第十三章 日報の中の予言
夜中、俺は店の事務所に、こもっていた。
電気は、来ていない。
油灯の揺れる、光だけが、頼りだった。
机の上には燃え残った在庫日報のコピーが、山積みになっていた。
二十年分の俺の筆跡。
「店長、コーヒー」
レジの沙耶ちゃんが、紙コップを差し出してくれた。
水筒で温めた、インスタントコーヒーだった。
「ありがとう、沙耶ちゃん」
俺は日報を、めくっていた。
二〇〇五年、青葉店開店、初年度赤字。月末在庫表、廃棄ロス七パーセント。
二〇一〇年、廃棄ロス五パーセント、本部から表彰、奨励金五万円。
二〇一五年、廃棄ロス、三パーセント本部表彰奨励金、十万円。
二〇二〇年、廃棄ロス一・八パーセント、業界最低水準達成。本部表彰なし。
俺の、二十年は、廃棄ロスとの、戦いだった。
先入れ先出しの徹底、入庫日の正確な記録。消費期限の管理、廃棄予定日の見極め。
地味で、ひたすら、地味な仕事だった。
誰にも褒められなかった。
本部の表彰は、二〇一五年で、止まった。
廃棄ロス、三パーセント以下はもう削減の余地なしと、見做された。
俺はそれでも、削減を続けた。
一・八パーセントまで削った。
賞はもらえなかった。
それでも、店の年間廃棄食材の量は、三年で、八割減っていた。
「店長」
「ん」
「これ見て、ください」
沙耶ちゃんが、もう一つの台帳を差し出した。
それはエルナが王都地下の古文書庫から持ってきた、古い書物だった。
「これ、何度も読んだけど、わからない」
俺は書物を、開いた。
「魔法封印庫、年代記」と表紙に、書いてある。
中身は、年代記だった。
ヴェルディスの呪い、封印日千年前、強度最大、封印者は初代王ヴェルディス。
ガルフォルの呪い、封印日八百年前、強度極大、封印者は二代王ガルフォル。
リエラの呪い、封印日六百年前強度大、封印者は三代王リエラ。
オルテガの呪い、封印日四百年前強度中、封印者は五代王オルテガ。
俺は、ページをめくった。
新しい、呪いほど強度が、下がっていた。
なぜ。
俺は自分の在庫日報と、書物のページを並べてみた。
二十年、毎月の月末在庫表。
入庫日順、賞味期限順、廃棄予定日順、それぞれで整理した台帳。
その隣に、千年分の呪いの封印台帳。
俺は、両方をしばらく、眺めた。
その瞬間。
頭の中で、何かが繋がった。
「沙耶ちゃん」
「はい」
「これ、見て」
俺は、二つの表を並べて、指し示した。
「この、魔法封印庫の構造、うちの店の冷蔵庫と同じ、だ」
沙耶ちゃんが目を、丸くした。
「えっ」
「古い物が奥に、あって新しい物が、手前にあるいや違う逆だ。古い呪いが手前で、新しい呪いが奥」
俺は書物の年表を指で、なぞった。
「魔王は、古い呪いから順番に消費、しているつまり、先入れ先出しだ」
沙耶ちゃんがはっと息を呑んだ。
「店長、それってつまり」
「ああ、奴は自分の力源を賞味期限の古い順に消費している」
俺は、頭の中で、暗算した。
「最も古いヴェルディスの呪い千年前、封印魔法の自然減衰率を計算すると」
「店長」
「あと七日で、自然解放、されると、書いてある」
俺は書物の最終ページを、開いた。
そこには古い、予言が、刻まれていた。
「最古の呪いは、新しき手によって、解き放たれる」
俺は、紙コップを握りしめた。
コーヒーが、わずかにこぼれた。
「七日後に魔王は最古の呪いを使おうとする。その時、最強の力を手にする。しかし」
「しかし」
「俺たちが、それより前に最古の呪いを解放してしまえば」
俺は立ち上がった。
「魔王は自分の手で最強の力を使い損ねる。奴の冷蔵庫の中身が賞味期限切れで、勝手に廃棄される」
エルナが目を見開いた。
彼女は、いつの間にか、事務所に入って、きていた。
「先入れ先出し」
「ええ」
俺は、書物を閉じた。
「魔王は、自分が一番古い在庫を抱えていることに、気づいてないんです」
その時外で、雨の音がし始めた。
異世界で、初めて聞く、雨の音だった。
「店長」
沙耶ちゃんが、震える声で、言った。
「これ、私たちの勝ち目ですよね」
「ああ勝ち目だ」
俺は頷いた。
「先入れ先出しを徹底するだけで、勝てる」




