第二十五章 ミッチ姉さんの孫
秋のある日、ミッチ姉さんが孫を店に連れてきた。
生後、十ヶ月の、女の子だった。
「店長見て、見て、私の孫初めて店に来たよ」
ミッチ姉さんは孫を、抱いたまま、青果売場の奥から、出てきた。
孫は、ふっくらと、した頬をして、黒い目でじっと、店内を見ていた。
「あら可愛いね」
近くを通り、かかった、客の老婆が目を、細めた。
「ミッチさんのお孫さん」
「ええ生後十ヶ月です」
「あら、ハイハイできるの」
「もうすぐです、最近ずっと、立とうとして、いて」
ミッチ姉さんは店の、青果売場で孫に、いろいろな野菜を、見せていた。
「ほらこれリンゴよ赤いよ。これ人参オレンジよ。これキャベツ緑よ」
孫は両手を伸ばして、リンゴを、掴もうと、した。
ミッチ姉さんが慌てて、孫の両手を止めた。
「ダメダメ商品よ」
孫は、ふっと口を、尖らせた。
ミッチ姉さんが笑った。
「店長孫、青果好きみたい」
「いいことですね」
「私、孫が大きくなったら店、見学に連れて来ます」
「ええ、ぜひ」
その時、孫がふっと視線を、店の奥に向けた。
そして両手を伸ばした。
その視線の先には、何もなかった。
ただ、店の奥の、通路だった。
しかし、孫はしばらく、その視線を、外さなかった。
「あら、何を見ているの」
ミッチ姉さんが孫の視線を追った。
そこには誰もいなかった。
しかし、ミッチ姉さんははっと息を呑んだ。
「店長」
「ん」
「何か見えた、気がする」
「何か」
「人影、王女様、の」
俺は店の奥を見た。
誰もいなかった。
ただ、午後の光が商品棚を、横切っていた。
その光の揺らめきの中に、エルナのドレスの揺れる影が見えた気がした。
ほんの一瞬だった。
「店長孫、あの世界で私が、生かして、もらった、命の続きよね」
ミッチ姉さんが、ぽつりと呟いた。
「ええ」
「私王都で肩貫かれたよね。あの矢抜けていたら私、死んでいたよね」
「ええ危なかったです」
「あの、王都の薬師さんが矢を抜いてくれた。それで私、生きて戻ってこられた。それで孫の顔が見られた」
ミッチ姉さんは孫を抱きしめた。
「店長私、王都の薬師さんにお礼、言いたいもう行けない、けど」
「ええ」
「孫の、初めての笑顔、見られたこと、王都の薬師さんのおかげよ」
俺は頷いた。
ミッチ姉さんが孫を、抱きしめたまま、青果売場に、戻っていった。
孫は、ミッチ姉さんの、肩越しにまだ店の奥を見ていた。
そして、何かに向かって、両手を振った。
「ばあーい」
子供の、初めての言葉だった。
「あら孫、いまばあい、って言った」
ミッチ姉さんが、振り返った。
「店長孫、いまばあい、って、言ったよ、初めての言葉よ」
「ええ、聞こえました」
「誰に向かって言ったのかしら」
ミッチ姉さんは店の奥を見た。
午後の光が揺らめいていた。
しかしもうエルナの影は見えなかった。
「店長」
「ええ」
「孫、見えたんですか王女様、を」
「子供は見えるのかもしれません」
「子供は見える、子供は見えるわよね」
ミッチ姉さんは孫をぎゅっと抱きしめた。
そして、青果売場に、戻っていった。
俺は店の奥を見た。
午後の光が揺らめいていた。
その光の奥にもう何も、見えなかった。
しかし確かに何かが、そこに、あった気がした。
俺は頭を下げた。
「いらっしゃいませ、王女様」
俺は心の中で呟いた。
「青葉店、ようこそお越しくださいました」
午後の、光が店内を横切っていた。
蛍光灯の光と混じり、合っていた。
それは確かに、二つの世界の光が、重なる、瞬間だった。




