第12話 リスタート
目が覚めると、知らないベッドに横になっていた。
天井も知らない。壁も知らない。窓も知らない。
枕も。布団も。全部が、知らないもの尽くしだ・・・。
「お。俺・・・くっ。頭がいてえ。あの薬の影響か。強い眠り薬って言ってたもんな」
俺は知らない事ばかりだ。
家族についても、何にも知らない。
なんでだ。教えてくれてもよかっただろ。セリオス。アンジュ。
俺は家族じゃなかったのか。お前たちの家族じゃ・・・。
「・・・俺・・・くそ・・・俺」
悔しさが腹の底から出てきた。
それが胃まで上がって、一旦おえって吐きそうになって、それが目にも来た。
涙が静かに流れた。
滲む天井を見ている俺は、右手で涙を拭う。
「俺・・・戦力外だって思われたんだ。お前じゃアンジュを救えないって。セリオスが僕の邪魔になるって判断したんだ・・・セリオス。アンジュ。二人の裏事情が深いと思ったけど。こんな事になるとは・・・くそ。俺が弱いから、セリオスは俺を連れて行ってくれなかったんだな」
俺がまだ弱いんだ。
強くなったと思ったけど、それは子供の範囲なんだ。
俺なんかじゃ太刀打ちできないくらいに相手が強いんだ。
たぶんそうなんだよ。
でもさ。そうかもしれないけどさ。
俺も連れて行って欲しかった。
俺、アンジュが好きなんだ。セリオスも好きなんだ。
二人とも、好きなのに・・・ここまで育ててもらったのに・・・。
何も守れないのかよ。恩も返せないのかよ。
くそ・・・もし会えなかったら、俺は・・・一生後悔するぞ。
昨日という最悪の日を取り返したくなる!
「失礼。起きてるかな」
誰か来た。
ノックと同時に声がかかる。
「は。はい」
ちゃんと返事をしないといけないと思い。
俺は起き上がった。
「お。ちゃんと起きてるね」
「・・はい」
ベッドに正座して待っていた。それを見てくれた男性は笑顔でこっちに来てくれる。
丸眼鏡がとても似合う男性だ。
いで立ちや雰囲気に冷静さを感じるけど、声に優しさがあるような気がする。
どことなくだけど、セリオスに雰囲気が似てるかも。
「うん。いきなりだけど、自己紹介からでもいいかい」
「はい。ありがとうございます」
感謝しないと駄目だ。この声はセリオスの親友って人の声だ。
一時的だろうけど、俺を引き取ってくれた人だ。
「私は、ミスト・メモリア・フォーチュン。皆からはミストと呼ばれているので、そちらで呼んでもらえると嬉しいですよ」
「はい。ミストさんですね。よろしくお願いします」
「ええ」
「俺は、ケイオス・ブレイクです」
「聞いていますよ。セリオスの子・・・なんですね」
「はい」
「うん。たしかに、目が似ているかもしれないね。それにこの顔は確かに・・・」
「母に似ている?」
「ええ。アンジュ様ですね」
「え。なぜ・・」
母の名を言わなくても、ミストさんは言い当てた。
「大体予想がつきますよ。まったく、あの男は・・・」
少しだけ苛立ちが出た気がする。窓を見つめた時に奥歯を噛んでいるのが見えた。
「あの。あなたのような方が、アンジュ様って呼ぶのは・・・もしかして母さんは偉い人なんですか」
「ケイオス君は、お母さんの過去を知らないみたいだね」
「はい」
「んん。だとすると、私から説明するのはよろしくない気がしますね」
「すみません。そこを何とかお願いします。知りたいんです。ミストさん!」
藁にも縋るってこういう事だ。
何が何でも、ここは頑張るしかないんだ。
俺は事情を知って、そしてセリオスを追いかけても良いくらいに、すげえ強くなるしかない。
今すぐ追いかけられないなら、いつか・・・。
じゃない。今すぐにでも強くなって追いかけてやる。
血反吐はいても、俺は進むんだ。
「私から聞いたという事は、ナイショにしてもらえます?」
「はい!」
「あれが言ってきても無視で!」
「はい」
あれって。
たぶんセリオスだな。
「君のお母さんは、ディバイン王国の第二王女アンジュ様だ」
「やっぱり」
「やっぱり?」
「はい。なんとなく偉い人な気がしてました。話してる内容がそんな感じかなって」
「ふっ。察しが良い子だ。あの二人よりも優秀なんじゃないかな」
「そんなことないです。父さんは凄く強くて・・母さんは凄く優しくて」
「二人が好きなんですね。立派に育てているじゃないですか。あのセリオスが! まったく」
まったくが口癖なんだな。
今のは嬉しそうだ。
「説明がまだだったね。アンジュ様は、この国では一応ですが、死んでいる事になっているんですね」
「え!? 死んでる?」
「まあ、いわば死んでいるという形。ですね」
「形ですか」
「はい。詳しい事情はセリオスと。関連した数人くらいが知っているのでしょうかね。ここは予想です」
「・・・何があったんですか?」
「ええ。それはですね・・・」
事件のさらっとした中身を教えてくれた。
ミストさんがその事件の当事者じゃないので、外部から見た判断で、予想の部分が大きいとの事だけど、それでも俺は助かった。
この人のおかげで、なんとなく二人の事情がわかったからだ。
今から九年前。
第二王女アンジュが失踪する事件が起きた。
本城からお忍びで移動する際に、何者かに襲われた事件で、当時の騎士団長と数名が護衛に入っていた。
その時にアンジュだけが消えたという。
この事件の摩訶不思議さは、騎士たちが襲撃者たちを倒したというのに、彼女が消えたという点だ。
謎が謎を呼ぶ不可解な事件。その責任は騎士団長にあるとなり、彼は自主的に辞めることになった。
本来ならば、打ち首でもよいものを、何故かやめるだけで許されて、彼への罰としてだと、王都に接近禁止令が出ただけであり、主な罰はそれくらいで留まるのも不可思議な点であった。
でも、第二王女という微妙な立場で、それまでほぼ表に出るような姫じゃなかったので、国民としてもそこまで重要視した事件ではなかったので、すぐに忘れられたのだという。
「ってな感じですね。私の予想だと、どこかに匿った後に、セリオスと合流したのでしょうね」
「それで今の家に夫婦ででしょうか?」
「ええ。そうでしょうね。そしてここはディバイン王国でも辺境。さらに私の近くを選んだ。それは彼が選んだのでしょうね。いざとなったら、私を頼ろうとした! そうに決まってる。まったく!」
苦々しい顔と嬉しそうな声。
二つの感情が見える。不思議な男性がミストさんだ。
持っている扇子を広げてから、パチンと閉じた。
「協力者は、王かな。それ以外は無理だろうね。王女の誘拐を上手く出来るのは、王の親衛隊か魔法師団くらいだ。おそらくね」
「なるほど・・・」
そうか。そうなると。
王様は、二人の結婚を許しているかもしれないんだ。
あの二人って、黙って勝手に逃げたわけじゃないんだ。
・・・そうだ。あの時、駆け落ちじゃないってセリオスが言ってたな。
でも結果的には駆け落ちに見える。
それはこういう経緯での意味だったか。
「これは大変だ。君もだけどね」
「ええ。でも、俺はすぐにでも」
「駄目だね。セリオスが連れていかないって判断したんだ。相手が重すぎるってことだよ。強さも、そして裏もね」
「・・・でも」
「君がいかに優秀でも、それは許されない。私も預かると彼に言ったんだ。ここから出すつもりはないよ」
「・・・・お願いします。今すぐ・・」
「駄目だ」
「でも」
「駄目だ!」
「・・・・」
「不満そうだな。よし。じゃあ、ちょっとこの部屋から出れるかい」
「はい?」
「歩けるかどうか。そして、そこからドアを開けることが出来るか。やってみなよ」
扇子を使ってドアを指した。
「あ。はい」
何を普通の事を自信満々に言ってるんだと思って、俺は部屋を出ようとした。
ベッドから降りる。
一歩。一歩。
歩いていく内に圧迫感を感じる。
部屋の内部の空調が変わった?
っと思うくらいに変な感覚に陥った。
「ほら、握れるかい。それ」
ドアノブを持つ。
「ぐあ。な、なんだ」
電撃が走る。手が痺れて、まともに握れない。
「ほらね。打ち破れないでしょ」
「な、何かしたんですか」
「私がした事がわからないのなら、今の君はそこから先に行くべきじゃない。行ってもセリオスの邪魔になるだけだからね」
「・・・魔法ですか?」
「そう。銀の魔法さ」
「銀の魔法?」
聞いたことがない魔法だ。
「反応種銀を持つ者はね。トラップ魔法を唯一で扱えるんだよ。知ってたかい」
「???」
「知らないようだね。銀の持つ力も知らない。じゃあ金の持つ力もかな? 古の魔法駆動装置による秘密魔法を知らないのなら。それじゃあ。君はまだまだだ」
秘密の魔法。
まさか、秘伝。
俺の好きな言葉だ!?
「魔法について、深い知識を知らないのはいけないよ。敵は王国全体となる可能性が高いんだ。誰よりも強く、誰よりも知っていないと、そこに行ってもただ死ぬだけだからね」
「・・・・」
何も言い返せない。
そのとおりだ。悔しいけど、俺が思ってる事と完全に一致してる。
「若い者の無駄死にだけは良くない。私はそれだけは許さないよ」
ミストさんは、俺の目をジッと見てから、扇子を持つ手で手招いた。
俺は彼の前に戻る。
「いいかい。外出許可は出さないよ。私が良いというまでは、君はここで働いてもらう」
「働く・・・ですか?」
「ええ。働きましょう。あなたは、友人の子供と言っても、正体を隠さないといけないくらいの大物だ。でもそれが働いていれば、傍から見たら普通の子に見えるはず」
たしかに、下手をすれば王子。
俺の身分は高貴な方なんだ。
働けば、それを隠せるって事だな。
「そこで、君はどんな名前で働く? 決めておこう」
「・・・名前ですか。ケイオス・ブレイクは駄目?」
「そんな事はないと思うが、一応変えた方が良いかなって思ってね」
「じゃ・・・じゃあ。そのままに足す形でも」
「ケイオス・ブレイクに?」
「はい」
「わかった。言ってみて」
「ケイオス・ブレイクハートにします!」
「・・・ほとんど一緒だね」
「はい!」
壊した心を、混沌で治す。
俺は、ハートブレイクじゃない。傷心してない。
弱い自分の心を壊したんだ。
ブレイクハートでいく!
セリオスとアンジュの二人に会うまでは。
「まあいいか。最初はその名が轟くとは思えない。敵も君の存在を完全に理解していると思えないし。それに私の家に入っているとは想像できないだろうしね。最近はめっきり接点がなかったからね」
なぜか、ミストさんは扇子で顔を隠した。
笑っているのかもしれない。
目が細くなっている。
「よし。ケイオス・ブレイクハート君! 君は今日から、ライラの専属執事にするよ。今からだ。君は彼女を守ってくれ。二人を守れなかった君の最初の任務は、ライラの護衛だ」
この人、俺の心を抉ってきたな。
意外といじわるだぞ。
でも、誰かを守れば、俺も両親を守ってもいいはず。探しに行ってもいいはずだ。
だから返事は一つしかない。
「わかりました。俺が守ります!」
これしかない。これで、ここで強くなっていくんだ!
「うむ。良い返事。受け取った」
扇子がこちらを向いて、指示が飛んできた。
「ライラ・メモリア・フォーチュンを頼んだよ。まずは最初だ。彼女に会わせよう」
俺の人生は、ここから始まる。




