第六章 ミッチ姉さんの市場制圧
王都までは馬車で三日の道のりだった。
ロドリゲスが用意した馬車に俺、エルナ、副店長の宇都宮、青果のミッチ姉さん、レジの沙耶ちゃんが乗った。
ミッチ姉さんを連れていったのは、ロドリゲス本人の、強い要望だった。
「彼女の、青果の眼力を、王都商人ギルドにも、見せてほしい」
そういうことだった。
道中街道は、整備されていなかった。
馬車は、ガタガタと、揺れた。
ミッチ姉さんは、慣れた様子で座席に座って、編み物をしていた。
「ミッチ姉さんよく、編み物、持ってきましたね」
「これ、私の趣味だから、いつもバッグに、入ってるの」
ふと思った。
ミッチ姉さんは二十一年毎朝、軽トラに乗って店に通っていた。
その車の中にいつも、編み物が、置いてあった。
何があっても、動じない人だった。
異世界に来ても、編み物を、している。
馬車は、街道をゆっくり進んだ。
道の両脇には、痩せ細った農民の村が、点在していた。
子供たちが馬車を、ぼんやり、見送っていた。
腹の出た、栄養失調の、子供たちだった。
エルナは、馬車の窓から、その子供たちを見ていた。
何も、言わなかった。
ただ唇を、噛んでいた。
三日目の朝、王都の門が、見えてきた。
巨大な石造りの城門。その向こうに、白い尖塔が十本以上並んでいた。
エルナが、ぽつりと呟いた。
「アーヴェルク王都、人口五万、王国最大の城塞都市です」
「五万」
俺は、驚いた。
「日本の、市町村レベルですね」
「日本では五万は村ですか」
「うちの市は二十万です」
エルナが目を見開いた。
「二十、万」
「ええ、それでも地方の中規模都市です」
エルナは頭を、抱えた。
「真壁様、その地方の中規模都市を五人で、餓死から救えますか」
俺は、考えた。
「青果のミッチさん戸塚、沙耶ちゃん宇都宮、それと俺。五人でですか」
「ええ」
「ええっと」
俺は、頭の中で、計算した。
「保存食、二週間分の緊急配給ならいけます。その間に流通網を立て直す。それから先は地元の人と協力次第」
エルナは、信じられない、という顔を、した。
「やはりあなたたちは神々の使いです」
「いえただのスーパーの店員です」
馬車が王都の門を潜った。
門のすぐ内側に市場が、広がっていた。
露店屋台、行商人、客引き。すべてが入り混じった、混沌だった。
しかし、その混沌の中で、活気は薄かった。
棚の上の野菜は、しおれていた。
魚は、すでに目が、白く濁っていた。
肉にはハエが、たかっていた。
ミッチ姉さんが、馬車の窓から、その光景を、覗いた。
「あら、市場あるね」
「ええ王都市場です」
「ちょっと、見てくる」
「え、ミッチ姉さん」
俺が、止める前に彼女は、馬車から、飛び降りていた。
仕方なく、俺たちも、続いた。
ロドリゲスが、慌てて後ろから、ついてきた。
王都商人ギルドの市場は確かに活気は、あった。
しかし。それは客と商人の、押し問答による、活気だった。
「銀貨二枚。銅貨は受け付けない」
「そんな、それじゃ買えない」
「じゃあ、帰れ」
そんな声が、あちこちで、上がっていた。
ミッチ姉さんは、ずんずんと進んだ。
そして、一軒の八百屋の店先で、立ち止まった。
棚に、キャベツが、山積みに、なっていた。
太った、髭の濃い、商人が声を、張り上げていた。
「新鮮なキャベツだよ。一玉銀貨二枚、新鮮新鮮」
ミッチ姉さんは、キャベツを一玉、手に、取った。
葉を軽く、弾いた。
葉の音を、聞いた。
底を、指の腹で、なでた。
それから香りを嗅いだ。
「兄ちゃん」
「あお、おばちゃん、何だい」
「これ、三日前のキャベツね」
商人の顔が、ぴくりと動いた。
「な何を、根拠に」
ミッチ姉さんは、キャベツを、ひっくり返した。
「切り口もう茶色く変色してる。収穫から二日以上経つとこうなる。葉の巻きも見て。ここ、外葉がすでに立ち始めてる。収穫直後ならぴったり寝てる。それと香り。青い香りが薄い。これは三日置いたキャベツ」
商人は、絶句した。
ミッチ姉さんは表情を、変えずに、続けた。
「一玉、銀貨二枚は、ぼったくり、銀貨一枚が妥当ね」
商人の顔が、真っ赤になった。
「ふざけるな、おばちゃん、田舎者は、引っ込んでろ」
その時隣で、レジの沙耶ちゃんが、ぽつりと言った。
「店長、計算が」
「うん、沙耶ちゃん」
「あの商人さん、午前中の取引量と棚の在庫量が合いません。彼、過剰在庫を抱えてます。明日になれば棚の半分は廃棄になります。その損失を今、価格に上乗せしようとしています」
沙耶ちゃんは商人ギルドの入口に貼ってあった取引簿を、馬車から降りる時ちらりと見ただけだった。
それだけで計算が、終わっていた。
レジ主任、釣銭ミスゼロ七年連続。暗算の達人、家計簿三十年。シングルマザーの節約スキルの結晶。
俺は商人に、向き直った。
「銀貨一枚で全量、買い取ります」
「な、なんだと」
「ただし、後ろの腐りかけの在庫も含めて、全量」
商人の顔が、青ざめた。
ミッチ姉さんが、ふっと笑った。
「兄ちゃん悪いね。私たち、避難民の炊き出ししてるの。傷んだキャベツでもスープにすれば食べられる。廃棄するくらいなら、私たちが引き取るよ」
商人は、震える声で、頷いた。
「お、お願いします、銀貨一枚で全量、お持ち帰りください」
ミッチ姉さんはもう別の店に、足を向けていた。
「次、人参の店行くわよ」
人参の商人も、同じ末路を、たどった。
トマトも、同じ。
豚肉も、同じ。
ミッチ姉さんは市場を、半周した。
その半周で、王都商人ギルドの市場価格を根本から壊滅させた。
露店の周りに、いつのまにか、商人ギルドの長老たちが集まっていた。
白い髭の老人が、ロドリゲスに、耳打ちした。
「ロドリゲスあの女何者だ」
「青果歴、二十一年の、パートナー社員だそうだ」
「ぱーと、なー」
老人は、聞き慣れない言葉を二度、繰り返した。
「我が王都商人ギルドの最高位、商務卿の見立てを、田舎の市場で一目で覆した。それも計算士まで連れて」
老人は、ミッチ姉さんに深く、頭を下げた。
「ミッチ卿、ぜひ商人ギルドに席を。いえ、評議会の議席をお受けください」
ミッチ姉さんは軽く、手を振った。
「結構です。私、店長の青果の方が楽しいから。評議会なんてお堅い場所、合わないわよ」
老人が、よろめいた。
「ミッ、ミッチ卿が断った。商人ギルドの評議会五十年、誰一人断った者なしなのに」
「お酒ならご馳走してね。その代わりに評議会、ちょっと覗かせて」
ミッチ姉さんはにっこり笑った。
俺たちは馬車に戻った。
馬車の荷台はキャベツ、人参、トマト、豚肉、果物。すべてで満杯になっていた。
それらがすべて、避難民の、炊き出しに、変わる。
エルナが、震える声で、言った。
「真壁様、ミッチさんは一体、何者なのです」
俺は、窓の外を見た。
ミッチ姉さんは馬車の中でぼんやりと、リンゴを齧っていた。
「青果の、パートさんですよ」
俺は答えた。
「うちの店でいちばん発注の上手な、ベテランのパートさんです」
エルナは目を見開いたまま固まっていた。




