1.2日常
そんな世捨て人のようなヴィルドを師匠と仰ぐエクスは孤児だ。
親は誰だか分かっている。
かつてヴィルドと肩を並べて戦った聖竜騎士の夫婦だ。
エクスを産んで復帰任務で夫婦は死亡。
エクスはその夫婦の竜であったシャルティーナとディートフレアに引き取られ育てられた。
そして親が優秀な竜騎士だったせいか、幼くしてドラゴンジョストに憧れヴィルドに教えを請うた。
聖竜騎士と言うスポーツのジョストと違う槍さばきや立ち回りは、地方大会を制するには十分過ぎた。
彼は竜騎士関連の学校、主に騎士や一流ジョストプレーヤーの登竜門である国立カンバルリア学園に入学。
将来の進路がはっきりしない彼は、騎士とジョスト両方の資格を取れるフリースタイルジョスト科を選択。
ジョストは古来より竜をヘッドオン状態から飛ばせ、すれ違い様に槍を突き出すものだ。
一瞬の駆け引きと攻防。それがジョストの見所と言える。
対してフリースタイルジョストは実戦により近い方式だ。
一般ジョストでは相手との竜の高度差に決まりがあるが、こちらには無い。
簡単に言うなら細かな決まりは無く、勝利を掴むためにはありとあらゆる方法が許される泥臭い物だ。
だが、見た目の派手さから正式ジョストより人気があるのが現状。
エクスは年に一度の学校主催の大会でフリースタイルジョスト部門で二年連続優勝を飾っている。
彼の竜はアンリッシュだが、彼女の竜の姿は目立ち過ぎる為、学校所属の竜を使っている。
だがパートナーとして、飛ぶエクスの側にいたいと彼女は人の姿でカンバルリア学園に入学。
騎士を支えるブリーダー科に入り、エクスとコンビを組み、彼の乗るドラゴンを常にベストコンディションに仕上げている。
「エクス、朝御飯が出来てますよ」
銀の髪を持つシャルティーナが告げる。
朝御飯は彼女が持ってきたお弁当の事で、彼女がそれを持ってくると言うことは、家でゆっくりと食事をしていたら遅刻する時間帯と言うことだ。
素早く競技用の甲冑を脱ぎ、アンリッシュがそれをまとめてディートフレアに手渡す。
「それに制服も。汗を流す時間は無いので濡れタオルで我慢してください」
本当に色々と気が利くシャルティーナに感謝しつつ、素早く着替えたエクスは弁当を受け取るとアンリッシュに視線を送る。
彼女はそれに答え竜の姿へとなる。
「行ってきます」
短い挨拶を残し、アンリッシュは羽ばたきを入れ飛翔する。
彼らが住む町からカンバルリア学園がある都市までは遠い。
普通なら寮暮らしをするのだが、アンリッシュがいるエクスは自宅通い。
ただ、竜を使い登校出来るのは一部を除き貴族と言った裕福な家庭だ。
この国には竜を使った輸送業はあることにはあるのだが、竜の気分で運行が左右される安定しない移動手段。
そのため、自前の竜を持つ者が自宅通い出来ると言う訳だ。
アンリッシュの背中で朝御飯であるおにぎりを頬張るエクス。
竜の移動速度は早く、並大抵のものなら風圧に耐える為器具にしがみつくのだが、アンリッシュの背には鐙等は無いし、彼は平然と胡座をかいている。
長年、アンリッシュに乗り続けた結果だ。
「降りるね」
飛行して約十分。
アンリッシュは高度を落とす。
カンバルリア学園に着いた訳では無い。
眼下に見えるのは森だ。
アンリッシュはその森のちょうど開けた場所に着地した。
そこにいたのは一匹の竜。
その竜はアンリッシュが高度を落とす前から伏せの体勢で彼女を待っていた。
「楽にして良いよ」
アンリッシュが人の姿になりそう声をかけてようやく竜は身を起こした。
「それじゃあ、私とエクスをいつもみたいに運んでね」
その竜の前足に軽く触れたアンリッシュは、エクスを抱き抱えると一息で竜の背中に昇ってしまう。
この竜は小柄な方だが、全高は三メートルはある。
普通なら伏せて貰うのだが、もとが竜のアンリッシュには関係ない話だ。
「悪いね。こっちの都合であなたを運送の竜みたいな扱いして」
そう言葉を掛けるアンリッシュに、竜は首を横に振る。
「世の中でお前の頼みを聞けない竜なんてディートフレア達ぐらいだろ」
エクスが言う。
アンリッシュ達、聖竜騎士の竜が何故軍のトップに拘ったのか?
それは彼女達の身分に関係してくる。
竜には人間と同じく身分が存在する。
最下層は雄竜。次に雌竜。その上にアンリッシュ達騎士竜。そして最上の始祖竜。
つまりは雄に生まれたら必ず身分は下になる訳だ。
エクスが乗るこの竜は雄。
彼が騎士竜であるアンリッシュのお願いを断れる筈が無い。
そもそも、アンリッシュが何故最後まで飛ばないかと言うと、騎士竜の彼女は他の竜より体が大きく、またすでに十年の時が流れているとは言え聖竜騎士の竜だったアンリッシュが町の上を飛べば大騒ぎだ。
こうして学校に通えるのも、彼女が公には竜の姿しかとらず、名前も伏せていたからだ。
彼女達の人間の姿はこの国の国王ですら知らない。
「いつも思う。見た目、俺とそう歳の変わらんお前が、こいつみたいな眷族連れてるって変だなと」
「私は人の形を取ってるだけだよ? 外見なんていくらでも変えれるよ。 なんなら今すぐにディートフレアみたいな大人なお姉さん姿になってあけようか?」
アンリッシュの提案を、エクスは手を振ることで制す。
アンリッシュの人の姿は少女だ。
黒髪のボブカットの顔付きは柔和で愛想良く、肉付きの良い女性。
昔はもっと大人の姿をしていたらしいが、エクスを育てると決めた時に、今の姿へ変えたらしい。
ディートフレアみたいな容姿だと、高嶺の花みたいで近付きにくいからとアンリッシュは言う。
「お前の前の姿を見てみたいが、それ見るとお前の印象が崩れそうで嫌だ」
高嶺の花になったアンリッシュを想像しようとして、エクスは止めた。
「ひどい男だね。エクス。それとも、エクスはスレンダーじゃなくて、今の私みたいなむっちり柔らか系が好きなの?」
「……どっちもどっちさ」
雄竜が飛ぶこと約半時間。
視界に大きな都市が見え始める。
カンバルリア学園がある、カールバニ王国首都に続く大都市グランピアだ。
その都市を囲む巨大な防壁の突き出た部分、竜停所と呼ばれる竜の着地場所に雄竜は滑らかに着地する。
此処には竜から降りる為の足場が設置されてあり、エクス達はそれを使い降りる。
「ご苦労様。日が沈む頃にまた来てね」
頭を垂れる雄竜の鼻先を撫でたアンリッシュ。
雄竜は頷く様な仕草をした後に大空へ舞う。
それを確認したエクス達は昇降機に乗り、防壁から地表へ移動。
「エクスじゃないか」
昇降機降りて直ぐのパン屋の前を通った時、エクスを呼び止める声がする。
足を止め振り替えると、パンの入った袋を持った少年が手を振り小走りでこちらに来た。
「おはよう、リコリア」
リコリア、エクスのクラスメイトで入学以来からの友達だ。
褐色気味の肌を持つ彼は人懐っこく、低い身長と愛想の良さからフリージョストのマスコット的存在だ。




