1.1日常
胸に激しい衝撃を受けたと思ったら、既に視界は青空で埋め尽くされる。
耳には空を裂く風切り音しかせず、甲冑に覆われていない肌は冷たい空気を感じる。
落ちている。それも高高度から。
またか。
少年はそう思う。
何時もの光景だ。果たして自分は何時になったら毎朝この光景を見ること無く朝食にありつけるのか。
即死確定の高度からの落下だと言うのに、少年にパニックを起こした様子は無い。
何時もの事で慣れたと言うのもある。
しかし、それ以前に彼を受け止めてくれる者が存在しているのがあらかじめ分かっているらだ。
少年を受け止めたのは竜。
鮮やかな緑の鱗の竜は少年を背中で受け止め、衝撃を殺すために接触の瞬間に高度を下げると言う器用な真似をして見せた。
「何時になったら、私をサボらせてくれるのかしら」
緑の竜は人間の言葉で少年に問い掛けた。
「何時だろうなぁ……」
「そこは男らしく、もっと勇ましい事を言って欲しいわね」
緑の竜がそう言った所で、少年には勇ましく宣言する気は無い。
気力すら奪う程の実力を、少年を突き落とした人物は持っているのだ。
その少年の視界に青空以外の者が入る。
茶色の鱗の竜と赤い鱗の竜。
二体の竜の内、茶色い方が竜とは思えない可愛らしい声で聞く。
「怪我してない?」
「大丈夫」
心配そうに顔を近付ける茶色い竜の鼻先を少年は軽く撫でてやる。
そんな彼に、男の笑い声。
「お前は落ちる姿勢だけは王宮の聖竜騎士並みだからな」
男は赤い鱗の竜の背にいる。
少年と同じ様に甲冑を着込み、手には長い竜上槍。
その先端は明らか潰されており、訓練もしくはスポーツ用だと容易に判別できる。
「元聖竜騎士のあんたに言われたんなら自慢出来るな、ヴィトルさんよ」
ヴィトルと呼ばれた男はつまらなさそうな顔をして、
「頼むから俺にそんな世間受けしなさそうな事を誉めさせるな。せめて突き出す槍は稲妻の様ぐらい言ってみたいぜ、我が愛弟子エクスよ」
少年エスクは師匠と同じ様につまらなさそうな顔をして、
「あんたの尺の桁が俺に合ってないんだ」
「それは私も同感よ、ヴィトル」
赤い竜が言う。
「貴方に鍛えられてるからね。エクスは年の割には強いわよ。そう、同年代で比べるなら稲妻の様な突きよ」
「なんだよ。俺が悪人みたいじゃ無いか」
「と言うよりも、世間一般の平均を知らないただの馬鹿ね」
「こいつ……」
赤い竜の背中を槍で小突いたヴィトル。
それの仕返しとロールする竜。
ヴィトルは落下防止の器具を外していた為、綺麗に落下。
「いつも思うけど、シュティーナの主人に対するツッコミ、過激過ぎないかしら?」
「時と場合をわきまえているから。心配しないで、ディートフレア」
緑の竜ディートフレアの問いに赤い竜シュティーナの答え。
「アンリッシュ、君も将来俺にああするつもり?」
エクスが茶色の竜ことアンリッシュの下顎を撫でながら訊ねた。
「ううん! しない! 主人のエクスが怪我することは絶対にしないよ!」
アンリッシュが必死に言う。
彼女はエクスが乗る竜で、ヴィトルに落とされるまでは彼女に乗っていた。
かれこれ10年以上の付き合いだ。
エクスが物心付いたときには側にいて、アンリッシュは姉として接して来た。
まぁ、エクスから言わせて貰うと彼女は同い年の幼馴染みといった感じだったが。
地表に近付くと、エクスはディートフレアから飛び下りる。
着地地点にはヴィトルと女性がいて、女性がすっと水の入った容器を渡してくれた。
「ありがとう。シャルティーナ」
エクスが水を飲むのと同時に、着地した竜達が一斉に女性へと変化した。
誰もが美しい顔立ちをしており、体型も女性が目指す最高のスタイルを体現している。
彼女達は種族は竜。
竜はこの世界の人間なら、高貴な強くて美しい生き物と言うだろう。
だが、シャルティーナ達はこう答える。
失墜し、隠れながらなにしか生きる事の出来ない惨めな種族だと。
別に竜が全てそう言う訳では無い。
エクス達がいる国カールバニは竜との関わりが深い国だ。
竜は良きパートナー。
そう豪語するこの国は確かに国民の竜に対する認識に悪意は無い。
現に、カールバニの軍隊のトップはヴィトルが所属していた聖竜騎士団、つまりは竜騎士。
もっと国民目線で見れば、ドラゴンジョストと呼ばれるスポーツだ。
竜に乗り大きなランス、竜上槍を甲冑を着けて突き合う競技は国技でもある。
エクスが甲冑を装備しているのはドラゴンジョストの練習をしていたからだ。
竜を受け入れる国風だが、ディートフレア等に言わせて見れば屈辱だと言う。
竜とは本来、この世界の頂点に立ち統べる種族だと。
それがいつの間にか人間のパートナーになりつつある。
人が増え力を増した結果、いつの間にか竜は人の社会の一部になってしまったのだ。
だから竜は人の形を取り、その社会に紛れた。
それが出来たのは雌の竜のみ。
雄の竜は理由ははっきりしないが、遺伝子関連の問題で竜以外の姿になれないのだ。
雌の竜はあちこちの小さな集落や村でひっそりと暮らし、一定周期で竜に姿を変えて雄を見つけ、子供を産み、育てばまた隠居する。
だが、例外があった。
それがディートフレア達だ。
彼女達は十数年前までは聖竜騎士団の竜だった。
人の社会に飲まれ隠居することを良しとしなかった彼女達は、本当に自分に乗っても良い人間を探し主とし、カールバニの槍として君臨した。
お前達は私達の力で守られているんだぞとアピールするためにだ。
だが、彼女達はある事件でヴィトルともう一人以外の乗り手を失い、一人と一匹を除いて国を見限り今に至る。
ヴィルドは今の隠居生活をのんびり満喫し、竜達も直ぐに代わりの乗り手を見つけるつもりは無いため、ヴィルドと共にスローライフを過ごしている。




