【第8話】アリアの嘘
トビー様の騒動から数日後、寮では少し変化がおきていた。
明らかに私への嫌がらせが減ったのだ。元々セドリック様の第一部隊は、「つまらないことをするな」と常日頃注意をしてくださっていたおかげで、少しずつ嫌がらせが減ってはいたものの、目に見えて減ったのは初めてだ。おそらくトビー様が自分の部下を諌めてくださったのだろう。
まだまだ完全に受け入れられたわけではないけれど、少しずつ前進している。そのことが私は嬉しかった。
この日の午後に、一人の客人がやってきた。
「こんにちは。私は白の騎士団のローレンス・ランカスターと申します。団長はおられますか?」
寮の玄関に立っていたのは、見惚れてしまうほど美しい栗色の髪と碧眼を持つ長身の青年だった。白を基調とした豪奢な騎士の制服がよく似合っている。
侯爵であるランカスターという家名、それにレイモンド様と同じ美しい碧眼。おそらく身内の方なのだろうが、どこかでその名前を聞いた気がする。
「はい。呼んでまいりますので、しばらくお待ちください」
私はローレンス様を応接室に通し、急いでレイモンド様を呼びに向かった。
応接室でレイモンド様とローレンス様が向かい合って座り、私はお茶を淹れて二人にお出しした。
ローレンス様はトビー様のお見舞いと、あの夜、白の騎士団から癒しの魔導師を派遣できなかったことへのお詫びに来たそうだ。
「兄さん、彼女がアリアだよ」
レイモンド様が私を紹介すると、ローレンス様は目を細めて私を見つめた。
「そうか君が……。ありがとう、弟を助けてくれて」
優しく微笑むローレンス様を見て、私はようやく思い出した。
ローレンス・ランカスターは『ダイニング・オリエッタ』のオーナーの名前だ。
「助けただなんて、私は当たり前のことをしただけです」
私がそう返すと、ローレンス様は真剣な眼差しで切り出してきた。
「どうだい?今からでも、ダイニング・オリエッタに戻らないかい?ここよりも良い待遇を約束するよ」
「えっ?」
驚く私よりも早く、レイモンド様がガタッと椅子から立ち上がった。
「に、兄さん!勝手にスカウトしないでくれ、アリアがいなくなったら困るんだ!……あ、アリア!給料が足りないのなら、俺が補填しよう!」
いつもは冷静で凛々しいレイモンド様が、珍しく慌てふためいている。私を引き止めようとする、その必死な様子がなんだか嬉しくて、私は自然と笑顔になった。
「いえ!今のお給料で十分です。それに私もここが気に入っています。戻るつもりはありません」
「そ、そうか……よかった」
レイモンド様は心底ホッとしたように息を吐き、椅子に座り直した。
「ほほう……なるほど」
ローレンス様はお茶のカップを手に取りながら、私とレイモンド様の顔を交互に見て、どこか楽しそうに目を細めていた。
「残念だが、これ以上しつこくするとレイモンドに怒られそうだ」
ローレンス様がからかうような表情を収めると、レイモンド様も軽く咳払いをして姿勢を正した。
「で、今日は他にも話があったんだろ?」
「ああ。最近結界に少し大きなひび割れが見つかった。補修にはしばらく時間がかかるようだ。よほどのことがない限り決壊することはないらしいが、一応伝えておこうと思ってね」
「大きなひび割れか……。分かった。情報は騎士団内で共有しておくよ」
レイモンド様の表情がスッと引き締まる。結界の異常は、討伐に向かう黒の騎士団にとって直結する重大な問題だ。
用件を終えたローレンス様が立ち上がった。私も急いでお見送りのために同室を出る。
「じゃあアリアさん、お礼はまた別の形でさせてもらうよ」
と言ってローレンス様は帰っていった。
――
ローレンス様がお帰りになった後、お客様用の茶葉が無くなってしまったので、私は中心街にお使いに行くことにした。
「それじゃあ、ちょっと買い出しにいってきますね」
寮のみなさまに声をかけ、私は街へと向かった。久しぶりの中心街だ。
立ち並ぶお店や行き交う人々の活気を感じながら歩いていると、先日レイモンド様と手を繋いでこの道を歩いた時の記憶がふいによみがえってきた。大きくて温かかった彼の手の感触を思い出し、なんだか一人で照れくさくなって頬が熱くなる。
「ですから、私は仕事がありますので」
「本当は休日なんだろ?制服も着てないじゃないか。少しでいいからつき合えよ」
ふと、何やら男女がもめているような声が聞こえてきた。その凛とした女性の声に、私は聞き覚えがあった。
「あれ、この声って……」
声のする方へと視線を向けると、大通りから少し外れた場所で、一人の女性が身なりの良い貴族風の男性に腕を掴まれそうになっているのが見えた。
「あれは、エスター様?」
赤髪のショートボブに、意志の強そうな赤い瞳。間違いなく、第二部隊長のエスター様だ。どうやら男性に無理やり誘われて困っているようだ。
気がつけば私は、彼女の方に足を向けていた。
「ああ、エスター様!探したんですよ。団長様から緊急の招集です。はやく騎士団寮に戻ってください」
私が息を切らしたふりをして二人の間に割って入ると、エスター様は目を丸くして私を見た。
「え、なんですって!?分かったわ、すぐに戻りましょう。……というわけなので、私は失礼させていただきます」
エスター様はすぐに男性からスッと距離を取った。私たちは貴族の男性に深く一礼して、その場を足早に立ち去った。
コツコツコツ……。
しばらく無言のまま大通りを歩き、男性の姿が見えなくなったところで、エスター様が口を開いた。
「で、緊急の内容は聞いているの?」
「あ、さっきのは嘘です。余計なことかもと思ったのですが、少し困って見えたので……」
私の言葉に、エスター様はピタリと足を止めた。そして、信じられないものを見るような顔で私をじっと見つめた後、突然吹き出した。
「あははっ!……はぁ、あんた中々やるじゃない!」
今まで見せたことのない屈託のない笑顔で笑う彼女を見て、私もつられて少し笑ってしまった。
「で、あんたは何しにここに?」
「お客様用の茶葉を買いにきたんです」
「そうかい。私も付き合っていいかい?」
「はい!もちろん」
エスター様の急な申し出に私は少し驚いたが、これは彼女との距離を縮める絶好のチャンスだと思い、快諾した。私たちは並んで歩き、目的のティーショップで無事に茶葉を購入した。
「カフェが併設されてるね。どう?さっきのお礼にお茶をごちそうさせてくれない?」
エスター様が店の奥にある落ち着いた雰囲気のカフェスペースを見ながら提案してくれた。
「は、はい。ありがとうございます」
私たちはカフェに入って、向かい合わせに座った。
エスター様とこんな風にお話しするのは初めてで、私は少しだけ緊張しながら、運ばれてきた紅茶のカップに手を伸ばした。




