第十八章 棚卸し開始
魔王が、ぎろりと棚を、見回した。
そして奇妙な、顔を、した。
「私の呪いが、なぜ棚から、降りている」
俺は台帳を、手に持って、進み出た。
戸塚が、出刃を構えて隣に、立った。
「魔王様棚卸しを、しております」
「な、んだと」
「あなたの貯蔵庫は先入れ先出しが徹底されていません。いえ、配置は完璧ですが、定期的な賞味期限管理がなされていない」
俺は台帳を、開いた。
「最古の、ヴェルディスの呪い、千年前もう効力は、空気以下です」
俺は足元の、最古の封印体に軽く、触れた。
ぱきと音がして、封印体が、割れた。
中から黒い、霧が立ち、上った。
しかし、その霧は、すぐに薄まり空気に、溶けた。
ふっと消えた。
魔王の両目が、見開かれた。
「な」
「私の、最強の呪いが」
「賞味期限切れです」
俺は台帳を、めくった。
「次、ガルフォルの呪い、八百年前。これも五十パーセント減衰しています」
沙耶ちゃんが、二番目に古い、封印を足元に、転がした。
それも、軽い衝撃で、割れた。
霧は薄かった。
すぐに消えた。
「次、リエラの呪い、六百年前。これは四十パーセント残っています。しかし衝撃を与えれば、すぐに消えます」
ミッチ姉さんが、その封印を台車に、積んで坂道に、転がした。
ぱき、ぱきと連続音。
封印体が、一つずつ割れて、いった。
魔王の顔色が、青ざめた。
「あ貴様ら、何を、している」
「整理整頓です」
俺は淡々と答えた。
「あなたの店の廃棄ロスを減らす地味な仕事です。本来あなたが二十年前からやるべきことでした。千年分の貯蔵庫を放置して棚卸しをしなかったのは、店長として失格です」
「店長」
魔王が、繰り返した。
「貴様私を、店長と呼んだか」
「ええ、貯蔵庫の管理者は店長です」
魔王の、両手から、紫色の煙が立ち、上り始めた。
最後の力を、振り、絞ろうと、していた。
しかし、その手のひらから出てきたのは薄い紫色の煙だけだった。
「なぜ、私の、力が」
「あなたの、力源はもう賞味期限切れです」
俺は頭を下げた。
「申し訳ありません。当店、本日まもなく閉店時刻です。お引き取りいただけますか」
魔王は両膝をついた。
そして、その身体が自らの古い呪いに絡め取られ、内側から崩壊し始めた。
封印された呪いは、行き場を失うと、自らの主の中で、暴走する。
それは、現代経営でいう、過剰在庫の、自然爆発だった。
「真壁と申したか」
魔王が、絞り出すような声で、言った。
「貴様の、その整理整頓の技術、いったい、どこで」
「日本の、地方ロードサイドの、総合スーパーです」
俺は答えた。
「うちの店で、二十年毎日、当たり前に、やっていたことです」
魔王の目に、ふしぎな光が、宿った。
「当たり前か」
「ええ」
「私は当たり前を軽んじていた。千年貯めれば強くなると信じていた。しかし、賞味期限を忘れた貯蔵庫は」
「腐ります」
「腐るか」
魔王は、ふっと笑った。
「真壁貴様の勝ちだ」
魔王の身体は、紫色の煙となって、宙に、消えた。
その煙は空に上り薄まり、二つの月の光の中に溶けた。
封印庫が、しんと静まり返った。
俺は振り返った。
氷川がまだ剣を、自分の胸に押し当てたまま、立っていた。
紫色の紋様が、頬からゆっくり、消えていった。
「氷川」
俺は、彼の方に歩いた。
「お前が、魔王側にいて、くれて、助かった」
氷川がはっと顔を、上げた。
「お前がいてくれたから、俺は奴の配置を知ることができた。お前の本部仕込みの流通管理が奴の貯蔵庫を完璧な先入れ先出しにしていた。お前の二十年の本部の仕事も無駄じゃなかったよ」
「真壁」
氷川は剣を落とした。
そして、ぐらりと倒れた。
俺は彼を、抱き止めた。
頬の、紫色の紋様が完全に、消えていた。
「氷川」
「真壁」
氷川は薄く笑った。
「あの夏祭りの夜の缶ビール、もう一度飲みたかったなあ」
「飲もういつか、絶対屋上で二人で、缶ビールまた、飲もう」
「俺の、缶ビール、はまだ開いてない、それを思い出したよ」
氷川の身体が、淡い光に、包まれて、いった。
頬の紋様も、両手の紋様もすべて、消えていった。
「真壁」
「氷川」
「青葉店、お前の店続けて、くれ」
「ああ」
「俺は本部でお前の店を潰した本部の人間だ。それを二十年続けてきた。しかしここでお前ともう一度会えて、よかった」
「氷川」
「俺の本当の敵は俺自身だった。お前の言う通りだった」
光が強くなった。
俺は思わず目を閉じた。
光が消えた時、氷川はいなく、なっていた。
俺はしばらくその場に座り込んだ。
両手に、何もないことを、確かめた。
エルナの手紙が、胸ポケットで、ことりと音を、立てた。
戸塚が。無言で俺の隣に、立っていた。
ミッチ姉さんが肩を軽く、叩いた。
「店長、終わったわよ、棚卸し」
「ああ」
「最後の封印、全部廃棄、完了」
俺は頷いた。
涙が目に、滲んでいた。
しかし。それは悲しみの涙だけでは、なかった。
二十年お疲れさまと自分に、言った、涙だった。
そして氷川、お前二十年お疲れさまと、心の中で呟いた涙だった。




