第二十九章 夢の宴
秋の夜、俺は不思議な夢を見た。
夢の中、俺は二つの月の世界の王都の城門の前に立っていた。
しかし若くはなかった。
四十二歳のままだった。
ただ服装が、王国の貴族のものになっていた。
城門が開いた。
中に、入っていった。
王都の中央広場に向かって歩いた。
広場には、見慣れた顔がたくさん並んでいた。
王、エルナ、ロドリゲス、グルド将軍、宮廷魔導士長、漁師ヴィレム、東倉庫の老人、王都の難民の子供たち、王都商人ギルドの長老。
そして青葉店の七十三人の従業員、全員。
そして奥に、氷川透。
俺は息を呑んだ。
「氷川」
俺は駆け寄った。
氷川は笑顔で立っていた。
紫色の紋様は消えていた。
頬は若かった。
二十年前、青葉店開店の頃の氷川だった。
「真壁、よく来た」
「氷川、これ夢なのか」
「夢だ。しかし、二つの世界の夢だ。宮廷魔導士長が開発した夢の扉、その最高傑作。これは、二つの世界の人々が一晩だけ共有できる夢の宴だ」
俺は頷いた。
エルナが近づいてきた。
ドレスは、結婚式の白いドレスだった。
「真壁様、お久しぶりです」
「エルナ王女様」
「もう王妃です。北の辺境伯の息子と結婚しました」
「おめでとうございます」
「ありがとうございます。こうして夢の中でお会いできて嬉しいです」
エルナの隣に、立派な貴族の男が立っていた。
エルナの夫だった。
「真壁卿、初めまして。わたくしはリオン、エルナの夫です」
「真壁悠斗です、初めまして」
「妻からいつもお話を聞いております。貴方のおかげで我が王国は救われた、と」
「いえ、私はただの商人です」
「ただの商人が王国を救う。その現場の力、わたくしは尊敬いたします」
リオンは深々と頭を下げた。
エルナが微笑んだ。
「真壁様、わたくし、来年子供が生まれます」
「えっ、おめでとうございます」
「ありがとうございます。子供の名前を考えております」
「ええ」
「もし男の子だったら名前はユウト、女の子だったらハルと、付けたいと思います」
俺は息を呑んだ。
「ユウト、ハル」
「真壁悠斗様のお名前を頂戴しても、よろしいでしょうか」
「もちろんです。光栄です」
エルナは深々と頭を下げた。
その横で、ロドリゲスが缶ビールを両手で持って立っていた。
「真壁卿、この不思議な容器、青葉店の皆さんが持ってきた」
「ええ、缶ビールです」
「これ、開け方を教えてください」
俺は缶ビールの開け方を教えた。
ぷしゅっと音がした。
「これ、すごい音です」
「ええ、缶ビールです」
「乾杯しましょう」
俺たちは缶ビールを当てた。
ことんことんと音が続いた。
夢の中で缶ビールが飲めるという不思議さに、俺はふっと笑った。
漁師ヴィレムも近づいてきた。
「戸塚海神様、お元気ですか」
「ええ、戸塚は東京の本部に行きました。本部フラッグシップ店でエースです」
「本部エース、すごいですね」
「ええ、青葉店の誇りです」
ヴィレムは嬉しそうに頷いた。
王城地下、東倉庫の老人が近づいてきた。
「真壁卿、お元気ですか」
「ええ、お元気ですか」
「我が倉庫、今も先入れ先出しを徹底しています」
「素晴らしい」
「我が孫、倉庫の跡継ぎとして頑張っています。貴方の教え、忘れません」
老人は深々と頭を下げた。
王都商人ギルドの長老が近づいてきた。
「ミッチ卿、お元気ですか」
「ええ、孫の世話で忙しいです」
「ミッチ卿の、青果の見方王都の商人皆、引き継いで、おります」
「あら嬉しいわ」
ミッチ姉さんが笑った。
孫を、抱いていた。
夢の中まで、孫を連れて、きていた。
王都の難民の、子供たちが、駆け寄って、きた。
「店長店長、お元気ですか」
「ええ、お元気ですか」
「店長毎日、ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ」
子供たちはそれぞれ、立派に育っていた。
職人農民、騎士、商人。
それぞれの道で、活躍、していた。
俺は、ぐるりと広場を、見渡した。
七十三人の、青葉店の従業員全員、夢の宴に、来ていた。
そして、二つの月の、世界の人々全員、来ていた。
王が、玉座から、立ち上がった。
「皆の、衆」
王の声が、広場に、響いた。
「今夜、二つの世界の夢の宴だ。宮廷魔導士長の最高傑作、夢の扉。これで二つの世界の人々が、一晩共に過ごせる」
ぱらぱらと拍手が起きた。
「乾杯しよう、二つの世界の平和の、ために」
「乾杯」
ことんことん、ことんと缶ビール葡萄酒、麦酒すべての容器が合わさる音が、広場に、響いた。
俺は缶ビールをぐっと飲んだ。
冷たいビールが喉を流れた。
夢の中、なのに本当に味が、した。
そして、夜空に花火が、上がり始めた。
宮廷魔導士長の新作の、花火だった。
赤、青緑、紫金、銀虹色。
二つの月の間に、咲いた。
それは二〇〇五年の青葉店の夏祭りの、花火、と確かに、繋がっていた。
俺は缶ビールをもう一口飲んだ。
氷川が隣に、立っていた。
「真壁覚えているか」
「ん」
「二〇〇五年の夏祭り、青葉店の屋上缶ビール飲んだ、夜」
「ああよく、覚えてる」
「あの時お前、こう言ったよな。俺たちの仕事は、誰かの毎日のご飯を支える仕事だ。世界一地味で、世界一誇らしい仕事だ、と」
「ああ、言った」
「俺、あの言葉を二十年抱えて、本部で苦しんでいた。最後その言葉を思い出して、決裁書類を破った」
「氷川」
「真壁、ありがとう、お前の言葉で俺、最後、本当の俺に戻れたよ」
俺は頷いた。
涙がぼたぼたと頬を、伝った。
「氷川お前も、ありがとう」
「俺、こっちでお前を、待ついつかまた屋上で缶ビール、飲もう」
「ああ約束、する」
氷川は笑った。
そして、缶ビールを軽く、当てた。
ことんと軽い音がした。
夢の中、なのに本当に、ことんと音が、した。
俺は目を覚ました。
寝室の、天井が見えた。
枕元の時計、午前五時、三十分。
俺は深く息を、吐いた。
夢だった。
しかし、それは確かに、夢だった。
胸の内ポケットに、手を当てた。
しかし、寝間着のポケットに、エルナの手紙が、なかった。
代わりに、机の上に新しい、紙片が一枚、置いて、あった。
俺は起き上がって紙片を手に、取った。
そこには、エルナの筆跡で、こう書いてあった。
「真壁様、夢の宴ありがとうございました。子供、男の子が生まれたらユウトと名付けます。女の子が生まれたらハルと名付けます。ご祝福ありがとうございました。エルナ」
俺は紙片を両手で握りしめた。
夢の扉、本物だった。
そして、夢の中でエルナと、約束したこと、夢の扉を通って現実に、戻ってきた。
俺は紙片を机の上に置いた。
そして、窓を開けた。
朝の光が寝室に差し込んだ。
新しい一日が、始まる。
俺は青葉店に行く、準備を、始めた。
シャワーを浴びて、髭を剃って、シャツを着て、ネクタイを、結ぶ。
二十年毎朝続けて、いる、儀式だった。
しかし今朝、その動作は、いつもよりわずかに軽かった。
胸の内ポケットに、エルナの最初の手紙と新しい、紙片を、入れた。
二つの世界の二つの手紙だった。
俺は家を出た。
青葉店に、向かった。




