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1.7日常

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


竜は良きパートナー。


それがカンニバル王国の風潮だが、そんな国にも竜は崇める存在だと考える村がある。


竜は神聖で、決して人間が対等になってはいけない。


これは異端では無く、王国の古き風潮だ。


この風潮を未だに捨てずにいる国境付近の小さな村。


その村から外れた森の中に、ヴィルト達は隠居している。


王国の管理下を家出するかの様に出たヴィルト達は、まず始めにこう言った村を頼った。


無論、村人達が拒む訳も無く、むしろ歓迎されあれこれと優遇されている。


「これ、新しい野菜だって。村の農夫が届けてくれた」


そう言って玄関から戻ってきたシュティーナの手には様々な野菜が入った籠がある。


椅子に座り、コーヒー片手にぼんやりと外を見ていたヴィルトは視線だけをそちらに向けると、


「冷蔵庫に入るか?」


そう尋ねる。


カンバルニアの文明はここ十数年で格段に発展し、こんな山の中でも電気が送られている。


ヴィルトはあまり使わないが、エクスは通信端末で級友と文章のやり取りを良くしてる。


「無理かな。毎日結構な量が届くからね。仕方無いわ。今夜に古めの物は全部食べてしまいましょう」


たまたま冷蔵庫付近にいたディートフレアが答える。


「さすがに草ばかり嫌だから、町で肉を仕入れてくるわ」


「あぁ、頼む。それと、肉を買うときは店の言い値の倍で買え」


町の人達は騎士竜達に対して十分過ぎる対応をしてくれている。


この野菜もそうだし、町に行けば格安で物を売ってくれる。


隠居なんてかっこいい事言ってるが、無職のヴィルトにしてみたら嬉しい対応なのだが良心が痛む。


故に言い値の二倍で買うのだが、それでも十分安いと言えよう。


「分かってるわ。私達騎士竜はそこまでがめつく無いわよ」


笑って見せるディートフレア。


それと同時に今まで外でぼんやりしていたシャルティーナが窓越しに静かな、それでいて良く通る声で告げた。


「掃除をしてきます」


彼女達の家はディートフレアが掃除をするし、家の周りは町の人間が奉仕活動といってゴミ一つ無い。


なのにシャルティーナは掃除をすると言う。


「晩飯までには帰れよ」


ヴィルトの声を受け、シャルティーナは竜の姿になり飛翔する。


この周辺は山脈で囲まれており高度さえ気を付けたら、竜の姿を町人以外に見られる事は無い。


その山脈故に、この町は人の流れがほぼ皆無である。


町が古い風潮を守り続け、ヴィルト達がのんびりと隠居出来るのはそよお陰だ。


彼女は一度町に降りる。


シシャルティーナの姿を認めた町人が恭しく膝をつき頭を垂れるのを片手で制す。


シャルティーナは常に目を閉じ、薄い銀色の長髪と神秘的な雰囲気からか、騎士竜の中で最も信仰されている。


騎士竜の為にとご丁寧に町の中心に作られた広場に降り立った彼女は、その付近の役場に赴く。


そこで役員から、この町の近くにある森へ誰が入ったか尋ねた。


答えはいない。


なら良いと、シャルティーナは町から森へと飛ぶ。


この森は、カンニバル王国とテクニア帝国との国境に股がる森だ。


テクニア帝国は科学技術が発達した先進国家であり、現在両国家は冷戦とも言える状況である。


そして、この森は両国家が平等な権利を持つ領土と言う干渉地域になっている。


言い換えれば無法地帯。


両国はこの干渉地域の後ろに最前線を置いている。


カンニバルとしては竜を深く信仰する町は都合が悪く、テクニアとしては竜を引き込もうとお互いの利益が一致して、冷戦状態にも関わらず、この地域で起こった事は何も見なかった事にすると取り決められている。


無論、これは国家機密だが、国政に深く関わったヴィルトは既に既知だ。


両国の考えが気に入らず、取り決めを利用して森に入ってくるテクニア勢力を騎士竜達が掃除しているのだ。


森に入ったシャルティーナは人型になる。


ちょうど森には風が吹いている。


常に閉じられ目で空を、正確には風で揺れる枝を見上げる。


シャルティーナが目を閉じているには理由がある。


聖竜騎士団が事実上壊滅した戦闘で、シャルティーナも目に傷を負い視力を失ってしまったのだ。


何も見えない体になった彼女だが、生き物は不思議なもので五感のいずれかが失われると、残りの感覚器官が鋭くなるものだ。


人間が注意深くものを聞く時に目を閉じるのと同じだ。


ただ、シャルティーナはそれが鋭くなりすぎた。


流石は騎士竜と言うべきか。


相手のこの森への侵入場所は、ここを見張らせている眷族からの報告で割れている。


まずはその方角を目指し歩く。


すると明らか自然には無い音、加工された金属製品が擦れる音がする。


もう少し歩けば足音が。さらに近付くと息遣いまで手に取るように分かる。


人数は十人。


森を踏破する訓練をしていないのか、彼女の視覚以外に伝わる情報は素人のそれと同じだ。


(正規兵では無いのですかね?)


テクニアには正規軍の他に、民間軍事会社のような私設武装組織がある。


戦闘を国の行う国策ではなく、あくまで企業の利益のためと位置付けられる彼ら。


テクニアでは需要のある業界だが、国際法では戦闘行為を行えるのは国が管理する正規軍に籍を置くものだけである。


それ以外はテロ行為とみなされ、いかに民間人でも捕虜の対象とはならない。


だから民間軍事会社による侵略行為に対して、竜は一切遠慮することはない。


それに大義名分もある。我らの対等なパートナーである国が他国からの侵略行為を受けたため鎮圧した。完璧に皮肉を込めた名分だ。


無論、これは竜達の本心は別だ。


心から慕う民を守る。


気高い竜からしたら当然の事である。


シャルティーナは静かに侵略者に近付く。


侵略者達は戦闘服であるものの、正規軍に支給されるものではない。


これが確認された時点で彼らの命運は決まった様なものだ。


見せしめに皆殺し。


竜の土地に入った時から決まっていた運命だ。


シャルティーナは脚に力を溜め、そして静かに解放して木々を抜ける。


狙うは殿だろう最後尾の少し離れた男だ。


背後から風の様に静かに素早く距離を詰め、口を手で押さえながら首を半回転させた。


首の骨が折れる音と共に、崩れ落ちる男を支えたシャルティーナは死体を静かに横たえる。


相手はまだシャルティーナに気付いていない。


間抜けですね、とシャルティーナは死体となった男からサブマシンガンを奪い取る。


慣れた手付きで射撃に必要な動作をこなした時に、相手の一人が此方を振り向いた。


(惜しいですね)


後数秒振り向くのが早ければ未来は変わっていたかも知れない。


そう思いつつ、シャルティーナは引き金を引いた。


潜入任務と言うことを意識したのだろう、銃口には消音器が御丁寧についている。


押さえられた銃声と共に放たれる弾丸。


それは振り向いた男の体に吸い込まれたが、防弾チョッキを着ているのか死に追いやる事は出来なかった。


かわいそうにとシャルティーナは思う。


振り向きさえしなければ頭を撃ち抜いて即死させてやったのに。


マガジン内の全ての弾を撃った彼女はそれを捨て、距離を詰める。


周囲の仲間が援護に入りきる前に、彼女の右手は相手の左脇腹に刺さっている。


そしてそこから、左肩目掛けて腕を振り上げる。


腹を素手でかっ捌いたのだ。


飛び散る臓物、強くなる血の匂い。


シャルティーナは血に濡れた手をそのままに、次の獲物を定める。


距離は約五歩前。


相手は女だ。人の女性の姿をして暮らしている故の情けだ、綺麗に殺してやろう。


それを実現するために五歩を詰めた。飛んでくる弾丸を避けてだ。


そしてすれ違い様に手刀で頸椎を叩き砕いた。


シャルティーナは見た目は線の細い女性だが、中身は竜だ。


普段は女性らしい柔らかな腕も、今は細さは変わらないもののかなりの密度の筋肉がある。


牝竜が人型になるにあたり、明らかに体積が違う。


牝竜は質量保存の法則こそ無視しているが、人の身でも己の元の体重までなら自在に変化させる事が出来る。


その気になれば背中から翼を生やすことも可能だ。


対して雄竜はそれが出来ないため人型になれないらしい。


竜の特徴はそれだけではない。


大空を飛び回る彼女達の意志疎通ではなく空気の振動で行う。


シャルティーナは戦闘中、それを利用して敵を正確に認知する。


地上戦なら上空に眷族を飛ばせ地上に向けてあらゆる角度から一定の振動を発振させ、その跳ね返りでものの形を得る。


いわばセミアクティブレーダーみたいな物だ。


この振動で周囲の配置を探り、匂いや音でそれが何かを決定する。


だから目が見えない彼女でも、ライフルが発射される前に射線を外す事が可能なのだ。


突然の襲撃で浮き足たつマシンガンの斉射を避けるのは容易だ。


木々を上手く盾にしながら肉迫して、頭部を掴み近くの木にぶつけた。


当然、頭部は地面に落ちた熟れたトマト状態。


頭蓋骨は割れ、脳症は飛び散る。


「こいつ……もしかして……」


ここでようやく、相手側はシャルティーナを人間では無く竜の類いだと気付いたのだろう。


勝てる筈が無いと武器を捨てて降参しようとする気配がする。


そうはさせないとシャルティーナはたった今頭部を潰した男の遺体からナイフを引き抜き投げた。


降参しても、彼らは国際規定ではテロリスト扱い。情け容赦無く殺せるのだが、それではシャルティーナの計画に僅かばかり都合が悪い。


だから降参させる訳にはいかないのだ。


投げたナイフは太股に柄まで刺さる。


激痛にその患部を押さえる相手に近付き、無傷な方の足にロウキック。


脛付近の骨を完全に折り歩行不能とする。


ここで彼女は絶命させることなく次の獲物へ。


することは変わらない。ただ素手で骨を折り、臓物を引きずり出し、四肢を千切る。


人間が見れば明らか嫌悪する残酷な殺し方だ。


途中、数人が森の中で逃げてしまう。


シャルティーナは残った敵の相手を始末した後、連絡用に大気を振動させた。


これで付近にいる彼女の眷族、それも子供に近い竜が人間を狩りに行くだろう。


戦果を待っている間、シャルティーナは遺体を漁る。


そこで出てきたのはテクニアの民間軍事会社の社員証。


彼女はそれを足を潰しただけの男の前でヒラヒラとさせ、


「わざわざ国境を越えた理由は何ですか?」


何時も通りの調子で尋ねた。


「とても正規に国境を越えたとは思えません。答えて下さい。答えなくても構いません。どう転ぼうが、あなたを殺す気はありませんから。ただ、国に帰ったら病院が家になるかも知れませんが」


脅しでも何でもない、ただの事実だ。


シャルティーナとしては民間軍事会社が此処に武装して来れた理由は既に知っているが、その過程を知りたいなだ。


いくら両国間の水面下での暗黙の了解があるとは言え、民間軍事会社がそれを知っているのはあり得ない話だし、その状態で無断に武装して国境に入る仕事をするとは思えない。


テクニアが民間軍事会社にどう呼び掛けているのか? それが謎だ。


「く、詳しい事までは分からない。ただ社長は……国から直接全ての民間軍事会社に依頼があったって……その、ここらをマッピングしてこいと……成功したら社員全員が一生遊んで暮らせるだけの報酬を出すって……」


「あぁ、成る程。ですからここ最近、あなた方の様な連中が毎日現れるのですね」


「……許してくれ! まさか此処が竜の、それも牝竜の縄張りだなんて知らされてなかったんだ!」


でしょうねと、シャルティーナは思う。


竜の縄張りと知ってのこのこ現れる筈なんて無い。


「許すも無いも、言ったでしょう? 殺すつもりは無いと。まぁ、許して欲しいと訴えるなら少しお願いしましょうか」


そう言ってシャルティーナはそこらに散らばる遺体を無造作に集めると、


「貴方をこれから遺体と共に国境へと送ります。ですから貴方は社長やまだこの森に侵入していない同業者の知人に助けを求めなさい。そして救助に来た人達に言うのです。この森は牝竜が、それも騎士竜の眷族がいる森と」


わざと皆殺しにしたのはこの森の恐怖を植え付ける為だ。


無断にこの森に入ると牝竜が容赦無く殺しに来ると。


今までは生存者すら出さずにいることで生還は不可能だと思わせようとしたが、それよりも生き語りがいた方が良いだろうと思った。


騎士竜と言ってしまうと、王国が動く可能性があるため眷族と言うことにした。


しばらくすると、眷族が逃げた相手を加えて帰ってきた。


初めて人を殺すことに躊躇いを覚えているのか、逃げない様に手足を噛み千切っているが、命はまだあった。


「……殺しなさい。そう伝えた筈です」


騎士竜に直接言われた以上、それに逆らう事は出来ない。


恐る恐る首に噛みついたり、爪を体に突き刺したりして、この森の侵入者を排除する。


この子供眷族は将来的には竜を信仰するこの町を守る存在となる。


早い内から人を殺すことに慣らす必要があるのだ。


「さて、ミュリュート。話は聞いていましたね。彼とこの遺体を国境まで送って下さいな」


シャルティーナがミュリュートと呼んだ竜は、彼女の腹心的な存在の牝竜だ。


さっきも上空でシャルティーナの補佐をしており、名を呼ばれ人の姿で森へ降りてきた。


「仰せのままに」


綺麗に一礼してミュリュートは子供達に死体の回収を命じ自身も飛び散った腸をてきとうに固めて集めている。


シャルティーナはもうすることは無いと小さく息を吐くと村の方向へと足を進めた。

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