【第12話】あの日の呪い
ベッドに横になった俺は中々寝付けず、昼間見たアリアの力をずっと思い返していた。
ティーナの部屋で、アリアの力を間近でみたあの時、俺の視界は元には戻らなかった。おそらくアリア自身が言っていたように、相手を深く思い、その人のために歌わないと彼女の力は影響しないのだろう。
俺が呪いを受けたのは、学園に入ったばかりの十五歳の頃だった。当時十八歳だったローレンス兄さんと一緒に鹿狩りにいった時、バジリスクに遭遇したのだ。
バジリスクは大型のトカゲ型の魔獣で、対象を硬直させる石化の毒の息を吹きかけてくる。エスターが右手に受けたのもこの呪いだ。
ただ、文献によればバジリスクは一日に一度しか毒を吐けないとされている。俺たちが遭遇した時、奴の足元にはすでに硬直した鹿が倒れていた。そのため、兄さんは今はもう息が吐けないであろうと判断し、剣を抜いて戦いを挑もうとした。
しかし俺は、文献で見ていたバジリスクと違い、その個体の背中が赤く変色していることに強い違和感を持った。
兄さんが奴に向かって踏み込もうとした瞬間、奴の喉元が異様に膨らんだのが見えた。俺はとっさに兄さんを強く突き飛ばした。
直後、毒の息をまともに食らった俺は、その時は自分の身に何が起きたのかまったくわからなかった。体勢を立て直した兄さんは、とっさに俺の手を引き、バジリスクを背にして無我夢中で走り始めた。幸いにも奴は追ってはこなかった。
「レイモンド、大丈夫か!?」
安全な場所まで逃げ延び、ひどく狼狽する兄さんの声を聞いて、俺はあらためて自分の身に起きた異常を理解した。
「色が……消えた……」
俺の視界は、完全にモノクロの世界へと変貌していた。視界から色を奪うという、特殊個体ならではの呪いだったのだ。
屋敷に戻り父親に事の次第を報告をした時、父は跡取りである兄さんを守ったことに対して「よくローレンスを庇った」と言ったが、色を奪われた俺を労る言葉は、ただの一言もかけてはくれなかった。
その後、国中の高名な癒しの魔導師や聖者、聖女の祈りを何度も受けたが、俺の呪いが解けることはなかった。エスターもそうであったが、瘴気汚染よりも呪いを祓うのはかなり難しいとされている。
呪いを受けた場合、呪いをかけた魔獣そのものを倒すことで祓えることもあると聞き、俺は学園を卒業した二年前、最前線で魔物と戦う黒の騎士団に入ったのだ。
しかしあのバジリスクの手がかりもなく、色のないモノクロの世界を生き続けるうちに、俺はどこかで少し、諦めの日々を過ごすようになっていた。
そう、あの日。ダイニング・オリエッタの裏路地でアリアの歌声を聞いたあの時までは。
あの一瞬だけ、俺の視界に鮮やかな色が戻った。
アリア自身は自分の持つ特別な力について、何も知らない様子だった。俺はアリアの力を解き明かせば、自分の呪いが解けるのではないかという打算から、彼女を騎士団の寮母にスカウトしたのだ。
最初はある程度打ち解けた後で、呪いのことを打ち明け、解呪に協力してもらうつもりだった。
だが、いつからだろうか……。
彼女と過ごす日々の一瞬一瞬が、自分の呪いを解くことよりもずっと大切に思えてきたのは。
朝の光の中で微笑む彼女の笑顔、俺たちを気遣って作ってくれる温かい手料理、そして休日の街で強く握りしめた、あの小さな手のひら。
それらを思い出すたび、俺の胸の奥は落ち着くような、それでいてひどくざわめくような、不思議な感覚にいつも包まれるのだ。
もし今、俺が呪いのことを彼女に伝えたら、アリアはどう思うだろうか。
最初から道具のように利用するつもりだったのかと。
だから今まで親切にしてくれたのかと。
だから自分を金貨一枚で買い取ったのかと。
俺に幻滅して、この寮から去ってしまうかもしれない。
いやだ!彼女にそんな風に思われるくらいなら、俺は一生、色の無い世界で生きていく方がマシだ。
「俺は彼女の力に頼らず、自分の力で呪いを解くんだ……」
天井を見つめながら、俺はアリアとの今の生活を守っていこうと心に誓った。
――
数週間後の黒の騎士団寮。
夕刻の応接室では、四人の部隊長たちがソファーに腰を下ろしていた。普段の団員全員で行う会議では広い食堂を利用するが、部隊長以上の集まりでは、この応接室を利用することが通例であった。
「みなさんに集まってもらったのは、他でもありません。最近、僕が団の今後に関わる重要な事に気づいたからです」
第四部隊長のトビーが、少し声のトーンを落として深刻そうに話しはじめた。
「で、なんなの?私、早く姫のご飯を食べに行きたいんだけど」
第二部隊長のエスターが、壁の時計を気にしながら先を促す。
「僕が気づいたこと、それは……団長はきっと、姫様に気があると思うんです!」
トビーが自信満々に身を乗り出して言い放った。
「「「知ってた」」」
副団長のセドリックにエスター、そして第三部隊長のバーナード。残りの三人の呆れたような声が見事に重なった。
「え?!知ってたんですか?いつから?」
一人だけ大発見だと思っていたトビーが、目を丸くして驚く。
「私は以前、休日にみんなで街へ出かけた時ね。あの時の団長の分かりやすい態度を見れば、誰だって気づくわよ」
「俺もだ。ティーナの見舞いに来てくれた時、俺が姫さんをハグした瞬間のあの焦りようは、どう見てもただの過保護じゃない。ありゃ、ヤキモチだ」
エスターとバーナードがそれぞれ呆れ顔で答える。
「俺は、アリアがここへ来た初日だな」
最年長のセドリックがふっと笑いながら言ったその言葉に、今度は全員が驚いた。
「え?どこで分かったんですか、セドリックさん」
バーナードが不思議そうに尋ねる。
「どこでって……見りゃわかんだろ。アリアを見る時の目が普段とぜんぜん違う。そもそも、アリアに恩があるとかで連れてきたらしいが、堅物のレイモンドが、若い女を自分の近くに置くか?支援するなり金銭面で助けるなりしても、男所帯の寮に連れてくる理由にはならん。まぁ、あの頃は団長自身も自分の気持ちに気付いていなかったと思うが、ありゃ最初から相当気に入っているぞ」
「すげぇ、さすが妻子持ち」
大人の余裕たっぷりに分析するセドリックに、トビーが変な角度から感心した。
「とにかく、僕は二人にうまくいってほしいんですよ。みんなで応援しませんか?」
トビーが改めて提案するが、エスターは少し真面目な顔になって腕を組んだ。
「私は姫の気持ちが最優先だ」
「俺もだ。姫さんが嫌なら応援はできん」
バーナードもエスターに深く同意する。ティーナを救ってもらった恩人であるアリアの気持ちと幸せが、彼らにとっては一番なのだ。
「まぁ、そういうこった。俺達は出しゃばらず、二人をただ見守っていればいい。それに、アリアもまんざらでもなさそうだしな」
セドリックがふっと意味深に笑った。
「「「セドリックさん、詳しく!」」」
アリアの気持ちの矢印にも気づいている様子のセドリックに、残りの三人が一斉に詰め寄る。
秘密の部隊長会議は、夕食の時間を過ぎてもまだまだ続きそうであった。




