第十一章 偽の勝利と一人の影
勝利の祝宴は王都中央広場で、開かれた。
避難民農民、職人貴族、騎士、王宮の料理人商人子供、老人。
すべてが入り、混じって踊り、食べ、笑っていた。
戸塚の捌いた、火竜の肉は、絶品だった。
塩を振り、戸塚特製の薬味をたっぷり振りかけて炭火で焼いた。
「うまい、うまい」
王都の子供たちが両手で、肉の串を握って、頬張っていた。
ベーカリーの仁科さんはふわふわの白パンを配って、歩いていた。
惣菜の、福田さんは、火竜のスープを、配っていた。
レジの、沙耶ちゃんは、子供たちに、ラムネを、配っていた。
清掃の、田所さんは、汚れた皿を、片付けていた。
七十三人全員が、楽しそうに、働いていた。
中央に店の、正面ガラスが、再建されていた。
そこに、エルナと俺が、並んで、立っていた。
「真壁様」
エルナが囁いた。
「父は、あなたに、わたくしを、嫁がせたいと申しております」
俺はコップを、取り落としそうになった。
葡萄酒がわずかにこぼれた。
「いいえ、王女様、それは」
「冗談です」
エルナはくすりと笑った。
「あなたにはご家族がおありなのですよね」
「妻と娘がいます」
「では嫁がせるというのは冗談です」
エルナはしばらく足元を見ていた。
「ただ、わたくしは」
「はい」
「あなたがいつか、元の世界に戻りたいと、思っていることを知って、います」
俺は答えなかった。
返事を持っていなかった。
エルナは静かに続けた。
「あなたを引き止めることは、しませんただもし戻れる、としたら」
「はい」
「わたくしのことを一度くらい思い出してください。わたくしはあなたの一人の客でありました。その客として」
俺は、コップの中の、葡萄酒をぐっと飲んだ。
苦かった。
その時。
夜空が赤く染まった。
王都の城門の方角だった。
赤い炎。
「火事、だ」
誰かが叫んだ。
「中央倉庫が燃えている」
俺は走った。
エルナも続いた。
宇都宮、ロドリゲス戸塚、ミッチ姉さんも続いた。
中央倉庫、俺たちが、二週間かけて、整理した、ばかりの場所。
その屋根が、紫色の炎で、包まれていた。
火竜の、炎ではない。
明らかに、人為的な、火だった。
「副店長」
俺は走りながら叫んだ。
「中の状況、確認」
「店長まずいです」
宇都宮の声が震えていた。
「中央倉庫の中に後藤くんが入庫作業で残っていた。夕方からのシフトだったと」
俺は息を呑んだ。
後藤くんはまだ十九歳の、夜間バイトだった。
専門学校に通いながら夜勤を、していた。
俺は炎の中に駆け込もうとした。
しかし、すでに屋根の半分が、崩れていた。
熱が近づくことを許さなかった。
その時、瓦礫の中から影が、立ち上がった。
黒いローブを着た、長身の、男。
フードをゆっくり、取った。
俺は息を呑んだ。
「氷川」
俺と同期入社、本部経営戦略部長、氷川透。
俺の、店の閉店を決めた男。
「久しぶりだな、真壁」
氷川は薄く笑った。
頬には、見たことのない、紫色の紋様が、刻まれていた。
「お前、なんでこっちに」
俺はそれしか言えなかった。
氷川はゆっくりと俺に、近づいた。
「あの、落雷の日俺は、車の中で、書類整理を、していた、お前の店の閉店処理書類をな」
「氷川」
「気が、ついたら、ここにいたお前と、別の場所別の、側に」
氷川は、瓦礫の上を、歩いた。
倉庫の床に、紫色の炎が、広がって、いく。
「俺は、魔王の側近冷血侯と、名乗っている、こちらの世界でお前の真逆を、やって、いる」
「真逆とは」
「供給を絞ることだ」
氷川の目が冷たく光った。
「お前は配給して人を救う。俺は流通を絞って人を殺す。効率の問題だ。人口を絞れば必然的に食料は足りる。お前の発想とは逆だ」
「お前」
「真壁、お前のやってることは、十年前と変わら、ないな」
氷川は薄く笑った。
「古い物を前に出して、新しい物を後ろに隠す、現場の小手先の技それで世界を、救った気に、なって、いる」
「氷川、なぜこんなことを」
俺は声を絞り出した。
氷川は答えなかった。
ただ瓦礫から拾い上げた紙片を、俺に投げた。
「お前の、店の電気はあと一晩で、完全に落ちる、冷蔵庫の中身は、明日には全部、腐る」
紙片は、俺の店の電気消費の正確な、計算式だった。
冷蔵庫の稼働、レジの電源蛍光灯の消費電力。
全部、暗算でつじつまが、合っていた。
氷川は本部の男だった。
経営戦略の、男だった。
数字で店を、潰してきた、男だった。
その数字の技術が、こちらでも、生きていた。
「次は補給線を断つ」
冷血侯は踵を返した。
「俺は、本部の人間だ、お前らの動線は全部見えて、いる、お前らの店の強みは流通だ、その流通を、徹底的に絞めていく」
その姿は、夜の闇に溶けて、消えた。
紫色の炎だけが後に、残った。
俺は瓦礫の中から焼け焦げた後藤くんの社員証を、拾った。
胸が、潰れそうだった。
エルナが隣に、立った。
「真壁様」
「あいつは」
俺は、低い声で、言った。
「あいつは俺の同期だった。二十年前、一緒に同じ売場に立った男だった。夏祭りの夜、屋上でビールを飲んだ男だった」
エルナは何も、言わなかった。
ただ、俺の隣に、立っていた。
紫色の炎は夜明け、まで、燃え続けた。




