【第10話】守護神の背中
エスター様と打ち解けてから数日後、私へのあからさまな嫌がらせはすっかり無くなっていた。
もちろん、まだ遠巻きに様子を伺っていて、見えない距離を感じる団員さんたちもいる。でも焦る必要はない。私にできることは、これからもみなさまに認めてもらえるように、日々寮母の仕事を笑顔で頑張るだけだ。
今日は日曜日。
団員さんたちの食事の支度がないので、私にとっては実質、休暇のようなものだった。
「久しぶりに街に行ってみようかしら」
お気に入りのワンピースに着替え、亜麻色の髪をポニーテールにまとめて銀の髪飾りで留めた。
そして玄関を出ようとした、その時だった。
「姫様!」「アリア!」「姫!」
三つの声が同時に響き、私は驚いて振り返った。
「あ、みなさま。おはようございます」
そこに立っていたのは、私服姿のトビー様、レイモンド様、そしてエスター様だった。
「アリア、どこかに行くのか?街に行くなら俺にエスコートさせてもらえないか?」
レイモンド様が一歩前に出ると、すかさずトビー様が間に入ってきた。
「ズルいですよ団長!僕が先に姫様に声をかけたじゃないですか!」
「ちょっと待った!」
さらにエスター様が二人の前に立ちはだかり、ビシッと指を突きつけた。
「姫は毎日むさ苦しい男たちに囲まれて過ごしてるんだ。休日くらいは女性と過ごしたいはずだ。だから私とデートに行こう!」
ガルルルルルル……。
まるで三体の小型犬が骨を取り合って睨み合っているような光景に、私はたまらなくおかしくなってしまった。
「こら!あんたたち、仲良くしなさい!」
休みの日にわざわざ庭でとれたリンゴを届けに来てくれたドリスさんが、玄関で騒いでいた私たちを一喝した。さすが肝っ玉母さんだ。
「うふふっ……。じゃあ、みんなで出かけませんか?」
私の提案に、三人は顔を見合わせる。
「まぁ、アリアがそう言うなら……」
レイモンド様が少し渋りながらも同意し、こうして思いがけず、私たち四人は連れ立って中心街へと繰り出すことになった。
活気あふれる街でウインドウショッピングを楽しんだ後、私たちは落ち着いた雰囲気のレストランでランチを取ることにした。
四人掛けのテーブル席に案内され、私が席につくと、レイモンド様がごく自然な動作で私の隣に腰を下ろした。
「ちょっと……。どうして団長がしれっと姫の隣に座ってるんですか?」
向かいの席に座ったエスター様が、冷ややかな目でツッコミを入れる。
「いや……その……なんとなくだ」
少し目を泳がせるレイモンド様に、エスター様は呆れたように息を吐いた。
「まぁ、いいでしょう。私はかわいい姫の顔を真正面から見ながら食事ができるので」
「なんで僕が団長の前なんですか?二人ともズルいですよ。僕だって姫様の隣がよかったです!」
トビー様が口を尖らせて抗議する。
「そう言えば、今日はバーナード様をお見かけしませんでしたね」
私が話題を変えようとそう切り出すと、トビー様が頷いた。
「ああ、兄貴は週末は必ず実家に帰っていますからね」
「そうなんですね」
「バーナードのこと、怖いと思ってる?」
エスター様がふと、少し不安そうな顔で私に問いかけた。
「いいえ、ぜんぜん。少し口下手なようですが、とても優しい方なのは自然と伝わってきます」
私が素直な感想を伝えると、エスター様はパッと表情を明るくした。
「それを聞いて安心したよ。あの強面だからね、よく誤解されるんだよ」
エスター様がとても嬉しそうに語るのを見て、彼女が本当にバーナード様を慕っていることが伝わってきた。
「兄貴の体は全身傷だらけなんですよ。あの人は自分の危険も顧みず、いつも誰かの盾になって傷つくんです。僕もいつか兄貴を守るんだって思ってて、それでこの前の討伐で無茶をして瘴気を浴びてしまったんです」
トビー様が少し恥ずかしそうに、けれど誇らしげに語る。
「みなさまに慕われてるんですね」
私が感心して言うと、隣でレイモンド様が静かに口を開いた。
「ああ。黒の騎士団はバーナードが来てから、死者がゼロだ。あいつは俺たちの守護神なんだ」
みなさまがバーナード様をどれほど大切に思い、頼りにしているかがすごく伝わってきた。あの大きな背中と強面の奥にある優しさに、私も早く触れてみたいと思った。
そんな温かい会話を繰り広げながら、私たちは賑やかで楽しいランチの時間を過ごした。
「次はどこに行きたい?アリア」
店を出たところでレイモンド様が聞いてくれたので、私は素直に答えた。
「あの、本屋さんで歌集を見たいのですが」
「じゃあ次は本屋さんだね」
エスター様がそう言うなり、私の右腕に自分の腕を絡めて歩きはじめた。
「姉さん、それはちょっとズルすぎませんか?」
トビー様が慌てて追いかけてくる。
「トビーは団長と腕を組んだらいいじゃない」
エスター様が意地悪く笑うと、レイモンド様が顔をしかめた。
「俺はお前とは組まんぞ!」
そんな風にじゃれ合いながら、私たちは本屋さんに向かって歩いた。王都に出てきてから同年代の友人がいなかった私にとって、三人と一緒に笑い合いながら過ごすこの瞬間が、とても愛おしく、幸せに感じられた。
本屋さんに到着し、私は目的の歌集を購入した。少し時間があったので、お料理の本のコーナーを眺めていると、少し離れた棚の前に、見間違えようのない大きな後ろ姿を見かけた。
「あれは、……バーナード様?」
「あ、兄貴ですね」
私たちが気づくと同時に、レイモンド様が声をかけた。
「よう、バーナード。珍しいなこんなところで」
ビクッと肩を震わせて振り返ったバーナード様の手には、可愛らしい絵本が何冊も握られていた。
「……そうか、ティーナちゃんのか?」
「ええ。まぁ……」
レイモンド様の問いかけに、バーナード様は気恥ずかしそうに視線を逸らした。どうやら、実家で待つ妹さんへのお土産を探していたらしい。
「じゃあ、俺はこれで……」
バーナード様はそそくさと絵本を購入し、足早に本屋を後にした。
その直後だった。
「姫!一生のお願いがあるんだ!」
エスター様がガシッと私の両手を握りしめ、切実な表情で私を見つめてきた。
「そうか……。姫様なら、ひょっとしたら!」
トビー様も何かを察したように目を輝かせている。
「え?……あの……」
私は突然のことに戸惑いながらも、二人のあまりにも真剣な様子に頷いた。
「私にできることなのなら……」
「ありがとう!」
エスター様が泣きそうな顔でそう言った途端、私の手を強く引き、バーナード様の後を追って走り出した。
「おい!お前たち、どうしたんだ!」
事情がわかっていないレイモンド様も、戸惑いながら私たちのあとを追って走ってくる。
「バーナード!」
大通りの人混みの中で、エスター様がバーナード様の大きな背中に追いつき、声をかけた。
「どうしたお前たち……。それに団長まで」
突然全員で追いかけてきた私たちを見て、バーナード様は目を丸くしている。息を切らしながら、エスター様がバーナード様を真っ直ぐに見上げて言った。
「私たちも、お見舞いに行ってもいいだろうか?」
その言葉に、バーナード様は少し驚いたように目を見開き、それから私の方を一瞬だけ見た。
「……ああ、かまわない」
それはどこか諦めたような、少しさびしそうな声だった。




