第二話 「お参り」
「幸福の神様なんだよ」
少女——スイは胸を張ってそう言った。
僕はしばらく黙っていたが、やがて額を押さえた。
「……いやいや、待って」
「?」
「こんな山奥で、一人でいたら危ないだろ。というか神様って」
「ほんとだよ?」
即答だった。嘘をついている顔ではない。
僕は困った顔で周囲を見る。
崩れた石段。
苔むした灯籠。
いまにも倒れそうな鳥居。
どう見ても廃墟だった。
変な子に遭遇してしまった、というのが率直な感想だった。
スマホを取り出す。圏外。
「その箱、なぁに?」
「箱?スマホのこと?こんなの、たいていの人が持ってると思うよ」
「前のお参りの人は持ってなかった!」
「前っていつ?」
「えっとねぇ……五十年くらい前!」
「………」
僕は無言になった。
笑うところなのかもしれない。
でも、スイの顔は真剣そのものだった。
スイはじっと僕を見つめる。
それから何かを決心したみたいに頷いた。
「よし!」
「…何?」
「お参りしてって!」
「は?」
「だってお参りの人だもん!」
「え?いや…そういうわけじゃ…」
するとスイはむっと頬を膨らませた。
「いいから!」
「うお!?」
小さな手が、僕の腕を掴んだ。見た目に反して妙に力が強い。
「ちょ、待っ―—」
「お参りしてから帰るの!」
ずるずる引っ張られる。
石段を上がり、崩れかけた境内へ。
社は想像以上に古びていた。
屋根の一部は崩れ、賽銭箱には落ち葉が積もっていた。
―—なのに、不思議と汚い感じはしなかった。
誰かが手入れしているみたいに。
……たぶん、この子が。
「ほら!」
スイが賽銭箱の前で振り返る。
「お願いごとして!」
「いやお賽銭ないけど」
「気持ちが大事なの!スイは優しいから」
彼女がどこか楽しそうなので、僕はとりあえず賽銭箱の前に立った。
手を合わせる。
……何を祈ればいい?
家族の健康とか?世界平和とか?
そういう立派な願いより先に頭に浮かんだのは、もっと情けないものだった。
……内定、欲しい
それだけだった。
どこでもいい。ちゃんと安定して働ける場所が欲しい。
自分のやりたいことを、なんて言える身分じゃない。
母さんを安心させてあげたい。
もう「お祈りメール」を見たくない。
情けなくて、みっともなくて、でもそれが今の本心だった。
しばらく黙って目を閉じる。
風が吹いた。
木々がざわめく。
夏の匂いがする。
「……終わった?」
隣から小さな声が聞こえた。
スイが期待した顔でこっちを見ていた。
「うん」
「何お願いしたの?」
「教えない。恥ずかしいから」
「ええーー!?」
露骨に不満そうな声を上げる。
奏は少しだけ笑った。
多分、帰省して初めてのことだった。
ありがとうございます。学校が忙しくて間が空きましたが、明日3話を投稿します。




