第13話 ライラ・メモリア・フォーチュンの謎
「あそこにいるのがライラで、私の姪っ子だ。友達になってくれると嬉しいね」
ミストさんに連れて来られた部屋は、ピンクの部屋。
壁も、天井も、床も。
見渡す限りにピンク!
目が痛い。どこに目を置いていいのか。正直難しい。
「この方がライラ様ですか」
「様は・・・いるか? いらないよね。どうなんだ?」
ミストさんは、持っている扇子の先をおでこにくっつけて悩んだ。
俺の処遇って、本来は友人の息子だから、お客さんにしたいのだろう。
それを執事の役割をしてもらうものだから、少しだけ悩んでいるみたいだ。
「様でいいのでは?」
「う~ん。そこらへんは成り行きでいいだろう。ケイオス君。頼むね」
「わかりました」
様が外れてもいいし。そのまま様でもいいよ。
今の発言は、こういう意図であると思う事にした。
「彼女に挨拶しますね」
「うん。まかせるよ」
体が震えている少女のそばに俺は向かった。
ピンクの丸テーブルの前で頭を下げる。
「ライラ様。俺は、ケイオス・ブレイクハートです。今日から護衛兼執事になったので、何なりと申しつけください」
「・・・・は・・・はい」
凄い弱い声。
俺と君ってこんな手が届きそうな距離なのに、聞こえるか聞こえないかの微妙な音量だったぞ。
なんでこんなに腹から声が出ないんだ。
「遠慮しないでくださいね」
「・・・・はい・・・・」
間が怖い。大丈夫か。この子!?
「よろしくお願いします」
「ひっ」
俺が手を出して握手を求めようとしたら、手を動かした瞬間に身構えた。
両腕まで使って顔を隠した。
俺が攻撃してないのに、防御姿勢?
「ちょっとケイオス君。こっち来て」
「はい。ミストさん・・・ご主人様? 領主様?」
「いやいやいや。ミストでいいよ。さすがにね。そこまではやり過ぎだ」
そうなんだ。
心からこの家の執事になった方がいいかと思ったけど、ミストさんは貴族なのにフランクな人だな。
彼の前に行くと、耳打ちをしてきた。
「ごめん。先に伝えておけばよかった。彼女は虐待を受けていたから、人の動きに敏感になる時があるんだ」
「なるほど。今のって、俺が悪いんですね」
「いや、悪くはないんだ。ただね。脳じゃなくてね。体が勝手に反応してしまうみたいで、気にしないでくれ」
反応じゃなくて、反射するみたいな感じか。
「わかりました」
そっか。むやみに触れたら駄目って事だ。
さっきのも、俺がぶん殴ってくるとでも思ったのかもしれない。
握手も気をつけた方がいいんだな。
これは相当気をつけないとな。
日常生活を補佐するのに、全く触れないってのも難しいぞ。
「それじゃあ、置いてくけど。大丈夫かい?」
「はい。ミストさんは仕事になるんですか?」
「まあね。一応、ここの領主だから、書類には目を通さないと」
「わかりました。俺はここにいます」
「うん。頼んだ。何かあったら、私の部屋に来ていいからね」
「はい」
ミストさんと別れる。
俺はこのまま部屋の隅に立った。
何かの命令を受けるまでは循環系の特訓でもしておこう。
(集中・・集中・・・集中!)
いや、無理っぽい。
セリオスと、アンジュが心配で、上手く循環が出来ない。
これは、まずいな。二人の無事を確認したいよ。
でもあのセリオスが助けに行ったんだ。
少なくとも、セリオスの方は無事だろう。
一つ不安を取り除いて、あとはアンジュの無事を願うんだ。
助かる。助かるんだ。絶対に。あの男ならやってくれる!
(よし。集中・・・集中・・・ん?)
「あ。あの」
集中の途中で、か細い声が聞こえた。
「は、はい。なんでしょう。ライラ様」
彼女の方を見る。
黒髪、黒い眉。
一見、日本の女の子のようで、しかも和服が似合いそうなくらいのロングの美しい髪だ。
だが、その黒だらけの中で唯一目だけが違う。
ここだけ、黒に濁りがあるんだ。
他は綺麗な黒なのに、瞳だけが少し怖い。
「・・・・まだいるんですか?」
「あ。嫌でしたか? それなら出て行きますね」
「いえ・・・別に」
今のは聞いただけって事?
俺はここにいてもいいのか?
声に抑揚がないから、わかりにくい。
◇
しばらく時間が経ち、大体一時間くらい。
「・・うっ・・・う」
ライラが急に頭を押さえた。
テーブルに額を着ける体勢になる。
「ら、ライラ様!? 大丈夫ですか」
誰か呼んだ方がいいか。
でも目が離せない。こんなに苦しそうなら、落ち着くまではそばにいた方がいいかもしれない。
彼女の隣にまで行ってみた。
蹲りそうな彼女の顔を下から覗くと。
「大丈夫・・・ん!?」
ここで気付いた。
彼女の顔つきが違う。まるで別人のように鋭い。目が特に。吊り上がるようにして睨んだ目だ。
「誰だてめえ。やけに強え奴だ。オレの目は誤魔化せねえぞ」
音量も違う。弱々しい声じゃない。
ハッキリした声で俺に向かって言ってきた。
「誰だって。ケイオスですよ。さっき自己紹介しましたが・・・」
「は? 知らねえよ。勝手言うな」
「え・・だ・・」
誰???
この人、誰だ?
別人みたいに様子が違う。
「ちっ。なんでこんな野郎と同じ場所に居なきゃならねえんだ」
口悪い!
「んだよ。この部屋、前から吐き気がしてたぜ。ピンクばっかりだな。クソ」
え。君の部屋じゃないの。
君が選んだんじゃないのか?
ミストさんの趣味?
「てめえ。何見てんだよ。覗きか? 変態か! 何勝手にオレの部屋に入ってんだ。泥棒か? 強姦か?」
「え? でもさっきは」
別に良いって言ってくれたよな。
いてもいいんだよな?
言葉の意味を読み間違えたか俺!?
「出てけよ。この野郎」
「ぐはっ」
彼女の前蹴りが、俺のみぞおちに入った。
強い。
俺くらいの歳の子なのに、蹴りが力強い。
アイス三兄弟とは比べ物にならないぞ。
「出てけ。変態」
「わ。わかりました」
理不尽過ぎて、納得しないけど、部屋を出て行った。
◇
部屋を出ると、メイドさんがいた。
中年女性で、メイド長さんらしい。
他の人とは違う帽子を着用している。
「やはり追い出されましたね」
「やはり?」
「ええ。必ず外に出されます」
「新人だとですか?」
「いいえ。違います。メイドや執事の全般が同じようにです」
「・・・なるほど。あなたも?」
「はい。そうです。ケイオス殿」
「え。あの。そんなに丁寧には・・」
綺麗なお辞儀で俺に挨拶をしてくれた。
俺の身分的には執事見習いみたいな立ち位置だから、この人は大先輩だぞ。
こんなにこの人が丁寧であるのは、まずい気がした。
「いえいえ。あなたは、セリオス殿の御子息なのでしょ」
「はい。表向きでは違う事にしていますが、そうなってます」
この家にいる限りは正体がバレても問題無さそうだ。
あの人、手を回してそうだし。
「ならば、礼を尽くさねば」
「な。なぜ。ただの一般人ですが」
「いえ。セリオス殿は大恩人ですので、礼を尽くさねばなりません」
「大恩人?」
「はい。ご主人様の唯一の御友人でありますから、大恩人なんです」
「・・・なるほど」
貴族には友達が少ないって事が言いたいのかな。
「先程の事でお分かりになられたと思いますが、ライラ様は不安定です。他にも我儘のような事を言いますし。突然馴れ馴れしくなったりもします」
「・・・はぁ? え、馴れ馴れしく?」
あれが?
どうやって?
正直に言って、そんなの無理だろ。破壊的過ぎるって。
「ええ。あの姿からだと想像もつかないと思いますが、そうなる時があります。親と兄妹に愛されなかった時のショックじゃないでしょうか。人が恋しいのかもしれないです」
「そうなんですね」
そうだよな。
虐待されたら、心がおかしくなっても変じゃない。
俺だって、爺ちゃんがいなかったら危ういと思う。
あの両親だ。狂ってたかもしれない。
いや、別にある意味では狂ってたのか。
じゃあ、大丈夫だったかな。
「出来ればですけど」
「はい。なんでしょう?」
話に続きがあった。
「お友達になってもらえれば、気持ちが和らぐのかもしれません」
「彼女の友達ですか。執事の俺がなってもいいんですかね」
「そうなった方が良いと思います。だから、ミスト様も、若いあなたに託したのかもしれません」
「・・・わかりました。やってみます」
「はい。しかし、ライラ様の世話は難しいのです。やめていく人がほとんどですので、無理はせずでお願いします」
「はい。わかりました」
たしかに気持ちの部分で右往左往する子なら、付き合いの難しさはあるな。
やめていくのも分かる。それを咎める気持ちにもならないね。
苦労しそうだもんな。
「きゃあ」
中から悲鳴が聞こえた。
俺とメイド長さんが、一緒に入る。
◇
「いったい! 転んじゃった」
ベッドの手前で、顔から転んでいるライラがいた。
「だ。大丈夫ですか」
「あら、どなた? 男の子は珍しいわね」
「どなたって・・・ケイオスですけど」
また自己紹介からかよ。
どういうことだ。記憶がないのか?
ここまで凄い短期だぞ。短期記憶が無いの?
「ケイオス!」
と言った彼女は俺の方に歩いて来た。
「ふ~ん。ケイオス、綺麗!」
俺の顔をじろじろ見てそう言った。
目を合わせようとする動きは、さっきとは違うぞ。
どうなってる。
この子、さっきは目も合わなかった。
それに変態だって言って殴って来たよな。
「あたしはね・・・あ、リノアさんも来てたの」
彼女は、俺の肩に顔を置いた。
まさかであるが、ここでくっついて来たんだ。
これが慣れ慣れしいバージョンの彼女?
全然さっきまでと違うんですけど。
「はい。ケイオス殿とは先程廊下で一緒になったので」
「そうだったのね。それじゃあ、この子と二人きりにして」
「畏まりました」
「またね」
「はい」
彼女がメイド長さんを追いだした。
「あなた。うん。触れると分かる。感じの良い子ね。素敵。お名前は?」
「だから・・・じゃないか」
だからケイオスって言おうと思ったけど。
ここは初めてのようにしてあげよう。
ストレスでおかしくなってるんだよ。
うん。そうだ。虐待のストレスで、気が狂ったしまったんだ。
この子の親、一発ぶん殴らせてくれねえかな!
「ケイオス・ブレイクハートです。お嬢様」
「お嬢様なんて、御大層な・・。あたしはね・・・ん?」
「え。どうしました」
「ちょっとごめんね。座るね」
頭を押さえて椅子の方に移動した。
体調が悪くなったんだ。
俺は心配して、聞く。
「頭。痛いんですか。大丈夫ですか」
彼女の雰囲気がまた変わった。
「・・・・ん、誰。良い匂い」
「え?」
まただ。俺を覚えないつもりなのか?
それとも悪ふざけか?
よく分からない。
「・・・うちに何の用?」
「え。何の用って・・・お体の具合が悪くなったんじゃ」
これも違うぞ。雰囲気が違う。
口調も違う。ずいぶん落ち着いた感じになった。静かだ。
「・・・誰」
「ケイオスなんですが」
「・・・ケイオス。誰? でも、良い匂いがするね」
首を傾げてる彼女は本当に俺の事を知らない様子だ。
さっき自己紹介したよな。
おい。どういうことだよ。
何があってこの子は・・・俺を忘れるんだ。
こんな短い時間でさ。
俺はライラという少女を理解できなかった。




