第6話 お姉さん獲得
裏にある森林地帯で、親子の修行中。
俺は、三つの気配を探知した。
俺の魔力循環の技術は高い方なのかもしれない。
気配探知能力が加わっている。
「ケイオス。いいぞ。槍の流れがいい。突きからの変化。ここにぎこちなさがないぞ。その歳では出来ない事だ!」
「うん」
俺とセリオス。この二人で模擬戦をして修行している。
だけど、気配としてだと三つある。俺とセリオスともう一人だ。
「僕がこうすると、君はどうなる」
セリオスからの反撃。
この意図は、俺の防ぎ方を見ているようなので、槍先でいなした。
「おお! 素晴らしい。この歳でこれも出来るのか。良い目と技量だ」
セリオスの指導は、修練の内容だけが厳しくて、他は褒めて伸ばすばかりだった。
駄目な時も、褒めつつ駄目だと言うので、前世で経験した野球指導のような圧迫感がない。
あの時はなんでこんな事も言われたとおりに出来ないんだ。
みたいな事を言われたっけ。
思い出すな。親父のせいで強制参加したリトル。
あそこはすぐ辞めたけど、あの怒り方のせいでスポーツが嫌になったんだっけ。
自由にやったらソッコーで怒られたんだ。俺、小さい頃はそんなに運動神経悪いわけじゃなかったからさ。
あれから努力とか鍛えるとかって、重要な事をやめてしまったんだ。そうだよな。いやになったんだ。
だから、あそこでより一層の中二病になったんだな。
妄想で世界を補う。あの時のストレス回避だったのかもしれない。
それに比べたら今回は楽々だ。
この人は、基本的に相手をけなすことがほぼない。
目も蔑んだ目をしないので、見つめたままであるから、素直に話が聞ける。
俺の前の親父とは大違いだ。
この感覚は、俺の爺ちゃんと話してるみたいだ。
「あのさ。父さん」
「うん。どうした」
「あれは?」
俺がセリオスの後ろを指差す。
「ん? あれ?」
セリオスが振り返る。
「あ!?」
セリオスも気付いた。
木の影に隠れている女性が、コソコソしながらこっちを見ている。
槍を背負っているので、以前ここに来た女性だ。
十日ぶりの登場だろう。
「お嬢!?」
「に、義兄さん。あの・・・」
凛としている人なのに、今はモジモジしている。
恥ずかし気に下を向く。
「お嬢、どうしたんです?」
「ご、ごめんなさい。よく考えたら、迷惑をかけたかと」
「いや。別に・・・」
じゃないよな。結構迷惑だったよな。あれ以来、夫婦で会話が減ったぞ。
俺を介していちいち会話してたじゃないか。
◇
三日前の夕食時。
「ねえ。ケイちゃん。あなたはしっかり全部食べてくれるのに。この人、お父さんで大人なのに、子供みたいに残すみたいよ」
セリオスは、きゅうりの味噌あえを残していた。セリオスって、きゅうりがあんまり好きじゃないみたいなんだ。前も頑張って食べていて、少しだけ残していた記憶がある。
「そんな事はない。今食べる所だったよな。なあ。ケイオス」
俺に言うな。アンジュに言え。
「え。そうなの。この前も残してたよね。ケイちゃん」
俺に言うな。俺は残してない。
「今食べる所だったんだ。なあ、ケイオス」
それを俺に言うな。アンジュに言え。
「そうですか。食べる所だったんですね。それは悪うございました。ねえ、ケイちゃん。お母さんが悪いんだって」
俺を挟むな。いい加減、二人で会話しろよ。
「そうだぞ。お母さんが僕の話を聞いてないのが悪いんだ。なあ。ケイオス」
だから、俺に言うなって。素直に二人で会話しろよ。
ピキピキ感満載の食卓。
いつも美味しいご飯を作ってくれるアンジュなのだが、この時ばかりは料理から味がしない。出してくれている料理も美味しいのだろうけど、雰囲気で全部台無しになる。
そして二日前。
「な!? またか」
父の席に着いた直後のセリオスが驚く。
その原因は、食卓の中に隠されていた。
きゅうりの酢漬けが食卓に並んでいたのである。
「またか。ですって。私がせっかく! 一生懸命! 作った料理を食べる前から残すみたいよ。ケイちゃん。酷い人よね。この人」
俺に言うなって、この人って言ってる時点で、もう会話できるじゃん。
これわざとだろ。明らかにわざとだろ。
嫌いなものを押し付けに来たな。アンジュ!
戦法的には卑怯だぞ。セリオスに反撃の手段がねえ。
「た、食べるよ。僕は食べる」
顔が引きつってる。苦手そうだ。可哀想だな。
「当たり前でしょ。また食べないのなら、今度からあなたの分だけ作らないもん」
ようやく会話となったが、この脅しはきついだろ。
「え。そ、それは・・・」
「困るでしょ。だったら食べなさいよ」
「は、はい」
鼻をつまんで食べるわけでもなく、セリオスはキュウリを食べた。
涙目になっている。
何が嫌いなんだろ。味? 食感?
今の感じだと、味ではないか。
鼻をつまんでいたら味が苦手っぽいよな。
だとしたら、これは見た目か?
それとも食感かもしれないな。噛んだ感触が苦手とかかも知れない。
「箸が止まってるわよ」
そういえば、この世界ヨーロッパ風だけど、細かい部分に日本のテイストがあるな。
特に食事。これは、完璧に日本だ。
カレーとか、ラーメンとか。
こういうのをアンジュが出してくる。
黄金美女から、和食が出てくる。
アンバランスだ。
「と。止まってない。動いている途中だ」
「嘘! ほら、止まってる」
「今は会話中だから」
「言い訳ばかり。そうやって浮気したのね」
「だから、あれは浮気じゃなくて」
「嘘。浮気よ。お嬢とか言って、昔から好きだったのね。ロリコンだったのね」
これから面倒になりそうなんで、俺は食器を片付けて退散した。
夫婦喧嘩は夫婦でしてください。
子供抜きでお願いします。
◇
アンジュってまだ怒ってるんじゃないのか。
俺は白い目で父親を見た。
「そうですか。義兄さん。アンジュ様にも謝った方がよろしいでしょうか?」
「・・・んんん。どうだろう。会ったら会ったで、怒るかもしれない」
いや、コソコソ隠れて会ってる方が危なくないか。
逆に堂々とした方が浮気っぽくないぞ。
だってこの人の事、妹のように思ってるんだろ。
全然後ろめたくねえじゃん。
ここでアンジュがいない時に会ってる方が危ないって。
「ですが」
「お嬢は謝りたいのか? でもお嬢が別に怒るような事をしたわけじゃ・・・」
そう怒るような事はしてないんだけど、彼女のせいで勘違いさせてんだよな。
困ったもんだ。
「義兄さんは、大丈夫ですか。私のせいで・・・」
「うん。だ、大丈夫だよ」
嘘つけ。目が泳いでるぞ。
「本当ですか」
そう思うよね。お姉さんもさ。
「うん。気にしないで。お嬢はお嬢の人生を歩んでください」
決別の挨拶にも聞こえる。
「え。ええ。そうですね・・・・・義兄さん。私、義兄さんが好きでした」
突然の告白。でも気持ちに整理がついたみたいな言い方なので、女性としても人としてもカッコいい人だ。セリオスよりも竹を割ったような性格なのかもしれない。
「うん」
「でも、義兄さんの幸せが一番なので、身を引きます」
おお、立派な人だ。
「そうか」
返事それだけかよ。一大決心して告白してくれたのに。
「でも、義兄さんは家族みたいな人なので、これからも会ってもらえますか」
「当然だ」
おいそれ出来んのか? 約束できんのかよ。
おい。セリオス。そうするんだったら、アンジュを説得しないと、一生浮気男扱いを受けるぞ。
「本当ですか。会ってもいいんですね」
「ああ」
嬉しそうな顔をしている彼女、素敵な笑顔でいいんだけど。
マジでいいのか。セリオス。アンジュに殺されねえか。毒盛られたりさ。
「アンジュ様に許可をもらいに行きます」
律儀だな。この人、立派だよね。
「ま。待て」
どうして止める?
「なにか?」
「いや、今は危険だ。自分が説得しないと・・・」
それ出来んのかよ。セリオスさんよ。無理じゃね?
この人の力を借りた方がいいよ。絶対。
「危険? やはり、アンジュ様は怒ってらっしゃるのですか」
「いや・・そ、そんなことは、ないと思いたい」
怒ってます。すげえ怒ってます。
セリオス的には、『ないと思いたい』と願っているだけです。
お姉さん気付いて。
「・・・わかりました。私が行きます」
凄い。この人、気付いてくれたよ。
俺、何も言ってないよ。俺の内なる心の声が届いたみたい。
「え? いや、まずい気が・・・」
どこがだ。ここはお姉さんに任せよう。
まあ仕方ない。
ここはセリオスが情けないので、俺が手伝う事にした。
「お姉さん、ちょっといいですか」
「ん、あなたは、義兄さんの子ですね」
「はい。ケイオスです」
「あ、そうですね。自己紹介をしてくれたのですね」
俺が挨拶をしたら、彼女はこっちを見てくれた。
元々伸びている背筋が更に美しく伸びる。
そこから綺麗なお辞儀を披露してくれた。
「私は、イルベスタ・クロスナーと言います。義兄さんとは兄妹のように育ちましたので、あなたの事も家族とみます。よろしいでしょうか」
「あ。はい。お願いします」
こうして、俺の家族にお姉さんが増えた。
「義兄さん・・・に似ていますね」
「そうなんですか?」
「ええ。子供の頃の義兄さんと、目が同じです」
顔が全く似てないんですけどね。
俺はどっちかと言ったら、アンジュに似ている。
「あの。俺と一緒にいきますか? 母さんと会うんでしょ」
「え。は。はい。お会いして誤解を解きたいと思います。あれでは勘違いするかと思いまして」
そうです。その通りです。めちゃくちゃ勘違いしています。
「じゃあこっちですよ。一緒に行きましょう。手を繋いでもいいですか」
「え? は、はい」
これで、俺と彼女が仲良くなったという感じでいこう!
上手く丸めこまないと、アンジュが怒りっぱなしになるだろうからさ。
「ま。待ってくれ。き、危険だ。二人とも」
いや、大丈夫だろう。作戦的には上手くいくはず。リスクを背負うのはセリオスくらいだ。
失敗したら浮気男で生きてくれ!
すまん。先に謝っておく。
◇
玄関に到着。
二人で手を繋いで、ここまで来た。
俺がノックする。
「母さん。お客さん」
「はいはい。今出ますよ」
ガチャッと開けた先にいたのが、今日までの怒りの原因となっている女性だ。
だからアンジュの顔が若干引きつっている。
やはり勘違いの真っ最中だ。
「あの・・・アンジュ様」
「な、何の用ですか。まさか。うちの人と・・一緒になるために」
「いえ。それは違いまして・・・あの」
中々切り出せないので、俺が入る。
「このお姉さん、妹だって。父さんの妹なんだってよ」
「え? 妹?」
「うん。このお姉さんね。俺の事も家族だって言ってくれたよ」
「ケイちゃんを?」
「うん。ねえ、弟みたいなんでしょ。俺の事?」
「・・・え、ええ。そうです。義兄さんの子。ということは、この子も可愛い義弟みたいなものなんです」
これで上手くいくか? ちょっと強引だけどどうなる?
横目でアンジュをチラッと見た。
「あらそうなの。ケイちゃんって、あなたから見ても可愛い?」
アンジュの顔に不安が消えた。明るい笑顔になった。
「そ。それは当然です。可愛いです」
「そう。じゃあ、入って。やっぱりそうよね。可愛いわよね」
「は、はい」
アンジュとしては、このお姉さんが大敵だと思っているだろうに、意外とあっさり家の中に入れた。
アンジュの評価基準って変だろ。
俺が可愛いかどうかだろうね。今の感じ。
リビングに向かう途中も。
「ねえねえ。どこらへんが可愛い?」
そんなこと他人に聞いてどうする。イタイ親過ぎるわ。
「ぜ、全部でしょうか」
困って言ってるよ。きっと。
「やっぱり。あなた、話が分かる人ね。もっとお話しましょ」
「え。ええ。そうします」
上手くいきそうなので、俺は彼女をリビングに送り出して、家から離れた。
庭先で。
「ど。どうなったんだ。ケイオス。お嬢はどうなった」
庭の奥の方で、セリオスが一人でポツンといた。いたたまれない気持ちがあるのだろう。大きな体の癖に小さくなっていた。
「上手くいったよ。母さんとリビングで会話してる。よかったね。父さん」
「そ。そうか。上手くいったか・・・・はぁ」
情けねえな。まあ、でも今回ばかりは同情するよ。
セリオスって何も悪くねえもんな。
でもよかった。夫婦の仲が元に戻りそうだ。
◇
それから、アンジュの方がイルベスタを気にいったせいで、こうなる。
「今日からしばらくの間。イヴィをここに泊めます!」
「「は?」」
俺とセリオスが言った。
「もう少しお話したいのです。それと、ケイちゃんの稽古に付き合ってもらいましょ。先生になってもらいましょうよ。お父さんとばかりだと、あんまりよくないでしょ。他の人と戦うのにも勉強になるはずよ」
それは確かにそうだ。
セリオスは少し優しすぎるからな。
それに他の人の指導も面白そうだ。やってみたい。
「それは・・・・」
セリオスが止まる。だから俺が聞いた。
「あの。お姉さんはいいの? うちにいても?」
「はい。私はアンジュ様が許可してくれたので・・・でもお二人が嫌なら、出て行きます」
「駄目! もうちょっといて。イヴィ」
「ですが」
なんでこんなに打ち解けてるんだよ。
あんなに怒っていたのにさ。
「ねえ。いいでしょ。あなた。ケイちゃん」
「俺はいいよ。お姉さんと一緒に修行する」
俺が許可を出すと、お姉さんの視線がこっちに来る。
目だけで分かる。とても嬉しそうだった。
「僕はお嬢がここにいるのは良いのですが・・・・しかし。お嬢。就職は? 卒業はされましたよね?」
たしかに、それは気になるな。
学校を卒業したのなら、仕事に就けるよね。
そういう世の中だよね。こっちの世界はさ。
就職難だったら嫌だな。
「はい。卒業しました。でも私は騎士団に入るのを保留しています。今の騎士団長は、義兄さんとは関係ありませんから、あまり興味がないです」
「そうか。後任は誰になったんだ?」
「ダスティン・ルックロックです」
「なに。あれが?」
「義兄さんは人事に不満なんですか」
「んん。あれはな・・・実力がね・・・どうなんだ。王国は何故彼に?」
ダスティン・ルックロックって人は器じゃないのか。
かなり渋った言い方だ。
「ルックロック・・・もしかして、あのルックロック?」
アンジュが聞いた。
「ああ。そうだよ。名家の貴族の一員だ。でも実力がそんなにない。聖槍流を上手く使えていないからね。あの力が成長したとしても、いけても副隊長辺りまでだ」
聖槍流を上手く扱えなくても、聖道騎士団に入れるのか?
どういう基準で選考が行われるんだろう?
「アンジュ様は、そのダスティンとは、知り合いではないのですか?」
「ええ。わからないわ。あまり詳しくはね」
「王宮内にいたのに?」
「あ!? ちょっと」
まずいみたいな顔をして、アンジュはお姉さんを連れ出した。別な部屋に行く。
これは、俺に事情を知られたくないんだな。
そんな雰囲気がある。
昔から俺の前では過去の話をしない。
夫婦ともにである。
「ケイオス。明日の修行はお嬢を混ぜるぞ。いいかな」
「うん。いいよ」
「そうか。組手の稽古がいいかな。何が良さそうか」
誤魔化しが下手糞すぎるぞ。セリオス!
(なるほど。これは王宮内の人みたいだな。アンジュはどこかの王族か? それか大貴族の娘? または、重要人物のメイドとかかな。料理も出来るし、家事も出来るし。いや、騎士団長が駆け落ちしたんだしな。もっと上の存在かな、やっぱ。貴族以上ではあるよな?)
父の不格好な会話の終わり際。彼女がやって来た。
「義兄さん。明日の修行。私が見ます」
「わかった。お嬢に任せます」
セリオスが承諾すると、お姉さんは俺の目の前に来て跪いた。
その姿はまるで騎士のようだ。
「よろしいでしょうか。ケイオス」
「はい。お願いします。お姉さん」
「姉さんでいいです。もしくはイヴィでも」
「わかりました。イヴィ姉さん。これからよろしくお願いします」
「はい。必ず! 私はあなたを立派な騎士にしてみせます」
いや、それはちょっと・・・。
どっちかと言ったら、魔法を扱いのですが・・・。
とにかく俺は急にお姉さんが出来たのだった。




