第四章 先入れ先出し
開店時刻、午前九時。
俺は両手で、シャッターを、引き上げた。
異世界で最初の、シャッターを、引き上げる音だった。
三百人を、超える避難民が、整然と列を作っていた。
しかし、その列は、すぐに崩れそうになった。
腹を、空かせた人間は、譲り合いが、できない。
最前列の、痩せた男が、後ろから、押された。
男が声を、上げかけた。
その時、副店長の宇都宮が、店の入口で両手を上げた。
「みんな、聞いてくれ」
宇都宮は、エルナの通訳を隣に、立たせて叫んだ。
「並んだ順番で確実に配ります。お一人様二食分、お子様には追加でお菓子があります。抜け駆けは無効。整理券を見せてください」
行列がしんと、静まり返った。
三百人の、避難民が、整理券を両手で握りしめた。
そして整然と、並び直し始めた。
それは、奇跡のように、見えた。
たかが配給だった。
しかし。
「殴り合いもなく」
エルナが隣で、呟いた。
「奪い合いも、なく整列だけで、人が」
俺はレジに、向かった。
第一レジ、第二レジ、第三レジ、第四レジ。
四人のパートナー社員が、整理券と、配給袋の、二点照合を始めた。
そして、副店長が、奥のグロサリー売場に向かって叫んだ。
「先入れ先出しで頼む、賞味期限の、古い順から、出してくれ」
「了解、副店長」
奥から、グロサリーの高橋さんの声が、返ってきた。
エルナがはっと、俺を見た。
「真壁様、ふぃーふぉーとは何ですか」
俺は、青果売場の前で、足を止めた。
「えっと、こういうことです」
俺はレタスの陳列棚を、指さした。
ちょうど、ミッチ姉さんが、新しいレタスを、並べていた。
「これ、見てください」
ミッチ姉さんがふっと、手を止めて、こちらを見た。
「新しいレタスを奥に、置きます」
俺は、奥の棚をぽんと、叩いた。
「古いレタスを手前に、出します」
俺は、手前の棚をぽんと、叩いた。
「お客さんは手前から取っていきます。つまり古いものから順に売れていく。これを先入れ先出しと言います。英語でFirst In, First Outで、頭文字を取ってふぃーふぉー」
「ふぃー、ふぉー」
エルナがゆっくりと、繰り返した。
舌の上で味わうように。
「これを、やらないと、どうなりますか」
「奥の、古いものが賞味期限切れになって、全部廃棄。廃棄というのは捨てることです」
「捨てる」
「ええもったいない。それと、お客さんに古いものを売ってしまうと信頼を失う。それだけは避けないといけない。だから先に入ったものから先に出ていってもらう、それだけのことです」
エルナはしばらく黙っていた。
野菜の棚を、しげしげと、眺めていた。
それからぽつりと言った。
「まるで人と同じです」
俺は手を止めた。
「人」
「ええ。年老いた者から先に逝く。世代から世代へ命が渡される。それが自然の正しい順番なのに、この国では」
エルナの声が少し、震えた。
「魔王のせいで若い者から先に死んでいきます。若い兵士、子供、母親。順番がめちゃくちゃになってしまいました」
俺は何も言えなかった。
ただレタスを一玉、丁寧に手前へ移した。
その所作が、なんとなく彼女には答え、になったらしかった。
エルナは深く、頭を下げた。
その時表で、声が上がった。
「みんな、ちゃんと、もらえるぞ」
「順番、抜かしたら最後尾」
副店長の声が店外に、響いていた。
俺は一袋目のレトルトのカレーとペットボトル水を、最前列の老人に手渡した。
老人は震える手でそれを受け取り、両手を合わせて深々と頭を下げた。
涙が、皺だらけの頬を、流れていた。
「あ、ありがたう、ござ、う」
歯が抜けていた。
舌が回らなかった。
それでも、その言葉は確かに、感謝の言葉だった。
俺は、次の人に袋を、手渡した。
母親と小さな子供。
子供が紙袋を、覗き込んで、目を輝かせた。
中には、レトルトのおかゆの隣にグミと、ラムネが、入っていた。
「おおかし、おかしある」
子供が初めて笑った気がした。
母親が声を震わせて、頭を下げた。
「ありがとう、ございます、子供が笑った、二年ぶりに」
俺は頷いた。
涙が出そうになった。
頬を、引き締めて、こらえた。
二時間で、三百袋を、配り終えた。
最後の老人が深々と、頭を下げて列を、去った。
俺は、レジの前で長く、息を、吐いた。
宇都宮が汗を、拭いながら笑った。
「店長これ、いつものクリスマス特売より、楽でしたね」
「ああ、ロープと、整理券さえあれば、何とかなる」
ミッチ姉さんが空のカートを押してきた。
「店長、奥の倉庫まだ半月分はあるよ」
「了解」
その時、店の上空、遥か遠くから鷹のような鳥が一羽、急降下してきた。
茶色の大きな羽。
足には銀色の筒。
副店長がそれを、慌てて受け取った。
両手の、震える手で俺に、手渡した。
「店長これ、伝書鳥らしいです。王都、と書いてあります」
俺は、銀色の筒の、蓋を開けた。
中の羊皮紙には、震えるような、達筆の筆跡でこう、書かれていた。
「至急店長を、王の前へ、王都冒険者ギルド、ロドリゲス・ファルケ」
俺は、宇都宮と顔を、見合わせた。
二人とも笑った。
無理矢理笑った。
「店長」
「うん」
「俺たちなんか結構、大事になってませんか」
「ああ結構大事だ」




