第九章 七十三人のそれぞれの夜
十日。
それが、与えられた時間だった。
王城の作戦会議の場で貴族たちが激しく、議論していた。
「正面から迎え撃つしかない」
「いや、城門を閉じて籠城を」
「異邦人の力を借りるべきだ」
俺はずっと、黙っていた。
頭の中で店の、在庫リストを思い、浮かべていた。
スプリンクラー消火栓、レジ袋台車米袋。ロープ、ビニールシート、扇風機。業務用ラップ、輪ゴム、ガムテープ。
それぞれが、消防訓練の、マニュアルを、思い起こさせた。
火災のとき、強盗のとき、地震のとき、停電のとき。
店長の仕事の半分は、危機管理だった。
なんとなく見えてきた。
「陛下」
俺は手を、上げた。
「異邦人の、店ごと王都に、移したい、のですが」
王が目を見開いた。
「店ごと、とは」
「店舗を解体して、王都の中央広場に再建します。そこを王都防衛の指揮所兼配給所にします」
貴族たちが、ざわめいた。
「店ごと、運ぶのか」
「業務用台車があります。人海戦術で運べます。商品も商品棚もレジも、すべて台車に載せられるようにできています」
俺は、座っていた椅子から、立ち上がった。
「王都に住む若い兵士、職人、商人を貸してください。五百人いれば五日で動かします」
王は頷いた。
「許可する」
その日から、十日間の死闘が始まった。
ヒノマル青葉店丸ごと、王都への、大移動。
店舗は解体され、棚は分解され、台車に積まれた。
商品は種類別、消費期限別に台帳に記録されながら、運ばれた。
戸塚は移動の道中、漁港の若者たちに出刃包丁の握り方を教えていた。
「魚は生きてる間が、いちばん美味い。生かしたまま運べ」
漁港の少年が目を輝かせて、頷いた。
「海神様、ありがとうございます」
戸塚はいつもの仏頂面のまま、答えた。
「海神じゃない、鮮魚のバイトだ」
ミッチ姉さんは王都郊外の畑で、農民たちに収穫の見極め方を教えていた。
「ほら、このトマトまだ早い。明日明後日には完熟、明々後日は過熟。今日採るのは損よ」
農民の老人が両手で頭を、抱えた。
「四十年。わしは四十年間、毎日全部収穫してきた。五分の一は腐らせていた。もったいなかった。あんなにもったいないことを、わしはずっとやってきた」
ミッチ姉さんはにっこり笑った。
「これからは、腐らせないそれでいいのよ」
レジの沙耶ちゃんは、王城の文官たちに新しい、記帳方法を、教えていた。
複式簿記、原価計算、損益分岐。
家計簿三十年。シングルマザーの節約魂が、これらの概念をわかりやすく教えていた。
文官たちは、白い顔で、震えながら筆を、走らせていた。
「これはまるで神の数字だ」
「いえただの家計簿です」
沙耶ちゃんは、にこりと笑った。
清掃部の、田所さんは、王城の床を、磨いていた。
七十歳、清掃歴四十年独身、一人暮らし、趣味は書道。
王城の大理石の床が、ぴかぴかと、光った。
その光が、シャンデリアの光を二倍に増幅した。
王が夜、城内を歩いて、足を止めた。
「我が城が、初めて美しい」
王は、田所さんに勲章を、授けようと、した。
田所さんは笑って、首を振った。
「勲章はいりません。ただ明日もここを磨かせてください」
王は深く、頭を下げた。
衣料品の遠藤さんは、王都の子供たちに服を配り繕い方を教えていた。
「ほら、ボタンはこう付けるの。糸をぐるぐる巻いてから結ぶ」
ベーカリーの、仁科さんは、王都のパン屋に新しい、パンの製法を教えていた。
イースト菌の、温度管理、こねの回数二次発酵の、湿度。
王都の硬く酸っぱかったパンが、一気にふわふわに変わった。
家電の中野さんは王都の職人たちに、扇風機や電球の原理を説明していた。
電気はないが、原理は応用できた。
風車を改造して、空気を循環させる装置。
油皿の、芯の改良で明るく燃える、油灯。
それぞれが、王都の暮らしを地味に、変えていった。
五日後店は、王都の中央広場に見事に、再建された。
蛍光灯はまだ動いていた。
しかし、店の電気の残り稼働時間はあと、十日を、切っていた。
俺は、副店長の宇都宮を呼んだ。
「冷蔵庫の中の、生鮮品全部出して、くれ傷む前に難民に、配る」
「了解です」
そして、十日目。
王都の城門に、土煙が立った。
魔王軍先遣隊千を、超える兵が、押し寄せて、きた。
俺は、店の屋上に、立っていた。
風が頬を、切った。
緊張で手が、震えそうになった。
二十年店長を、やってきた。
しかし、戦の指揮なんて、初めてだった。
「副店長」
「はい」
「スプリンクラー点火、準備」
「はい」
「ミッチ姉さん、農民隊と合流、地下水路、確保」
「了解」
「戸塚、消火栓の放水圧最大」
「は、い」
「沙耶ちゃん整理券、配り終わったら、計算室へ」
「もう配り終わってます」
俺は屋上の手すりを握った。
冷たい鉄の感触だった。
「総員配置に、つけ」




