアだった。彼は間抜けな声で、


「僕、結構な軍属の竜のマニアだけど知らないよ!?」


「……昔の聖竜騎士関連の写真を見てみろよ。フラーシュカの陰に見きれる様に写っているのが多くあるぞ?」


「エクスって、そこまでのマニアだったんだ」


感嘆するリコリアに聞こえないようにアンリッシュが、


「マニアじゃないよね。おしめ代えて貰ったことのある知り合いだよね」


意地悪言ってきた。


確かに、エクスのその時は騎士竜達は色々な後始末に終われ、エクスの世話は眷族が担当していた。


「騎士竜の眷族に乗り、聖竜騎士の指導を受けている自分が同年代に負ける筈無い。そう思い込んでいたから俺が特別に見えるんだろ? 残念だが世の中広いぜ」


エクスの言い分はユリアを黙らせるのに十分だった。と言うのもこの言い分はニーナが直々にメールを送ってきて、こう言えば大人しくなると教えてくれたものだ。ニーナさんも苦労しているなと思ったエクス。


「……そのようです」


今までの執拗さから一転、素直に否を認めたユリア。寧ろここまで完全に論破されたのだから食い付くようなら只の馬鹿だ。彼女の一応の雇い主であるクリスがあんなものだからあり得そうだが。


しかしニーナは根からの、特に聖竜騎士団壊滅からは尋常とは言えない程の文官方面の貴族や王族を極端に嫌っている人間だ。弟子にクリスみたいな者をとるはず無いのだ 。


王国は周辺諸国の中ではまともな部類に入るが、裏ではかなり泥沼な関係が構築されてしまっている。


それが王宮派と騎士派だ。


王宮派は貴族による王族を中心とした王政をよしとする派閥で、騎士派は軍人、主に竜騎士達が中心となる民主主義推進派の派閥だ。


王宮派が国、都市、地方の三重行政を行い滅茶苦茶な表には出ていないものの、明らかに貴族の利益を優先するのに反発する形で騎士派が現れる。


見た目王族の圧政に苦しむ民衆の救世主のようだが、理由は騎士、特に親竜派と呼ばれる竜を絶対的に崇める派閥への不公平な予算配分に待ったをかけた形だ。


もともと親竜派は立場が弱かった。国が竜と人類を同等に扱う事をよしとしなかったからだ。だが、それを露骨に出せばアンリッシュ達騎士竜や彼女より更に上の始祖竜が黙ってはいない。だから国はマスコミ等のインタビューに「我らと協力関係にある」等の言い回しや、雄竜に仕事を与え代価に食料を渡す政策を行い、民衆に竜は人の生活を良くしてくれる生き物だと言う印象を与えた。


この弱小親竜派に乗っかる形で騎士派が、上部民衆の期待に答える形で活動を開始。だが、それにあやかったのは竜も同じだった。騎士竜が親竜派に眷族を引き連れ親竜派に参入。その際、騎士竜は己の認めた騎士を乗り手として聖竜騎士団を設立、さらには他の派閥にこう脅した。人間の社会で生きる竜も、我ら騎士竜の命令は絶体だと。


この時には人間社会は竜に依存している部分が多かった。それは市民の生活から国の経済、更には軍部に至るまでだ。竜を格下に置くための措置が裏目に出た形だ。


ここから親竜派は勢力を大きくしていった。軍部の中で指揮権は騎士派にありつつも、絶対的なエースとして活躍。国民にアイドルじみた印象を与え持ち上げて貰う。だが、それが行けなかった。アイドルじみた故に、聖竜騎士団を劇的に始末しようとする風著があった。それが聖竜騎士団壊滅の任務、ソーシュ沖国境接続海域事変。


カンニバルとテクニアの領海の接続海域。絶好の漁のこの海域のみ、両国の漁を認める海域だ。だが、その海域を国際法では領海範囲外にも関わらず領海を主張するチャリアという国の海賊が表れる。チャリアは海賊と公表して取り締まると主張しているが、その海賊がチャリア海軍だと言うことは既に世界中に知れている。


それを鎮圧するのはカンニバルの竜騎士だった。テクニアの所有する海上警察の武装船では及ばず、軍艦ではオーバーキル過ぎるということで、海上輸送はテクニアが行い直接な鎮圧は竜騎士が行っていた。


そしてある日、いつもより多い海賊が出たと聖竜騎士団に緊急スクランブル命令が降りた。現場に急行したところそこにいたのはチャリア海軍機動打撃部隊。


事の真意を確認するため聖竜騎士団が向かった所で突如チャリア艦隊が砲撃を始めた。混乱する聖竜騎士団。明らかな敵対行為な為正当防衛を上層部に打診したが外交を配慮して禁止、速やかに離脱するようにとの命令が出た。それに従い撤退する聖竜騎士と追撃するチャリア艦載機。その前方に救援のテクニア艦隊が出現。対空射撃開始の旨だけ伝えたテクニア艦隊が聖竜騎士団の退避をまたずに射撃を開始。結果、聖竜騎士団の騎士竜及び配下の竜八割と二人の騎士を残し全滅。これがソーシュ沖国境接続海域事変だ。


これにより親竜派は要の聖竜騎士団を無くして失墜。再び王宮派が勢力を伸ばした。


だからこそ、騎士派、それも親竜派のニーナが少しでも王宮派の息のかかった者を弟子にする筈がない。


「まぁさ、ユリアさんも折角エクスという強い人を見つける事が出来たんだ。お互い切磋琢磨かて強くなろうよ」


頃合いと感じ取ったリコリアが良い具合に話を纏めてくれた。


「そう言う事だ。俺はお前から聖竜騎士団の教えを盗むし、お前は俺から盗めば良い。技術を目で盗むのは唯一許された窃盗だからな」


「ええ、よろしくお願いいたします」


礼儀正しく一礼し、ユリアはエクス達から離れていった。それと入れ替わる様にリコアスが紅茶とケーキを持って帰ってきた。


「上手く話が纏まったみたいですね」


ウェイターの様にアンリッシュの前にケーキを置きながら彼は言う。


「技術関連で絡んできた相手のあしらい方なんてもうテンプレ化しているからね。あっ、ケーキありがとね」


そう応じるアンリッシュの前の皿はあれほどあった料理が無くなっていた。

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