第八章 王都流通改革
翌日から俺は、王都中の倉庫を回り始めた。
副店長の宇都宮、青果のミッチ姉さん、レジの沙耶ちゃん、護衛のロドリゲス、それに王都の若い書記官十人。
倉庫は八つあった。
東倉庫、西倉庫南倉庫、北倉庫王城地下、神殿地下商人ギルド、騎士団。
どこも、ひどい状態だった。
東倉庫を覗いた俺は、思わずうめいた。
「ひどい」
奥には、虫が湧いた麦袋。
手前には、新しい麦袋。
これでは、奥の麦袋から順番に勝手に腐っていくだけだった。
「副店長、ここから始める」
俺は宇都宮に指示した。
「全部の麦袋を出して、入荷日順に並べ替える。古いものを手前に、新しいものを奥に」
「は、はい」
「沙耶ちゃん、入庫日と数量、全部記録。台帳を作って。台帳の様式は、うちの店の月末棚卸し表を思い出して」
「了解です」
ミッチ姉さんは、すでに腐った野菜を分別していた。
「これは廃棄、これは煮込みなら使える、これはまだ生でいける」
倉庫番の痩せた老人が、ぽかんと俺たちを見ていた。
「あ、あの。二十年、誰も触らなかった倉庫を、お前さんたち、たった一日で」
俺は、台帳をめくりながら答えた。
「明日には終わります。明後日には、次の倉庫」
「に二十年、誰も整理できなかったのに」
老人は震えながら、頭を下げた。
「ありがとうございます、補給卿。私はずっと、この倉庫を恥に思ってきました。毎日、奥の方の麦が腐っていく音を聞いてきました」
俺は手を止めた。
「あなたが恥じることじゃ、ありません」
「で、ですが」
「あなたはずっと一人で、ここを、守ってきた。それは立派な仕事です。ただ、ルールがなかっただけです。ルールがあれば誰でもできる」
老人はぼろぼろと、涙を流した。
俺は彼の肩を軽く叩いて、次の作業に戻った。
二週間で、王都の八つの倉庫が整理された。
廃棄ロスは、それまでの半分以下に減った。
配給量は、一日あたり、一・八倍になった。
王都の餓死者は、ゼロになった。
ロドリゲスが、信じられないという顔をしていた。
「真壁殿、戦は剣で勝つものだと思っていた」
「いえ」
俺は、台帳に判を押しながら答えた。
「戦は兵糧で勝つものです。剣を持つ前に人が腹を満たしていないと、剣も振れません」
「兵糧」
ロドリゲスが繰り返した。
「兵糧の確保。それをここまで徹底できる男を、私は見たことがない」
俺は答えなかった。
ただ、台帳に入庫日と数量を記入し続けた。
地味で、しかし誰もやってこなかった仕事を。
その夜、王都の中央広場で、ささやかな祝宴が開かれた。
難民たちが、温かいスープを手に列を作っていた。
スープは、ミッチ姉さんがしおれかけの野菜を煮込んで作ったものだった。
「店長、味薄いから、塩足しといて」
ミッチ姉さんは、隣の配膳係に指示していた。
子供たちが、紙皿を両手で抱えて、スープを、すすっていた。
「あったかい、あったかい」
子供の一人が、繰り返していた。
母親が、その隣で声を、上げずに、泣いていた。
エルナが、俺の隣で、囁いた。
「真壁様王都に笑顔が、戻りました、二十年ぶり、に」
俺は、苦笑した。
「まだ半分です」
「半分」
「ええ魔王、というのが残って、いる」
エルナの顔がわずかに陰った。
その時、空からまた一羽、伝書鳥が、降りてきた。
しかし、今度の鳥は黒、かった。
足には、赤い筒。
ロドリゲスがはっと表情を、変えた。
「魔王軍からの宣戦布告です」
俺は、赤い筒の、蓋を開けた。
中の羊皮紙には、不気味な達筆で、こう、書かれていた。
「異邦人の店、ならびに王都、十日後、当方軍勢にて、訪問の予定抵抗は、無用なり、魔王軍先遣隊長、グルド」
俺たちには、十日しか、なかった。




