【第3話】レイモンドの提案
俺はあれから二ヶ月の間、あのウェイトレスの少女、アリアを探し続けていた。
俺のせいでダイニング・オリエッタをクビになってしまったと聞いた時は、自分の軽率な行動をひどく後悔したものだ。
白の騎士団にいるローレンス兄さんにも頼んで手分けして探してもらったが、大通りの大きなレストランや服飾店などをいくら回っても、彼女の姿を見つけることはできなかった。
今日は討伐の任務が終わってから、大通りではなく裏路地にある小さな店を探し回っていた。粗野な冒険者たちが酔っ払って騒ぎ立てているような薄暗い裏路地を歩きながら、こんな場所に彼女のような可憐な女性がいるとは思えないと、半ば諦めかけていた。
その時だった。
ガシャーン!!
近くの酒場から、怒鳴り声とグラスが派手に割れる音が聞こえてきた。
「なんだ……?」
俺は気になり、足早に声のする方へと向かった。
角を曲がって酒場のテラス席を見ると、大柄な男が暴れており、周囲に人だかりができている。
そして次の瞬間、止めに入ろうとした一人の少女が男に強く突き飛ばされるのが見えた。
「きゃあっ!」
少女がよろけ、テラス席の隅に高く積まれた酒樽に激しくぶつかる。バランスを崩した重い樽が崩れ、彼女の上に容赦なく降り注ごうとしていた。
少女の亜麻色のポニーテールを見て、俺は確信した。
間違いない、アリアだ!
「危ないっ!」
俺は無我夢中で駆け出した。
間に合えっ!
地面を蹴り、空中に身を躍らせると同時に剣を抜く。
そして俺は、アリアの上に崩れ落ちる酒樽を一瞬にして粉々に切り刻んだ。
――
落ち着きを取り戻した酒場のテラス席。
歌い終わった私は、呆然としているレイモンド様に声をかけた。
「さっきは助けてくださり、ありがとうございました。レイモンド様はどうしてここへ?」
「あ、ああ。君をずっと探していたんだ。俺のせいでダイニングをクビになってしまったと聞いた。本当にすまない」
レイモンド様は申し訳なさそうに眉を下げる。
「レイモンド様のせいではありません。気にしないでください」
私のことを気に病んでずっと探してくれていたなんて。誠実で優しいこの黒の騎士様に、私は改めて強い好感を持った。
「恩返しとお詫びをかねて、実は君に仕事を紹介したいんだ。うちの騎士団寮の寮母が今不在でね。もし良かったら、君に寮母になってもらいたいんだ。給料は以前のダイニングよりも良いし、住む場所はタダだ。どうだろうか?」
急な申し出に私は戸惑った。家賃がいらない上に、以前のダイニング以上のお給料。王都で生活し、音楽院に通うための資金を貯めたい私にとって、これ以上ないほど魅力的な条件だ。
しかし、苦しい時に拾ってくれたこの酒場の仕事を急に投げ出すわけにもいかない。
「ちょっと騎士様、困りやすぜ。アリアはうちの大事な看板娘だ。急にいなくなられちゃあ、次の働き手を探すのが大変だ」
オーナーが困った顔でレイモンド様をたしなめる。
「では、迷惑料としてこちらではどうだろう?」
レイモンド様は懐から金貨を一枚取り出し、オーナーへと差し出した。平民の私たちにとっては、目が飛び出るほどの大金だ。オーナーは手のひらの金貨を見つめながら、言葉を失って思案している。
「まぁまぁ、オーナー。大事なのは店の都合じゃない、アリアちゃん自身がどうしたいかだ。みんな、この娘が歌手になるために必死に頑張ってるのを知ってるだろ?なら、その背中を押してやろうじゃないか」
憑き物が落ちたように穏やかな顔になったオルドさんが、オーナーを説得するように声をかけてくれた。
「アリア、お前はどうしたいんだ?」
オーナーの真剣な問いかけに、私はまっすぐに答えた。
「ここでの仕事はアットホームでとても楽しいです。でも、音楽院のレッスン料を貯めるには、どうしてもかなり時間がかかってしまいます。私は……レイモンド様の申し出を受けたいです」
「そうか、なら決まりだな。頑張ってこい」
オーナーは少し寂しそうに、けれど力強く微笑んで承諾してくれた。
「ありがとうございます。みなさん……」
レイモンド様が私たちに向かって、深々と頭を下げた。高位の貴族であるはずの騎士様が平民に頭を下げるという信じられない光景に、その場にいた全員が胸を打たれ、静まり返った。
「さぁ、今日は騎士様のおごりだ!みんな、アリアの夢への第一歩を祝って、好きなだけ飲み食いしてくれ!」
オーナーが手元の金貨を頭上に掲げて高らかに宣言すると、酒場は割れんばかりの歓声に包まれた。
「ほら、アリアと騎士様も座って!」
「俺がここにいてもいいのか?」
戸惑うレイモンド様に、オーナーは豪快に笑い飛ばした。
「ん?黒の騎士だから気にしてるのか?裏路地ってのは冒険者のたまり場だ。つまり、魔獣と戦う同業者みたいなもんさ。うちの客にそんなくだらない偏見を持ってるやつなんていないからよ」
その日の酒場は、いつも以上に大盛り上がりだった。私たちはこれからのことを話しながら、一緒にテーブルを囲んでたくさん笑いあった。
レイモンド様と会ったのは今日が二度目だったけれど、不思議と彼を信頼できるという確信が私の中にはあった。寮母になれば毎日彼に会えるのかもと思ったことも、実はこの提案を受けた大きな理由の一つだったのだけれど……。
それは私だけの秘密として、胸の内にそっと仕舞っておくことにした。




