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1.3日常

リコリアはその見た目に反し、フリースタイルジョストの腕はずば抜けている。


エクスと同じ様に地域の大会で連勝を重ねた彼だが、エクス以上に注目されていた。


それはエクスがあくまで地域程度の大会で抑えていたのに対し、リコリアは全国大会クラスまで出場していたからだ。


ドラゴンジョストは金の掛かるスポーツだ。


装備一式に竜の飼育費。竜が飛べる環境。


普通なら団体に属するか、強力なスポンサーを後ろにつける必要がある。


リコリアは後者だ。


彼の後ろには退役竜騎士達の団体がスポンサーにいる。


対してエクスはスポンサー等いない。


いや、いることにはいるのだが、それはアンリッシュを初めとした竜達とヴィルド。


全国大会まで行ってしまうとどうしてもスポンサーは注目され、世間的には隠居した聖竜騎士と四人の美女のみのエクスはおかしな存在となる。


ヴィルドがいるなら世間は納得するだろうが、彼は世間に出ることを快く思っていない。


その為エクスは地方大会止まりなのだ。


そんな彼がリコリアを負かしたものだから大騒ぎ。


フリースタイルジョストには付き物のトトカルチョは凄まじい配当金になり、エクスの勝利を疑わなかったアンリッシュがボロ儲け。


それが二年前。


それ以来、リコリアはエクスの技術を盗もうと近くにいるし、エクスもそれを理解している。


勿論、リコリアはちゃんとエクスを友達として接している。


技術を盗むのは練習時に手合わせをするときのみ。


「それで、弟はどうした?」


エクスが言う弟とはリコリアの双子の弟だ。


リコリアの竜のブリーダーを務める彼は、兄と違い人見知りする社交性の無い性格だ。


ただ、アンリッシュをブリーダーとして尊敬しているため、彼女に対しては積極的である。


「竜舎だよ。アンリッシュが来る前にやることはやるって」


健気だねぇと、リコリアは惣菜パンを頬張る。


「だとよ、アンリッシュ。……どうした?」


横を歩くアンリッシュが空を眺めているのに気付いたエクス。


彼はその視線の先を追い、リコリアもそれにつられる。


「やけに飛んでいる竜が多いな。ありゃ、軍の竜騎士だな」


「そう言えば、今日は軍の部隊がここの竜停所を貸し切ってるって連絡があったよ。なんでも、この近くで演習するとか何とか」


この都市暮らしのリコリアがくれた情報。


確かに、軍の演習で一般の竜停所を貸しきる事はある。


ヴィルドが言っていた事だ。間違いは無い。


「演習……ねぇ……」


アンリッシュだけは妙に納得いっていないようだ。


「まぁ、害は無いし良いか」


そう判断したアンリッシュはエクスに鞄を押し付けると、


「それじゃ、竜舎に行ってきます」


身軽に駆け出した。


◇◆◇◆◇◆◇◆


アンリッシュが学校の竜舎に着くと、何時もと雰囲気が違う事に気付く。


不思議に思い竜舎に入り、そこにブリーダー科の生徒が人垣を作っている光景が目に入る。


今は小柄な体型をしているアンリッシュは跳ねる様に中を見ようとしたが、


「アンリッシュさん、おはようございます」


声を掛けられ中断する。


「リコアスか、うん、おはよう」


声の主はリコリアの双子の弟のリコアス。


人垣に加わらず、懸命に自分の竜の世話をしている彼に、アンリッシュは尋ねる。


「あれは?」


「雌竜ですよ」


以外なものだった。


この学校の竜は全て雄……いや、この世に竜の姿をしているのはほとんどが雄だ。


雌はアンリッシュの様に何処かに隠居しているはずだ。


子供を産むために此処に来たのだろうか?


そう思い、彼女はエクスの竜、即ちアンリッシュ自身が世話をしている竜の背中に立ち、人垣の中を見た。


「ああ、お前か」


輪の中心にいる白い竜を見たアンリッシュは、その雌竜がどんな存在なのか理解出来た。



「色々とあるぞ、これは」


呟く彼女の姿に気付いたのか、今までつまらなそうな態度をしていた雌竜が黙礼をしてきた。


今朝の雄竜の様に頭を下げない当たり、雌竜はアンリッシュの今の立場を理解しているお利口さんだ。


「アンリッシュさん、見えましたか?」


「見えたよ、リコアス。流石雌竜、大きいね」


当たり障りの無い返答をしつつ地面に降りたアンリッシュは、ブリーダー科の毎朝の日課を始める。


掃除を終えた後に体を磨いてやり、朝食を与える。


初めは普通の学園所属の雄竜が、騎士竜の世話になることに強い抵抗を感じていたが、今ではアンリッシュの命令で素直になっている。


周囲からはアンリッシュがブリーダーの言うことを聞かない竜に当たったと思われていたが、僅か数日で素直になったのだから注目の的だ。


また、騎士竜に少しでも自分を売り込もうとする雄竜が増え、アンリッシュの可愛い容姿もあり彼女は人と竜のアイドルと呼ばれている。


人見知りなリコアスが彼女を慕う理由である。


彼女としてはリコアスを何とも思っていなかったが、兄がエクスと仲が良いと知ってから弟子の様に接し始める。


「リコアス、こっちはもう良いから先に教室に行ってて」


先に作業を終え、律儀にこちらを待つリコアスにアンリッシュはそう言う。


「はい、お先に失礼します」


彼が竜舎を離れ、残りの生徒も教室に戻った頃、アンリッシュは雌竜の側に立つ。


「あなた、フラーシュカの身の回りの世話してた雌竜よね?」


「はい、アンリッシュ様。仰る通りです」


人がいないため雌竜はそう答えた。


フラーシュカ。アンリッシュと同じ騎士竜で、聖竜騎士に残った竜だ。


目の前の雌竜はフラーシュカが最も信頼している眷族の筈だ。


「どうして此処に? 今日の軍事演習と何か関係するの?」


「……私はフラーシュカ様に何人にも話すなと厳命されております」


雌竜は申し訳無さそうに答える。


「なら良いよ。どうせ、王家関連だろうしね」


たいして気にした事もなく、アンリッシュは言う。


何しろ、彼女は王家に近い所にいたのだ。なんとなくの事は予想できる。


「まっ、あんたが普通にしてくれているなら私は文句言わないよ。ただ、フラーシュカから聞いてるかも知れないけど、エクスの扱いには……」


気を付けろ。


そう言おうとしたアンリッシュは言葉を切り、ぐんと身を低くする。


刹那、その頭上を何かが空を切る。


肌に感じる風から、それが軽く頭を割ることの出来る一撃だと判断出来る。


彼女の視界にはブーツが見える。


それは彼女のものではなく見慣れないブーツ。


それは左足しかなく、何者かが右足を振り上げているのは明確だ。


先程頭上を通ったのは右足に違いない。


アンリッシュは直ぐにその足を刈りに行く。


理由は一つ。


次に来るのは間違いなく脳天への踵落としだから。


タックルの要領で相手の左足を取りに行く。


相手もそれを読んでいたのか、狙ったようなタイミングでその足がスナップを聞かせてアンリッシュの鼻先を狙う。


無理な体勢からの蹴りだ。


威力はそうそう無いが、顔面狙いの攻撃を貰うのは危険。


そう判断したアンリッシュはさらに姿勢を下げる。


再び頭上を脚が掠める。


その瞬間、彼女は裏拳を見舞う。


拳に伝わるのは硬い物を叩いた衝撃。


感触からブーツにヒットしたらしい。


しかし、バランスを崩すまでには至っていない。


素早く身を起こすアンリッシュと同時に、相手は着地。


お互い、背を向けた状態から取るアンリッシュの次の行動は再度の裏拳。


対して相手は再度の回し蹴り。


そのお互いがヒットする寸前、両者は攻撃を止める。


「隠居しても腕は鈍って無いみたいね、アンリッシュ」


「随分なご挨拶ね、フラーシュカ」


アンリッシュを襲撃したのは、彼女と同じ騎士竜のフラーシュカ。


騎士竜の中で未だ王国の軍属に籍を置く竜だ。


「それで、王国教導部隊のあんたがどうして此処に? あんたの部隊がこの付近で演習なんて考えられないけど?」


アンリッシュは尋ねる。


「……何とも言えない。立場上ね。機密だからね」


歯切れの悪い返答の仕方に、アンリッシュは眉を寄せる。


「でも、その内分かると思う。事が事だし、国の中央に近い所にいたアンリッシュならね」


「そう。まぁ、あんたがそう言うなら深く尋ねないわ」


隠居している自分とは違い、未だ色々と立場に縛られるフラーシュカの気持ちを察する。


竜が人の作った立場に縛られるなんてバカらしい。


だがそれを無視出来ないのが今の竜の立場だ。


「エクスにさえ危害を加えなかったらね」


「分かってるし、私もそんな事させないわよ。一応、私もあの子の親を気取ってるんだから」


フラーシュカはエクスがいるであろう校舎に視線を向け、


「あの子は私達の大切な子なんだから」


「…………だね。それじゃあ、私は教室に行くよ。これでも私は真面目な女学生なもんでね。また、ゆっくりと話ましょ」


「えぇ、お酒を飲みながらね」


アンリッシュは手を振り、教室へと元気に走っていった。


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