第10話 分岐点 ②
ハロ君の八歳の誕生日の二日後。
俺たちの仲はすこぶる良くて、毎日飽きもせずに同じ循環訓練をしていた。
銀は内政の色だとか言っていたけど、彼の魔力はちゃんと循環していて、鍛えることは可能だった。
もしかしたら、その先入観はいらない心配だったようだ。
人間はこうだと思い込んだら駄目らしい!
考えを決めつけるのは、成長を狭めていくみたいだ。
決意以外は、柔軟に考えていこうと思った。
裏の森での訓練を終えてから、俺の家の玄関側に戻る時の事。
「じゃあね」
表の庭で別れた。去っていこうとする彼に手を振る。
「うん。また」
こっちに笑顔で手を振り返してくれたハロ君がお家に帰っていった。
「あれ?」
玄関にジェントルマンがいた。
黒のハットを着用した男性が、アンジュと会話していた。
「こちらがお子さん?」
「・・・え」
「大丈夫ですよ。他には漏れません」
「・・・・」
「正直にお話した方が宜しいでしょう。この子はお子さん?」
「そ、そうです」
「そうですよね。利発そうな子だ。お名前は?」
ニヤリと笑った顔なのに、目が冷たい。氷のようだ。
「・・・アントンです」
それ誰? 俺じゃなくね?
「それでは、ご検討を。手荒い真似はしたくありませんよ」
「わ、わかりました」
謎の会話があった。
「母さん、なにかあったの?」
「う。うん。なんでもないよ」
顔色が悪い。いつも元気な人だから、余計に心配になる。
「そうかな?」
「うん。大丈夫よ。あなたは心配しないで」
俺の頭を撫でたアンジュ。
その言葉の裏に隠されたものを読み取っていたらよかった。
今までにあなたなんて言ったことがない。
俺を呼ぶ時は全部がケイちゃんだったんだ。
◇
その一週間後。
母が消えた。
忽然と。
前触れもなく。
今まで出かける時はどこどこへ行くと、セリオスに必ず伝えてから出かけるんだ。
それくらいに仲の良い夫婦なのだ。
いつもであればと思う彼でも。
「どこに消えた。アンジュが、勝手に消えるなんてない!」
事情を知らないようだった。
「父さん。母さんを探す?」
「ああ。そうだな。まずは家からだ」
まず母の部屋を探して、共有スペースも探す。
全部をひっくり返す勢いで探した。
しかし、何もない。手がかりすらもない。絶望的な状況だ。
「なぜだ。アンジュ。何も痕跡を残さずに消えるなんて・・・」
「父さん。外にいく?」
「いや、今は待とう。もしかしたら帰ってくるかもしれない」
「うん」
数時間が経っても何も起きなかった。
いないという事実が重くのしかかるだけだった。
「帰らない。いや、帰れない? どっちだ」
「父さん」
「・・・・どういうことなんだ」
「父さん!」
「あ・・・ああ。なんだケイオスか」
心ここにあらず。セリオスは疲れ切った表情をしている。アンジュがいない人生なんてありえないんだ。
この人はそういう人だ。いや、お互いそういう人たちだ。
だから、これほどの疲労困憊にもなるだろう。
「外の方がいいよね。探そうよ」
「駄目だ」
「なんで」
「家に戻ってくるかもしれない」
「じゃあ、父さんは家にいて。俺が外にいくよ」
「駄目だ。君は一人にできない。僕が守らないと」
「でも、母さんが消えたのは、誰かのせいじゃないの」
「・・・」
「俺、ちょっと前に変な人みたよ。その人が原因かな」
「変な人? 誰だ!」
急に大きな声になったので、俺も驚いた。
「う、うん。黒いハットを被った男の人」
「・・・それが・・・そうなると誘拐か・・・いいや。脅しか」
セリオスは見当ついたのか。誰なんだ?
「いつだ?」
「一週間前」
「クソ。僕にそれを教えなかったな。アンジュ!」
珍しく汚い言葉を使うセリオス。焦りが伝わってくる。
「二人で乗り越えるって・・・それじゃあ。まさか。前もってか。じゃあ、僕の部屋か!」
セリオスは急いで自分の部屋に行く。
全部ひっくり返して、最後に机の引き出しから何かが出てきた。
手紙があったみたいだ。
読みだしてからは、顔色がどんどん悪くなる。
「最悪だ・・・・ふぅ」
事情を理解。そしてため息。
よほどの事態だと俺は思うけど、セリオスが教えてくれない。
彼は手紙を持ったまま悩んでいた。
「ケイオス。ご飯を食べよう」
「え」
「一緒に食べて待つ」
「待つ? でも早く探しに行った方が」
「いや。今度も一緒に食べられるって、願いながら食べよう。僕が三人分用意する」
セリオスは急に料理を作り始めた。
父の料理なんて、初めてだ。作れるのと思ったけど、手際が良い。
母並みに上手に作れる人だった。
「食べよう」
「う。うん」
セリオスは美味しそうな料理を作り終えたら、それをテーブルに置いた。
二人で席に着く。
「いただきます」
「いただきます」
続けて自分も言った。
彼の神妙な雰囲気に緊張しながら、ご飯を食べる。
かなり美味しかった。母の味に近い・・・あれ? なんで同じなんだ?
同じ人が作ったみたいに一緒の味に感じる。
「・・・・・・」
挨拶の後、一言も発しないで、俺とセリオスは夕食を食べた。
先に食べ終えたのはセリオスで、俺が食べている途中だけど話しかけてきた。
「ケイオス。母さんは取り戻す」
「ん・・取り戻す?」
セリオスの言葉に引っ掛かって、食べている途中だけど聞き返した。
「ああ。必ず取り戻して、また家族三人で暮らしてみせる! だから、待っていて欲しい」
「待つって。父さんだけで、どこかへ行く気なの?」
「まかせてくれ。僕が必ず救ってみせる。命を懸けて、必ずアンジュを救い出す」
「待ってよ。俺も・・・い・・・あれ?」
行くと言おうと思ったら口が回らない。
上手く動かせなかった。
「いいや。僕一人の方が効率が良い。それにこれは僕たちの問題。君にまで、その責を負わせたくない」
「責って・・・な・・・なに? なんのこと」
体も動かせないぞ。あれ。変だ。
「僕の責任。アンジュの責務。この二つは君には関係ない。君には自由に生きて欲しいんだ。だからね。さよならだ。また会う日まで・・・・僕も彼女も君を愛してる。この先、何があっても無事で生きていてくれ」
「なにをい・・・ている・・・と・・うさん」
これは、眠り薬!?
食べ物の中に入れていたのか。
セリオス!
くそ。しまった。食べなかったらよかった。失敗した。
親がまさか子供に毒を盛るとは・・・。
それも前世ならまだしも、セリオスみたいな愛情深い人が・・・しまった。
「ごめんよ。ケイオス。君の母さんは、僕が必ず救う。アンジュを救うのは僕の役目だからだ」
堂々たる宣言を聞いた。
◇
意識が微睡んでいる。
起きたか。起きていないかのスレスレのライン。
俺はどこかに運ばれている。
人が走っている時の揺れを感じている。
目は無理だけど、鼻が感知したのは、木の匂いだ。
「寝てると思うけどね。独り言でも言っておこう。もうすぐでデランテ町だよ。ケイオス」
デランテ?
それって森の・・・反対側の町?
眠り薬の影響で上手く考えがまとまらない。
「ここに君を置く。僕の親友に預けるから、アンジュを取り戻したら、君を迎えに行くよ。だから、君はここで僕らの帰りを待っててくれ。必ず帰ってくる」
「と・・・とうさ・・ん」
「ん。まさか。あの強力な薬に対抗できるのか。これは透明の影響力なのか? 状態異常にも強いのかもしれないな」
「お・・俺も・・・・いく・・・」
アンジュがどこかに行ったのなら、俺も行きたい。
助けたいんだ。
「駄目だ。君じゃあ勝てないんだ。相手が相手だからね。強さからいっても、まだまだあそこに飛び込んじゃ駄目だ」
「・・・・・」
どこへ行くつもりなんだ。
というか、どこへ行ったんだ。アンジュは?
そんな危ない所に行ったのか?
「大丈夫だよ。そんなに粘らなくてもいい。安心して眠りな。ここは僕の親友の家だ。安全だからね」
どこかに辿り着いたらしい。
体の揺れが収まった。
◇
匂いが木々から、建物へ。
人の家の中に入った気がした。
「セリオス? ああ、久しぶりだな。本当に久しぶりだ」
戸惑いと喜び。
双方の感情が入り混じる声だ。
「その仏頂面。もう少し親友に見せてもらいたいところだよね。まったく」
「ごめんよ。本当にひさしぶりだね」
「それはまあいいよ。何の用?」
「ミスト。この子を君に預けたい」
俺がどこかの地面に降りた。背中が柔らかい。ベッドかソファーか。どちらかに横になっている。
そして、微睡みながらも、声だけははっきり聞こえる。
セリオスが誰かと会話しているんだ。
「誰?」
「僕の子だ」
「うそ。君に子?」
「ああ」
「誰との」
「言えない」
「いやいや。私に預けるって言って、誰の子か言えないのかい」
「うん。ごめん。問題が全部解決したら教えるよ」
「・・・のっぴきならない事情だね。その顔」
「うん。ごめんね」
「しょうがないな。君は昔からそういう人だからね。騎士団長を辞める時も後から知らせてきてさ。君と私って親友だよね? さすがに教えてよね。まったくさ」
「うん。ごめんよ。君が親友だからこそ、僕の事情で迷惑を掛けたくなくてね」
「じゃあなんで今さら頼るのよ。都合良過ぎない?」
「うん。でも今は緊急事態過ぎてね。頼れるのが君しかいないんだ」
「・・・はぁ。まったくさ」
深いため息が聞こえた。
「ミスト、何か問題があるかい」
「大ありだね」
「ごめんよ。それでもお願いだ」
「いや、その子を預かるのは問題ないんだ」
「そうなのかい!」
「うん。別にね。その子を客人扱いせずに、執事にすればいいんでしょ」
「そう。よくわかったね」
「当り前だ。君が詳しい事情を言わないってことは、その子。よほどの子だよね」
「・・・・うん」
「隠した方がいいんだよね? そういう身分なんだよね。君の子としてもだけど、相手の人の子としてもだね」
「うん。そうなんだ。すまない。迷惑をかける」
「はぁ。まったくさ。まあ、それはいいんだ。別に教えてもらえなくてもね」
「じゃあ。なんでそんなにため息を? ミスト。何か君の方で問題が?」
「ありありだよ」
親友さんは明るい人らしい。
事態が深刻そうなのに、声は明るめだ。
「私は少し前にね。とある子を預かったんだ」
「誰?」
「姪っ子」
「とある子じゃないだろ。姪を預かるくらい」
「いや、それが問題の子でね。一時的に預かる話じゃなくて、これから私がずっと面倒見るのさ」
「そうか。でもそれのなにが問題なんだ?」
「兄に捨てられた子なんだ」
「なに?! あのクラウドさんが自分の子を捨てたのか?」
「そう捨てたんだ」
「でもクラウドさんって子供は結構いたはずじゃ。一人だけ捨てたのかい?」
「そうだよ。一人だけね」
会話が重い。
俺の意識も維持するのも難しくなってきたから、なおさら重く感じる。
「なぜ? 権力の維持にはうってつけじゃないのか。女の子なら。捨てるなんてもったいないって。彼の考えだとそうじゃないか?」
その言い方は、婚姻外交か?
権力の維持なんて言葉が出るってことは、この親友さんは貴族か何かの偉い立場だな。
「まあね。確かにない。普通の子なら育てるんだよ。売り捌く頃合いになるまで丁寧に育ててね。ああいう抜け目のなさが嫌いだ。私は兄との相性が悪い」
兄に対して辛辣だ。
「あの兄が彼女を大切にしなかった。彼女は兄とその家族から虐待を受けてしまってね。荒れてるんだよね。心がさ・・・だからちょっと難しいのさ」
「虐待!? なぜそんなことを・・・傷物にしたのかい」
商品として売れるものを。
傷つけるなんてありえない。
そういう風に聞こえた。
「うん。彼女。黒なんだ」
「黒!? まさか。コードが黒?」
「ああ。駄目だろ。兄の本家だとね」
「・・・忌み子か」
「兄も義姉も、そして彼女の兄弟たちも、彼女が恐ろしくて虐待したみたいなんだ。その影響で、彼女は不安定なんだよね。言動がハッキリしない。言ってる事が次々と変わるみたいで、メイドも執事も大変なんだ」
「・・・それで、僕の子がここにいると駄目だと考えたのか」
「そう。君の子が大変になるんじゃないかなって思ってね」
「なるほど。その事情があるから、そっちの問題と言ったのか」
「ああ」
こちらを思っての発言。
セリオスの親友さんも優しい人だな。
「・・・それ、僕の子に任せてもらってもいいかい」
「ん?」
「その女の子の執事。僕の子がやろう」
「いや、君が決めたら駄目だろ。親の押しつけだぞ」
「いや。大丈夫。きっと、この子が起きていたら、やるって言ってくれるよ」
「本当か? 起きてたら、無理やり言いくるめるんじゃないのかい」
やんわり拒絶している。
それでもセリオスは俺を推薦する。
「ううん。この子は優しい。この子は母に似ているからね。ほっとけないんだ。他人が困っていたらさ。手を差し伸べるんだ。住んでいた村でも、いじめられていた男の子と友達になっていたしね」
「・・・んんん。君がよくてもな。その子がな」
「大丈夫。任せてあげてほしい。僕がこの子の母を連れ戻すまでさ。この子に仕事を与えてくれ。忙しさで気を紛らわせてほしいんだ」
「忙しさでってどういうことだい?」
「ただ待っているだけじゃ、居ても立ってもいられないだろうからね。ここは仕事の一つでもあった方がいいでしょ」
返事が返らない。
時間が少し経ってから。
「・・・・君って奴はさ。ああ、わかった。わかったよ。こっちからお願いしてみるよ。姪っ子に会わせてみる」
「ありがとう」
会話が少し止まった後。
「・・・連れ戻すってことは・・・敵は大物なんだな」
「うん」
「はぁ。じゃあ、奥さんも大物なんだな」
「うん」
「それじゃあ、九年前の彼女。消えた彼女でいいんだな」
「・・・うん」
「まったく。君って奴は。大物どころか。とんでもない人と結婚してくれたな・・・それなら初めから教えて欲しいね。まったくね。親友だよ。事情くらい言ってくれよ。頼むよ。協力しにくくなるよ。前もってじゃないと」
協力を断るとは言わない。
この話してる人、優しい人だと思う。
「ごめんね」
「いいよ。いってきて。でも絶対ここに来てよ。迎えに来るんだよ。その子が可哀想だからね」
「うん。ありがとう。いってくる」
「もういくの!?」
「うん。ケイオスにはさ。母を迎えに行った。父は必ず帰ってくる。そう伝えてくれ」
「いや。待て」
「ん?」
「そうだよ。セリオス。この子の名前を言ってない! ケイオスでいいの」
「うん。ケイオス・ブレイクだ」
「ブレイク? ランドルフはどうしたんだい?」
「それは隠した。今はランドルフじゃない。今はブレイクになってる」
「聖道騎士団団長『疾走のセリオス・ランドルフ』を捨てたのか・・・数々の功績を持つ名を捨てたのかい」
「うん」
「君らしいわ」
男性の声が笑っている。おそらく笑顔なんだろう。セリオスのやってる事を理解しているんだ。
「過去にした! 二人がいれば、僕にはいらない名だ」
「まったくね。君という奴は・・・まあいいでしょう。ケイオス・ブレイクか。後で名前もいじった方がいいかもね。君の事情から遠く離した方がよさそうだ」
「そこは判断を頼むよ。時間が長く掛かったら、君の判断で育ててくれ。君になら全部任せることが出来るからさ」
「はいはい。任せるなんて都合の良い言葉だね。押しつけでしょ」
「そうなっちゃってるね。でも僕は君を信じてるんだ。一番にさ」
「うんうん。でも出来る限り短くでお願いするよ。この子の為に早く帰って来なよ。セリオス」
「うん。ありがとう。いってくる。ミスト!」
会話が途絶えた後。
俺の頭に誰かの手が乗った。
優しい撫で方だ。
ふんわりとした手の置き方だ。
「君も大変だな。セリオスの子か・・・・ケイオス君。うちのライラを君にお願いしたいけど、まずはここの生活に慣れてもらおうかな。はぁ。兄弟の子も預かってるのに、親友の子まで預かる事になるとはね。私も大変だな」
俺の心配。姪っ子の心配。親友の心配。自分の心配。
大変さは、そちらも同じなようだ。
俺と似たような状況の男性は、俺をどこかへ運んでいった。




