第五章 手震えと鑑定眼鏡
翌朝、店の前に、三人の男が、立っていた。
中央の男は、ローブの上に革の鎧。腰には短剣。首から、銀のメダルを下げていた。
両脇の二人は、護衛の騎士だった。
「お初に、お目にかかる」
中央の男が低く、よく通る声で、言った。
「冒険者ギルド王都支部長、ロドリゲス・ファルケと、申す」
「真壁悠斗店長です」
俺は、反射的に、お辞儀を、した。
ロドリゲスは四十代、ひげが白く、なり始めている。
両目の奥には光が、あった。
知性の光だった。
「貴殿の店を、見学させて、いただきたい」
「どうぞ」
俺は彼を店内に案内した。
宇都宮、ミッチ姉さん、エルナが隣に、つく。
入口の自動ドアを潜った瞬間、ロドリゲスがはっと足を止めた。
蛍光灯の光、冷蔵庫の唸り。レジの待機画面、整然と並んだ商品の列。
それらすべてが、彼にとっては、未知の技術だったのだ。
「これは、いったい何の魔法だ」
ロドリゲスが、囁いた。
「いえ、魔法じゃなくて電気です」
俺は答えたが、その違いを、説明する気力は、なかった。
ロドリゲスは、青果売場で、足を止めた。
ちょうど、ミッチ姉さんがリンゴを陳列していた。
朝入荷したばかりの、青森産。
つやつやと、光っていた。
ロドリゲスが懐から、小さな眼鏡を、取り出した。
レンズが青く、光った。
「鑑定眼鏡だ」
エルナが隣で、囁いた。
「物の魔力と、価値を測る、ギルドの聖具。王都に十個もない貴重なものです」
ロドリゲスは、眼鏡を片目に当てた。
そして、リンゴを覗き込んだ。
その瞬間。
ぱきと音がした。
レンズに、ひびが入った。
「な」
ロドリゲスの顔が、青ざめた。
「鑑定眼鏡が、計測不能。表示が振り切れて、ひびが」
ミッチ姉さんが訝しげに振り返った。
「兄ちゃん、何やってんの入荷三日目のリンゴだよ」
「三日目」
ロドリゲスの声が震えた。
「三日も収穫から経って、この鮮度この香り。これは聖域の果実か神々の食卓のものか」
「いや、ふつうの、青森産です品種は、ふじ」
俺は答えたが、ロドリゲスにはもう通じて、いなかった。
彼は、ふらふらと鮮魚売場へ、向かった。
戸塚が、サーモンの柵を、切り分けていた。
朝、戸塚自身が絞めた、巨大な鮭。
冷蔵庫の中で、寝かせてようやく捌き始めたところだった。
切り口が、鏡のように、光っていた。
赤い身に、白い脂が、絡まり合っている。
ロドリゲスは息を呑んだ。
「魚の断面が、輝いている」
「いや、ふつうに包丁が、研いであるだけです」
戸塚が、ぼそりと答えた。
「包丁が、研いであるだけでこんな、断面になるのか」
「なります」
戸塚は淡々と続けた。
「あと、絞めた直後の神経締めが正確だともっと、輝きます」
ロドリゲスは膝を、ついた。
文字どおり両膝を、ついた。
「真壁殿、貴殿の店はいったい何なのだ」
俺は、自分の店を、ぐるりと、見回した。
蛍光灯、白いタイル、整然と並ぶ商品。毎日見ている景色だった。
「ただの、総合スーパーです」
ロドリゲスは、震える手で首から、銀のメダルを、外した。
「これを、貴殿に」
「いや結構です」
「これは王の使者の証。貴殿の店を王城に報告する許可をください。これを持って王都に来てください。陛下が貴殿に会いたいと申しております」
俺は、銀のメダルを受け取った。
冷たい金属の感触だった。
エルナがはっと表情を、変えた。
「真壁様、ロドリゲス支部長は王国でも有数の鑑定士です。その彼の眼鏡を壊した者を、わたくしは知りません」
「壊した、って」
「もう一度申し上げます。壊した者を、わたくしは知りません」
俺は、銀のメダルを握りしめた。
なんとなく嫌な予感が、した。
行くしかないという、予感だった。
その夜、店の屋上で俺は夜空を見上げていた。
二つの月が、ぼうっと、光っていた。
ミッチ姉さんが隣に、来て、座った。
「店長これ、いつ家に、帰れるの」
「わからない」
「私孫が、生まれたばかりなのよ」
「うん」
「写真、見る」
「うん」
ミッチ姉さんはスマホを取り出した。
電源はまだ入った。
しかし電波は、繋がっていない。
ロック画面に、生まれたばかりの、孫の写真が、映っていた。
ふくふくとした、頬。
赤い、おくるみ。
「かわいいね」
「うん、店長」
「ん」
「私、絶対帰る」
「俺も、帰す」
俺は、銀のメダルを、ポケットに、しまった。
明日王都へ、出発する。
地味な商人の仕事を、する。
それしか、できなかった。
それしか二十年、やってこなかった。




