第十二章 補給線の崩壊
氷川の言葉は、現実になった。
翌朝、店の電気がふつりと落ちた。
蛍光灯が消えた。
冷蔵庫の低い唸りが止まった。
レジの待機画面の青い光が消えた。
店内はただ、静まり返った。
「副店長、冷蔵品を全部出して、今日中に配給する」
「了解」
その日、王都中央広場で急遽の大配給が、行われた。
牛乳、ヨーグルトハム、チーズ、惣菜。すべてを、難民と兵士に配った。
王都の人々は生まれて初めての味に、目を輝かせた。
子供たちが初めて牛乳パックを握りしめて、ストローですすった。
「あまい、あまい」
大人の男たちが、ハムを口に入れて目を見開いた。
「肉が、塩漬けでも燻製でもないこれは何だ」
「ハムという肉です」
「は、む」
それは、王都の最後の祭りだった。
翌日、王都に運ばれるはずだった麦の隊商が、街道で襲撃された。
御者は皆殺し。
馬はすべて殺された。
麦は燃やされた。
その翌日、東の倉庫が燃えた。
その次の日、西の倉庫が燃えた。
冷血侯は、俺たちが組み上げた配給網を外側から一つずつ、絞めていた。
それは、俺の店の動線にあまりにも詳しい者の、仕業だった。
俺は、副店長の宇都宮を東の街道に派遣した。
囮として、敵を引きつける作戦だった。
「副店長危険だ」
「店長俺は副店長です」
「うん」
「店長の影武者になるくらい、いつものことです。年末年始の本部監査の時とか、店長のふりをして、本部から来た視察団を相手にしてきました」
「お前、そんなこと、していたのか」
「店長の仕事の邪魔をしないためです」
宇都宮は笑って、頷いた。
「店長、行ってきます」
「気をつけろ」
「店長も、お元気で」
それが俺が、宇都宮と、交わした、その日の最後の会話だった。
二日後、雪の街道で宇都宮の馬車が、襲撃された。
護衛の、騎士団は、奮戦した。
しかし、宇都宮は深手を、負った。
知らせが王都に届いた、とき、俺は店の屋上で台帳を、眺めていた。
エルナが青ざめた顔で屋上に、駆け上がって、きた。
「真壁様宇都宮、様、が」
俺は台帳を、ぱたんと、閉じた。
その日、ミッチ姉さんも、王都郊外の畑で、矢を、受けた。
肩を、貫かれていた。
それでも、農民の子供を自分の体で、庇って生き、延びた。
清掃の、田所さんは、王城の床を磨いて、いる最中に、敵の暗殺者に襲われた。
辛うじて、ロドリゲスに、救われた。
すべてが、冷血侯の、指示だった。
冷血侯は、俺の店の主要な人物を、正確に把握、していた。
そして、店長として、最も大切にしている、者から順に潰しに、かかっていた。
俺は店の屋上で一人、立ち尽くした。
夜空に二つの月が、浮かんでいた。
二週間前ここで、防衛戦に勝った、夜と同じ、月だった。
しかし今は、その光が、冷たかった。
その夜追い、討ちのように、最後の知らせが届いた。
行方不明だった夜間バイトの後藤くんが、中央倉庫の焼け跡から遺体で発見された。
焼け、焦げていた。
俺は店の中に、降りた。
がらんとした、売場のレジ前に座り込んだ。
膝が笑っていた。
涙は、出なかった。
ただ震えが、止まらなかった。
エルナが隣に、座った。
何も、言わなかった。
ただ隣に、座っていた。
俺は、ぽつりと呟いた。
「閉店、だな」
エルナがはっと、俺を見た。
「真壁様」
「俺は店を守れなかった。二十年店長をやってきて結局、閉店しかできない男だ」
俺は頭を抱えた。
「あの日、本部の電話に何も言い返せなかった。今日も何もできない。俺はただ商品を並べることしかできない男だ」
エルナはしばらく黙っていた。
それから静かに、言った。
「真壁様、わたくしの父は王様です」
俺は顔を、上げた。
「ですが二十年、何一つ民を救えませんでした。あなたは二週間で餓死者をゼロにしました。あなたの二十年は無駄ではありません」
俺は、答えられなかった。
階下から、ミッチ姉さんが、包帯姿で上がってきた。
肩を、白い布で、巻いていた。
血がまだ滲んでいた。
「店長」
「ミッチ姉さん、座ってて」
「いいの、座らせて、店長の隣に」
ミッチ姉さんは、よろよろと俺の隣に、座った。
「店長私ね、四十年生きてて」
ミッチ姉さんは、ふっと笑った。
「自分の仕事に値段がついた気がしたわ。ここで、人の命を救う仕事として」
「ミッチさん」
「あんたの、二十年はこっちでちゃんと、報われたのよ誇りに、しなさい」
俺は顔を、伏せた。
涙が、ぽたりと床に、落ちた。
「店長、後藤くんね」
ミッチ姉さんが、ぽつりと続けた。
「うちのね孫と、同じ歳、だったの」
「ミッチ姉さん」
「あの子、夜勤の休憩時間にいつも私とお茶飲んでくれたのよ。ばあちゃんの湯のみもらいに来てくれてね」
ミッチ姉さんは目を潤ませていた。
しかし涙は、流れなかった。
「店長、私、あの子のために絶対この国救うわよ。それから絶対日本に帰る。孫の顔見に行く」
俺は頷いた。
ミッチ姉さんの、肩に軽く、手を置いた。
「俺も帰る、絶対帰る」




