第二十七章 冬の手紙
冬が来た。
青葉店の駐車場に雪が降った。
その日、店長室に、一通の不思議な手紙が届いた。
差出人不明。
封筒には宛て名しか書いていなかった。
「真壁悠斗様」
その筆跡が誰のものか、俺はすぐにわかった。
エルナ・ヴァン・アーヴェルク。
俺は震える手で、封筒を開けた。
中の便箋には銀色のインクで、こう書いてあった。
「真壁様、お元気ですか。わたくしは、王女エルナです、二つの月の世界、から、お便りと書いております、こちらの世界も平和です、二年が経ち、王都は復興しました、難民はゼロ、餓死者もゼロ、子供たちは笑っています、わたくしは来年、結婚します、相手は北の辺境伯の息子です、優しい方です、真壁様を、結婚式にお招きしたかったです、でも戻る扉は開かないですよね、その代わり、こちらの宮廷魔導士長が開発した夢の扉で、この手紙を、送ります、夢の中で、真壁様の机の上にこの手紙が届きます、もし届いたら、お返事ください、お返事も、夢の扉で、こちらに、届きます、わたくしは、いつでも、真壁様の店、をを想っております、いらっしゃいませを、ありがとうございました、エルナ・ヴァン・アーヴェルク」
俺は便箋を両手で握りしめた。
涙がぼたぼたと机に落ちた。
しばらく動けなかった。
エルナ、結婚するのか。
王女として立派に北の辺境伯の息子と結婚する。
俺は頷いた。
それでよかった。
それでいいんだ。
俺は便箋を引き出しにしまった。
そして、白い便箋を取り出した。
万年筆を握った。
「エルナ王女様、お便りありがとうございました、わたくしは、青葉店店長、真壁悠斗です、お元気ですか。こちらの世界も、平和です、青葉店本部表彰、年間廃棄ロス全国、一位達成いたしましたこれも、二つの月の世界で皆と共に戦った経験のお陰ですご結婚、おめでとうございます、北の辺境伯の息子様、優しい方と聞き、嬉しく思います、わたくし結婚式に参列、できない、こと本当に残念です。しかし、こちらの世界でご結婚の祝福お祈りしております、エルナ王女様、わたくしの店は、これからも続きます、二つの月の世界の王都と共に、青葉店は、誰かの毎日のご飯を支える店として続きますご結婚、お幸せに。またいつか夢の中でお会いしましょう、真壁悠斗」
俺は便箋を折りたたんだ。
そして封筒に入れた。
宛て名を書いた。
「エルナ・ヴァン・アーヴェルク、王女様」
俺は封筒を机の上に置いた。
その夜、家に帰る前に、俺は店の屋上に上がった。
冬の夜空に星がたくさん輝いていた。
満月が白く光っていた。
俺は封筒を両手で握りしめた。
そして夜空に向かって、頭を下げた。
「エルナ王女様、お幸せに」
俺は声に出して言った。
その瞬間、封筒が両手からふっと消えた。
光になって、夜空に舞った。
二つの月の世界の王都の方角に向かって、星のように流れていった。
俺はしばらくその光を目で追っていた。
光は夜空の奥に消えた。
冬の夜の風が頬を撫でた。
俺は頷いた。
そして、屋上の階段を降りた。
下では店のシャッターを、宇都宮副店長が閉めていた。
「店長お疲れです」
「ああ副店長、お疲れ」
「明日も開店、よろしくお願いします」
「ええ明日も開店です」
俺は頷いた。
胸の内ポケットにはもうエルナの最初の手紙しか、入って、いなかった。
二通目の手紙は、夢の扉を通って、二つの月の世界に、戻っていった。
しかしそれでよかった。
それでいいんだ。
俺は深く息を吸った。
冬の夜の空気だった。
明日、青葉店のシャッターを上げる。
明日も、明後日も、明々後日もずっと、シャッターを上げる。
それが店長の仕事だった。
そしてその仕事は確かに、二つの月の世界の王都と繋がっている。
俺はゆっくり駐車場を、横切った。
雪が降っていた。
足跡が雪の上に残った。
明日の朝、雪が止んでいればいい。
明日の朝、雪止んで、いれば客が、来やすい。
俺は自分の車に、乗った。
エンジンをかけた。
ヒーターが、温かくなる、までしばらく、待った。
待ちながら、夜空を、見上げた。
満月の隣に、もう一つ月が見えた気がした。
ほんの一瞬だった。
俺は笑った。
「明日また、見えると、いいな」
俺は車を出した。
家に向かった。
妻と娘が待っている、家だった。
二十年毎日戻っている、家だった。
その家で温かい夕食が、待っている。
俺はハンドルを握りながら、思った。
二つの月の世界とこちらの世界、両方とも、温かい夕食が待っている世界だった。
それは確かに、繋がっている、世界だった。
それが、店長の仕事の続いて、いく、世界だった。
それでよかった。
それでいいんだ。
俺は深く息を吸った。
そして、ハンドルを握りしめた。
明日、青葉店のシャッターを上げる。
明日も、明後日も、明々後日もずっと、ずっとシャッターを上げる。
それが俺の、二十一年目の店長の仕事だった。
そして。それが二つの月の世界の、王女エルナ、への約束でも、あった。
俺は笑った。
「いらっしゃいませを、ありがとうございました、エルナ王女様」
俺は、夜の車の中で呟いた。
「明日も青葉店開店です」




