1.5日常
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フリースタイルジョストは泥臭い競技と説明したが、本当に泥臭いのは騎士科だろう。
竜騎士と言う言葉を聞くと槍を片手に竜に乗ると言う印象を受ける。
無論、それは間違っていない。十数年前までは実際そうだった。
ただし槍は地上での取り回しを考慮したもので、明らか竜に乗って突くには小さすぎる。
理由は簡単だ。
竜騎士が空中で槍を突き出すには、相手も竜に乗っている必要がある。だが、竜と共存する国はカールバニ王国のみだ。
プロペラ機や飛行船は竜の爪や尻尾で簡単に叩き落とせる。
故に、竜騎士は地上戦闘の用意をして、竜を使って敵陣に強襲することを任務としている。
だが時代は進み、科学が発展すると竜に重火器を乗せ上空から支援砲撃をするスタイルが定着した。
フリースタイルジョストは武器は槍のみ。
たが、その他は何をしても良いのだ。
「エクス、調子はどう?」
竜に乗り軽い飛行をしていたエクスの横に、リコリアが並ぶ。
競技の基準を満たした甲冑姿のリコリア。
小柄な体型なのを考慮してスマートに仕上げた甲冑は、防御力を犠牲に取り回しの良さを実現し、非力な防御力は傾斜装甲等でカバーする。
対するエクスのはスタンダードな物だ。目立った長所も短所も無い甲冑。
「いつも通りだよ。アンリッシュがしっかり世話してるからね」
「さすがアンリッシュ。彼女に世話された竜はすこぶるやる気が出るって噂だよ」
それは騎士竜のアンリッシュが直接世話してるから。
秘密を知っているエクスは愛想よく笑うことで流す。
「それじゃあ、後一週したら手合わせお願いするね」
リコリアが槍を上に掲げた時だ。
彼らより低い高度にいる生徒が悲鳴を上げた。
「なんだ?」
竜をバンクさせ下部への視界を確保したエクスの目に映ったのは、一回り大きな竜に跨がり生徒を次々と負かす竜騎士だ。
着込んでいる鎧は女性の規格を満たしているもの。
フリースタイルジョストにも関わらず、正規ジョストのように一瞬の交差で相手を落竜させている。
「牝竜だね、アンリッシュとリコアスが言ってた。それに乗り手も強い。見たこと無い鎧のデザイン。あれ、さっきのホームルームで言ってた転校生?」
確かにそんな連絡事項があったなとエクスは思い出す。
「ならあれは、転校生の派手なパフォーマンスだな。リコリア、負かせてこいよ」
「エクスが行きなよ。この学校チャンピオンが、舐めた転校生に釘を刺さないと」
「それで、本音は?」
「上からゆっくり観察させて貰うよ」
「昼飯一食な」
そう言い残し、エクスは竜を一気に降下させた。
相手もそれに気付いた。
高度的優位に立たれては不利とセオリー通りに左旋回。
エクスはそれを追うように軌道修正、相手はそれを確認すると反転。
一気に距離を詰めてくる。
エクスは軌道修正で降下角を浅くした。
それを見た相手はこの勢いなら勝てると思ったのだろう。
事実、向こうの竜は牝竜だ。身体能力はエクスの竜の一回りは大きい。
瞬間交錯。
両者が槍を出したのはほぼ同時。お互いとも同じフェイントをいれている。
槍先での軌道変更を狙いながらの胴体への一撃。
槍先が触れる寸前に、それらは僅かに横にずれ相手の槍を巻き込みに掛かる。
エクスから見た場合、彼は左側にやった。そして相手の槍の円周に沿うようにして相手の槍を下にして、その上は滑らせた。
これに相手は驚いた顔をしたのだが、エクスも同様だった。
(これ、聖竜騎士ぐらいしか使わないはずだが)
相手の槍の上を滑らせると言うことは、槍を懐に入れる事にも直結する。
だから通常は槍は弾くのが定石だ。
だが、滑らせる事が出来るなら狙った場所を正確に穿つと言う利点がある。
聖竜騎士並みの腕を持つものはこちらを積極的に使うのだが、まさか転校生が使ってくるとは思わなかった。
技量的にこちらが勝ったが、腰部装甲上面をかする程度で終わってしまう。
これが普通のジョストなら引き分けだ。
しかしここはフリースタイル。
レルトが手綱で合図をすると、彼の竜が尻尾を大きく払った。
雄竜が雌竜に手を出すなんて有り得ないが、彼はアンリッシュにエクスの言うことは絶対だと命令されている。
雌竜の背中に尻尾を叩きつけるなんて、お安いご用だ。
結果は失敗。雌竜が華麗に回避をして見せたのだ。
仕切り直し。
形としてはそうなった為、エクスは竜に通常の旋回を行わせつつ、相手の索敵を行う。
転校生がいたのはエクスより高度は低かった。
基本、空戦は相手の上を取ると有利と言われているが、空中対竜戦闘では高度を下げた方が良い。
編隊で相手に奇襲するなら高度が上の方が良いが、一度相手を認識した後のドッグファイトは低空の方が推奨される。
理由は視界だ。
小さな雄竜でさえ、人の下部視界は制限される。
ヴィルド程の腕になると急接近しても竜の影で見つける事が出来ない事が可能らしい。
下方視界をクリアにするためのバンクから、転校生の姿を捉えたエクスは更にバンク。180度ロールから一気に竜の体を起こす。
スプリットS。
索敵からの降下攻撃に入る為の機動だ。
エクスは相手の予想機動を頭に描きながら、自分の降下角を微調整。
転校生は進路を変えない。
今はエクスに転校生が背中を見せている状況だ。
フリースタイルの武器が槍だけなのを考えると、後ろを取られるのは圧倒的に不利だ。
誘っている。
そう感じたエクスは相手が何を狙っているのか考える。
後ろを見せてからの逆転はカウンター機動しかない。
そして、相手は聖竜騎士と似た槍捌きをした。
ならば、それも聖竜騎士と似たものをしてくるに違いない。
それを頭に置き、彼は脳天目掛けて槍を突き出す。
それに合わせる様に相手が動く。
相手の竜がまるで横に倒した樽の外周を回る様な機動をした。
バレルロール。
一瞬で左に流れる転校生の姿。
バレルロールは側転と同じ様なものだ。
エクスと転校生が横に同軸に並ぶと同時に、彼の左側頭部を払う槍が襲う。
しかしそれは相手がうまくカウンターを決められた時の話だ。
この技を予測していたエクスは槍を出すと同じくして、自分の竜にロールするように指示していた。
回転方向は左。
槍を右手に持つエクスなら、回転の勢いに乗せて相手の払う槍を強烈に打撃出来る。
そして望み通り、エクスの槍が相手の槍を見事打撃した。
竜の動きの方向と同じ向きで攻撃するエクスの方が、圧倒的に有利だった。
転校生の槍が大きく跳ね、あわや取り落としそうになるが、なんとかそれは免れたようだ。
(間違いない。これ、ニーナさんの十八番だ)
エクスは一連の動作を終えて、自分の師匠の愛人を思い出す。
清楚な顔をしながら、淡々とこの技で王国教導隊の頭を撃ち、脳震盪させているのを昔見たことあるし、実際に受けた事もある。
その時は来ると分かっていながらも、気付けば頭部を打たれていた。
それに比べると転校生の動作など、言っては悪いが稚拙な動きだ。簡単に反撃出来る。
(そういや、ニーナさんに弟子がいたっけ)
数年前に聞いた話を竜に水平になるよう命じながら思い出す。
(それにこの雌竜も見覚えある。なるほどね)
ニーナの弟子でフラーシュカのお気に入りの竜。
クラスメートが次々と落とされる訳だ。
だが、エクスは負ける気がしなかった。
自分もヴィルドの弟子だし、なによりこちらは産まれた時から竜に乗っている。
エクスは先の一連のやりとりで、転校生より低い高度に位置している。
相手はまだこちらを見つけていない。
本来ならこちらから仕掛けるべきだろうが、エクスはあえてそれをしない。
理由は簡単。同じ聖竜騎士の弟子として、相手を完全に抑えて勝ちたいから。
これはフリースタイルが個人競技のルールだから。
だからこそ自己満足な事が出来るのだ。
転校生がエクスを見つけた。
彼女の顔に余裕の色は無く、焦っているのが容易に分かる。
その気持ちをエクスは痛いほど理解出来た。
聖竜騎士を師に持ちながら負けるのは嫌に違いない。
だが、エクスは同情はしない。
降下から背後に転校生がピタリと付いた瞬間、エクスはバレルロールする。
意向としては相手の師匠の十八番で勝ちをとるだ。
左バレルロールをしつつ、更に右ロールをうつ。
竜は翼の羽ばたきでロール等を行う。
それを巧みに操れば、左バレルロールしながらの右ロールと言う曲芸じみた事も行える。
だが、これをするには竜にこの動きを教え込む必要がある。
エクスはこの困難を、アンリッシュを使って竜に教え込んだ。
左バレルロールしながらの右ループ。
これの利点は素早くコンパクトに相手の左側頭部を打撃出来ることにある。
相手が回った。そう思った時には撃ち下ろし気味の打撃を見舞えるのだ。
確かな手応えがエクスの手に返ってきた。
振り向き効果を確認すると、転校生の体がぐらりと揺れていた。
完全に脳震盪を起こしている。
鐙に体が固定具で繋がっているため落竜はしなかったが、乗り手の容態に気付いた雌竜がゆっくりと高度を落として柔らかな着地をする。
それを確認した所で、リコリアが笑みを浮かべて竜を寄せてきた。
「流石エクス。余裕だね」
「リコリア、勉強にはなったか?」
「なったけど活かせそうに無いよ」
肩を竦めるリコリアに、だろうなと呟いたエクスは竜に転校生の側に着地するよう指示。
「ニーナさん程の腕は無いから、もう意識もどってるだろ」
エクスが呟く様に、転校生は既に脳震盪から回復していた。
「記憶、飛んでねぇか?」
茫然自失状態の転校生にエクスが声を掛ける。
彼女はゆっくりとこちらを見て、
「何者ですか? どうしてあの技を?」
静かに尋ねた。
あの技、先程のカウンターだろう。
エクスは素直に教えるつもりは端から無く、
「あの技ってそんなに特別か?」
あくまで独学だと言い張った。
無論、ニーナの弟子であろう彼女はそれが嘘だと見抜いているだろうが、確実に嘘だと言える要素が無い。
そんな転校生がおかしくて溜まらないエクスは、にやけ顔を隠すために軽く顔を俯ける。
全てがうまく言ったエクスはたいそうご機嫌だった。
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「やっぱり負けるかね」
エクスが綺麗に自分の十八番で愛弟子を打ちのめすのを見たニーナに、フラーシュカはつまらなそうにぼやいた。
「あなたの指導を受けてるユリアならって期待してたけどなぁ」
「……騎士竜に赤子の時から育てられているあの子に、たかが数年の教えの私の弟子が勝てる訳無いでしょう。……あの娘に敗けを知ってもらう良い機会でしたけど」
弟子の敗北を出来レースを見ていた感想を述べる調子で、ニーナは簡潔にまとめた。
「にしても、私の技を随分と上手く使えるようになったものです。久しぶりに槍を交えてみたいと思いますね」
「勝率は?」
「まだヴィルトに勝ててないらしいですから九割と言った所ですかね」
そうニーナが見解を述べたとき、学生の中に混じったアンリッシュと目が合う。
どうだ、私のエクスはと言わんばかりの視線に、
「当たり前の結果なのにね」
と、フラーシュカが代弁してくれた。




