第8話 ハロルド・R・クレイ
気弱な少年の名前は、ハロルド・R・クレイ。
長い名前なので、ハロ君とした。
「へえ。じゃあ、ハロ君がドジしたから負けたって事?」
「うん。そうなんだ。僕が、大事な場面でころんじゃって」
「そっか。でも、それさ。前提を聞くけどさ。村対抗の運動会って、そんな大切なの?」
「うん。一年ごとに戦って、勝ったら、次戦うまで自慢するんだ」
「へえ・・・」
アホみたいな風習だな。
と思ったけど、これが重要そうだから、馬鹿に出来ない。
やっぱり郷に入ったら郷に従えだよ。異世界の風習も馬鹿にしたらいけないよね。
「どこの村と戦うの?」
「向かいの村」
「向かいに村があるんだ」
「うん。ケイオス君は知らないの?」
「知らない。俺、あそこの自分の家と、ここ以外は行ったことがない。箱入り息子なんだよ」
「そうなんだ」
「そうなのよ」
俺は外に出たいんだけど、親が駄目だっていうし、あの人たちを困らせるのは嫌だから、一応言う事を聞いてる。
本心は出て行ってみたい。
「ここら辺って他に何があるの」
「うんとね。この村が、オソべ村って言ってね」
「へえ」
初めて聞いた。
そう言えば、村の名前を気にした事がなかったわ。
「向かいの村がイソベ村なんだ」
「へえ。一字違い」
もっと変えても良かったんじゃないか。
・・・もしかして元は一個の村?
運動会が対抗戦みたいになってるのも、元々は一つだからだったりして。
「それで、もし運動会に勝ったらね」
「うん」
「反対側の町に呼ばれる事になってるんだ」
「反対側に町があるの?」
「うんあるんだよ。森はわかるよね」
「ああ、俺の家の裏の? あの森?」
「うん。あそこがデランテの森って言ってね」
「へえ」
あそこにも名前があるのか。まあ当然か。
「デランテの森は、あまり近寄っちゃいけないんだけど」
「そうなの」
「うん。中に天相の迷宮っていうダンジョンがあるんだけど」
「ダンジョン!?」
「知らないの?」
「え。この世界ってモンスターいないよね」
「モンスター??」
「えっとそうだ。魔物っていないよね」
「ああ。魔物の事ね。いないね。たしか滅んだって本にあったよ」
「だよね」
この子も、俺と同じ本を読んだのかな。
大陸の歴史の奴・・・。
「魔物は一万年前の勇者魔王決戦でいなくなったって、書いてあったから・・・たぶん今はいないと思う」
「だよね・・・じゃあ、何でダンジョンがあるの?」
「うん。それはね。そのかわり、魔法生物。魔獣がいるって話だよ」
「魔獣?」
「うん。ケイオス君。魔獣大図鑑って読んだことある?」
「ない」
「じゃあ、わからないよね。なんかね。世界には魔法生物っていうのがいるんだ。大陸の各所に散らばっているらしくて、でも人を襲うタイプは滅多にいないみたい。でもね。いざ戦うとなると、AAAクラスの人間じゃないと一人では対抗できないって言われてるよ」
「・・・マジか」
じゃあ、セリオスでも、イルベスタでも駄目じゃん。
AAAクラスか。超絶化け物だな。その魔獣って奴。
「それで、噂によると。天相の迷宮には別格の凄いのがいるらしくてね」
「凄い? どんなの?」
「暗黒竜メルデカイザーだって噂」
「あ、暗黒竜!? 暗黒竜だと・・・ぐっ・・がはっ・・・す・・・」
急に胸が苦しくなった。
「す? ど、どうしたの?」
「き、気にしないでくれ」
とてつもない中二成分を浴びてしまい、俺の体が疼いてしまったんだ。
何とも素晴らしい響きの名前。素晴らし過ぎた。
体が燃え上がってしまったよ。
暗黒だぞ。それも竜で、しかもメルデカイザーだと。
カイザーだぞ。
皇帝だぞ。
ヤバい。俺の中二心が久しぶりに爆発した。
この情報は、あまりにも俺にとって有益だろ。
ありがとう。ハロ君。
「暗黒竜に対抗するのには、国家一つの戦力でも足りるかどうかだって。戦争並の戦力が必要になるから、手を出さない方が良いってなってるみたい。だから、デランテの森って禁足地になってるよ」
禁足地!
おお、なんて良い響きだ。ご飯三杯いけます。
これもまた素晴らしい情報で。助かりますハロ君。
「それでね。その森の向こうに町があるんだ。貴族様が治めてる割りには小さいらしいよ。のんびりして良い町って聞いた。でも僕そっちには行ったことがないから、詳しくは分からないんだけどね」
「ふ~ん。そこはどっち方面?」
「あっち! 西かな」
この子、頭いいよな。
西とか、スラスラと言葉が出て来るもんな。
それに会話が大人顔負け。
俺は若干大人に片足突っ込んだことがあるけど、この子は一回目の人生だぞ。
「なるほどね。森で繋がらなくてもいけるのか」
「遠回りになるけど街道沿いを進んでいけば、辿り着けるって話だよ。でも隣村よりも遠いからね。子供の足だと大変なんだって、お母さんが言ってたんだ」
「そりゃそうか・・・」
えっと、この村がオソべ村で、ここより少し南にあるのがイソベ村。
そんで、この村のすぐ隣。北と西を封鎖しているのが、デランテの森だね。それで基本はこの森が禁足地となっているとの話で、中に天相の迷宮があるからという感じね。
最後に、この森の西の向こう側に、小さいけど素敵な町があると、あれ名前は・・聞いてないか。
「ハロ君。その町の名前ってなに?」
「そのままだよ。デランテ町」
「なるほどね」
森と一緒だったのか。
わかったぞ。これでここら辺の地形はマスターだ。
今日は凄い情報を手に入れたな。ハロ君のおかげだ。
「ハロ君さ。魔獣大図鑑ってどこで読んだの?」
「親戚の家」
「へえ。そっか。じゃあここじゃないか?」
「うん、違うんだ。ごめんね」
「そっか」
「僕が教えちゃったから、読みたかったよね?」
「うん。まあね。読んでみたいとは思うね」
「そうだよね。でも簡易ならあるよ。三つ分ある」
「三つ分?」
「うん。親戚の家で僕が書き写してきたんだ」
「え。それ見せてもらえる?」
「うん。いいよ。うちに来る?」
「いく!」
ハロ君は何て素敵な子なのでしょう。
俺の中二心。いや魂を理解しているよな。
◇
ハロ君の家は、普通の一軒屋だった。日本にある家と変わりない普通の一軒屋。
まさか、村の南側にはこんな家があるとは思わずで、俺は少々驚いた。
自分の家が中世ヨーロッパ風の木の家だから、日本形式の家があるとは思わないものだからね。
「お母さん。友達連れて来た」
「うぇぇぇぇえええええええええ」
玄関で声をかけると、ハロ君のお母さんが叫んだ。
家中に響いてる。
「なななな。何が起こったんじゃアアア」
ハロ君のお母さんが叫びながら走って来た。
大音量のために、走ってる音がドタドタしてても、かき消えない。
「うちの子に友達ぃ!?」
「お邪魔します」
「本物だああああああああああああ」
友達に偽物があるのか。
面白いお母さんだな。
この人、クルクルのパーマが掛かってる。
サ〇エさんみたいな感じだ。
「ささ。どうぞ。どうぞ。見えないところが若干汚いですけど。見える所は綺麗に掃除している所存であります。お友達様が足を踏み入れても危険はないはずです」
まあそうだよね。見えないところは汚いだろうね。
「どうぞお友達様。おあがりください。何卒息子をお願いします」
旅館の女将さん張りの正座からのお辞儀。
どこから見ても、めちゃくちゃ綺麗なお辞儀だ。
「ようこそ我が家へ」
本当に面白い人だな。変わってんぞ。この人。
ハロ君は普通なのに。
「はい。お邪魔しますね」
「ありがとうございます!」
こっちがお邪魔してるのに、そっちが、ありがとうございます?
もしかして、ハロ君って友達が出来なかったか。
あ。そっか。さっきのが悪さしたな。
アイス三兄弟のせいか。
あれのせいで同年代の子と友達になれなかったんだな。
可哀想に、普通の男の子なのにね。
「お母さん。僕たち部屋にいるから。静かにしてね」
「わかりました! 息子殿」
おいおい。テンションが抜けてなくて、俺じゃなくて息子に敬語使ってんぞ。この人。
「ケイオス君。僕の部屋、こっちだよ」
「うん。じゃあ、失礼します」
ハロ君に続いて、お母さんの横を横切ろうとすると。
「ありがとうございます。ケイオス様!」
お友達様から、ケイオス様に昇格した。
また綺麗なお辞儀をしてくれるのはいいけど、そんなに崇めないで欲しい。
俺たち、対等で普通の友達なんだけど・・・。
「いや・・・あ・・ああ、はい」
違いますよとか。やめてくださいとか。
ここで言ったら冷たく感じる。
だから、曖昧に返事をしておいた。
◇
部屋に入ると、雰囲気がTHE小学生。
学習机とベッドが連結した奴があった。
俺の前世の子供時代にもあった奴だ。
ここには、なんだか懐かしい雰囲気がある。
なんとなく、俺はしんみりとした。
「こっちにあるんだ。えっと・・・」
机の引き出しを開けると紙が三枚。
それだね。と俺は思う。
「これこれ。僕がスケッチしたんだけど。絵が下手だから上手く書けなくて」
という彼の絵はめちゃくちゃ上手い。
完全に模写してるよ。
だって一枚目から、何が描かれているか分かったからね。
小学生くらいの子の絵に見えない。
「これは、ユニコーン!?」
これは幻の一角獣だ。
「うん。ノーマルタイプじゃないけどね」
「ノーマル?」
ユニコーンにノーマルってあるの。
待てよ。その言い方、この絵がノーマル以外ってことだよな。
「うん。亜種って奴だよ。ここのね。お尻の所に文様があるでしょ。星の」
「あ。ほんとだ」
「これが、亜種の特徴で。本当はこの絵もね。色を表現したかったんだ。でもね。手持ちが黒しかなくて、それでしか書けなかったから。色違いが出せなくてさ。このユニコーンね。本当は赤いんだよ」
「赤? 全身が?」
「うん。赤い肉体に、青い星。黄色い角。これがユニコーンの亜種。ベゼルだって」
「・・・ぐ、ぐああああ。や、やべえ」
「え。っどど。どうしたの」
「なんでもないよ。なんでもない」
死にかける所だった。
ヤバい。致死量の中二成分を浴びてしまった。
体が暴発して、ドッカ―ンだったな。
あと一歩で、爆散だ。
・・・・。
うん、ベゼル!
ユニコーンの亜種!
うおおおお。
俺も、ハロ君のお母さんみたいに叫びてええ。
今、俺は異世界に来て、最高に大興奮しています!
こいつ、見てええええ。どこにいるんだ!
会いたいです。お願いします。どこにいるんでしょう!
と冷静な状態に中々なれない俺は、鼻息が荒かった。
読んでる紙がペラ~ペラ~と靡いてる。
そんな俺を傍目から見たらキモイと思うのだが、ハロ君は嬉しそうにしてくれた。
「ケイオス君は僕の話を聞いてくれるんだね」
「え? 聞いてくれる? どういうこと?」
「うん。あんまりこういう話って面白くないみたいでさ。話し相手いなかったんだ」
「いや。面白いよこれ。まだないの!」
次が読みたくなる面白さだ。魔獣大図鑑が欲しくなる。
「そんなに喜んでもらえると嬉しいな」
「いやいや。喜ぶどころじゃないんだ。今が一番楽しいまである! 生きてきてね」
「そんなに!?」
「当然さ。俺の中二心に燃料投下中だからね」
「??? 中二って何?」
「中二はね。人生で欠かせない要素の一つだ」
「そうなんだ。何の要素なの?」
「バイブルだ。俺を形成するためのね」
「え?」
「生きるために必要なんだ。呼吸と同じくらいね」
「そんなに必要なの!?」
「当然さ、魂が震えるんだよ。ここが、熱く燃えるんだ。その時、不思議な力が湧くものなんだよ」
そうさ。いつか邪眼を。いつか聖痕を。
俺は作ってみせるのさ。
必殺技を決めてやる! この世界でさ。
「そうなんだ。中二って凄いね」
「ああ。凄いんだ。本当はね。皆、隠したがるんだけど。本当は誰もが持っているものなんだよ」
きっと、皆の心の中にも中二はある。
心で中二を飼ってるものなんだよ。
ただそれを表に出すか出さないかの違いなだけだ。
俺はたまたま変に表に出ちゃったから失敗したんだ。
隠さずに上手に付き合えば、何も恥ずかしい事じゃない。
俺はこの人生では前を見て突き進む!
「それじゃ次はね」
二人で次の魔法生物を見ようとすると。
「ガハハハハ。そうだったの。じゃあ、こっちのも良いものなのかしらね」
ハロ君のお母さんの声が聞こえた。
「あ。また電話してる。声が大きいよ。だから静かにって言ったのに!」
え、電話!? この世界に電話があるのか!?
知らなかったぞ。うちにはない! 電話ない!
「そうなの。うちはね・・・・ガハハハハ」
ハロ君のお母さんは豪快に笑う。
息子の友達が来ても気にしない人らしい。
大いに笑って、大声で会話するスタイルのお母さんだ。
普段通りを貫く、とても素敵なお母さんだな。
「ご。ごめんね。お母さんがうるさくて」
「全然。俺は気にしないよ」
「本当?」
「うん。全然」
気にしているのは息子のハロ君だけだ。
お母さんが俺に迷惑かけてると思ってるらしい。
全然気にしなくていいのに。
前世の俺の母さんもあんな感じが良かったな。
俺のことなんて気にしないレベルが桁違いだったもん。無視の無視だよ。会話なんてほとんどとした記憶がない。あんな風に声が漏れる事もないもん。ハロ君のお母さん、楽しそうな声だしさ。
でも、今のお母さんのアンジュが最高だから、もう気にしないけどさ。
「それより、新しい絵を見せてよ。俺見たい!」
「うん!」
こうして、俺は唯一無二の親友を手に入れた。




