第十九章 王都の再生
魔王城は、その日の夕方に崩壊した。
主を失った城は、自らの重みに耐えられなくなった。
ねじくれた尖塔がゆっくり傾き、ゆっくり倒れた。
黒い岩山がばらばらに崩れて、平原になった。
俺たちは王都に戻った。
戻る道中、世界はゆっくり変わっていた。
腐った大地が、緑を取り戻し始めていた。
枯れていた川に、水が戻り始めていた。
風が優しくなっていた。
道中、立ち寄った、村々では、もうすでに餓死寸前だった人々が、笑顔で出迎えてくれた。
「補給卿、ありがとうございます」
「補給卿、万歳」
「店長、万歳」
王都の城門が見えてきた時、地平線まで、王国の人々が並んで出迎えてくれた。
王自らが、馬で出迎えに来てくれた。
「真壁卿、よく戻った」
「ただいま戻りました」
王は自ら馬を降りて、俺の両肩を抱いた。
「貴殿のおかげで、我が王国は二十年ぶりに息をしている」
「ええ」
「これからは貴殿に、ぜひ王国の再建を手伝ってほしい」
俺は深く頭を下げた。
「ありがとうございます。ただ」
「ただ」
「我々はいずれ、元の世界に戻りたいと思っております」
王はしばらく黙っていた。
そして頷いた。
「わかった、無理は言わない。戻れる時が来たら、戻ってくれ。それまでは王国の賓客として、滞在してほしい」
「ありがとうございます」
その夜、王都中央広場で勝利の祝宴が開かれた。
戸塚が捌いた、火竜の肉。
ミッチ姉さんの野菜の煮込み。
惣菜の福田さんのおにぎり。
ベーカリーの仁科さんの、ふわふわ白パン。
すべてが、振る舞われた。
王都の人々が、笑顔でそれを食べていた。
二十年ぶりに、王都の夜空に花火が上がった。
宮廷魔導士長が、祝賀のために新しく開発した魔法の花火だった。
赤、青緑、紫金、銀様々な色の花火が、二つの月の間に咲いた。
子供たちが両手を上げて、はしゃいでいた。
母親たちが目を潤ませて、それを見ていた。
老人たちが、孫の肩に手を置いて笑っていた。
俺は、店の正面ガラスの前に立っていた。
エルナが隣に来た。
「真壁様」
「はい」
「世界が、戻りました」
「ええ」
「あなたのおかげです」
俺は首を振った。
「俺一人のおかげじゃない。七十三人皆でやったことです。それと、王国の人々と一緒に」
「それでも最初に来たのはあなたです。最初にスープをわたくしに飲ませたのはあなたです」
俺は答えなかった。
ただ花火を見上げた。
数日後、店のあった場所に、奇妙な光が現れ始めた。
薄い白い光の門。
それは、転移時の魔力の逆流が開いた帰還のゲートだった。
ロドリゲスが、青ざめた顔で説明した。
「これは戻る扉だ。ただし、開いている時間は長くて半日」
「半日」
「もし戻るなら、明日の日没までです。それを過ぎれば扉は閉じます。次に開く保証はありません」
俺は、宇都宮を呼んだ。
「副店長、全員集めてくれ」
宇都宮が頷いた。
七十三人が店の前に集まった。
俺は、光の門を、指さした。
「これが帰還のゲートです。開いているのは明日の日没まで。戻りたい人はこれを潜ってください。戻りたくない人はそのまま残ってください。強制はしません。それぞれ自分で決めてください」
七十三人が互いに、顔を、見合わせた。
しばらくして、宇都宮が、車椅子からゆっくり、立ち上がった。
杖を、ついていた。
「店長俺、戻ります女房と、子供が、待ってる」
「ああ」
ミッチ姉さんが、肩の包帯を外しながら、頷いた。
「私も、戻るわ孫が生まれた、ばかりだもん見たいわよ、孫の、顔」
戸塚は無言でゲートを見ていた。
しばらくして、ぽつりと言った。
「俺も、戻ります、漁師の少年に出刃の、握り方はもう教え、ました。彼がいれば、こちらの漁業は大丈夫」
沙耶ちゃんは、孤児たちの頭を、撫でていた。
「私も戻る、息子が迎えに、来て、くれる」
田所さんは、ほうきを立て、掛けた。
「私も戻ろう、ここの床はもう十分、磨いた」
ベーカリーの、仁科さんが頷いた。
「私も戻ります。家族が心配しているでしょう。王都のパン屋の誰かが、私の製法を続けてくれる」
惣菜の、福田さんも、頷いた。
警備の、久保さんも。
衣料の、遠藤さんも。
家電の、中野さんも。
七十三人全員、戻ることを選んだ。
俺は頷いた。
そして、王城の方を見た。
エルナは、丘の上に、立っていた。
降りて、こなかった。
ただ、遠くから、俺たちを見ていた。
俺は、宇都宮の車椅子を押した。
しかし彼は、首を振った。
「店長一人で、行きます店長は、最後です、店長はいつも、戸締まり、最後ですから」
俺は笑った。
「ああ、戸締まりは、店長の仕事、だな」
七十三人が列を、なした。
ゲートに、向かう。
一人ずつ、白い光の門を潜って、いった。
ミッチ姉さんが、潜る前に、振り返った。
「店長店長は、絶対戻ってくるのよ」
「ああ」
「明日店開店してね」
「うん」
ミッチ姉さんは光に、消えた。
戸塚が、潜る前に、漁師の少年に出刃を、一本、渡した。
「お前これ、使え、店長の許可、もらってるから」
少年は両手で、出刃を受け取って深々と、頭を下げた。
「海神様、ありがとうございます」
「海神じゃない、鮮魚のバイトだ」
戸塚はいつもの仏頂面のまま光に、消えた。
沙耶ちゃんが、孤児たちに、手を振った。
「皆さん計算、続けてくださいね」
「はい、姉さん」
沙耶ちゃんは光に、消えた。
田所さんが、立て掛けた、ほうきを、王宮の清掃係に渡した。
「これで毎日、磨いてください力を、入れすぎず優しくです」
清掃係は両手で、ほうきを握りしめた。
田所さんは光に、消えた。
七十三人全員、ゲートを、潜った。
俺は最後に残った。
ロドリゲスが、俺の肩に手を置いた。
「真壁卿、戦の概念を変えて、いただいた感謝、する」
「ええ、ありがとうございました」
「またの来訪を、お待ちしております」
俺は頭を下げた。
そして、王城の方を見た。
エルナは丘の上、でずっと、こちらを見ていた。
俺は、彼女の方に振り返った。
そして深々と頭を下げた。
声には、出さずに口を、動かした。
「いらっしゃいませを、ありがとうございました」
エルナがそれを、読み取ったか、わからない。
しかし、彼女は深々とお辞儀を、返した。
その後、振り向きもせず、丘を降りていった。
俺は、胸ポケットから、彼女の手紙を取り出した。
「読まずに持って、いて、くださいもし、戻れたら、その時に破って、ください」
俺は手紙をゆっくり、開いた。
そこにはたった、一行と書いてあった。
「あなたが最後にスープを飲ませてくれた一人の人間として、覚えていたい。見送りはしません。帰ってください、あなたの店へ」
俺は、その手紙をゆっくり二つに、折った。
そして、もう一度折った。
胸の内ポケットに、しまった。
破ることは、できなかった。
俺はゲートに入った。
光が視界を包んだ。




