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『Journey of Picaro~悪漢ダンテの無法録~』  作者: 夜ノ烏
Caleidoscopio

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21/22

Fondo

 さて。コイツ――メリムはどう動くのか。

 わざわざ助けたなら、危害を加えるつもりではないと思うが。


「見つからなくて良かったですね。では、私は先に失礼します」 


「なんだと?」


 想定外の反応に驚いた。どんな言葉が飛び出すのかと、身構えた矢先のコレである。そのサッパリとした顔は、ついさっきまで動揺していたことを、忘れてしまったようだった。


 尋常じゃない切り替えの速さだ。

 さっきの光景は、俺の気のせいじゃないかとさえ思えてくる。


 そんな事を考えながら改めて見れば、メリムは可愛らしいというより、大人びた少女だった。


 背筋を伸ばして毅然と立つ姿に、凛とした、いかにも貴族の娘のような雰囲気。その様子が、俺の胸ほどの背丈しかない彼女を、見た目以上に大きく感じさせていた。


「ちょっと待て」


 さっさと部屋を出ようと、歩き出すメリムを呼び止める。

 このまま立ち去られては気持ちが悪い。

 どんな裏があるのか、それを突き止めなくては。


「なんですか? お礼ならいりませんよ」


 ぴたりと足を止めて、こちらに向き直るメリムに、おかしな気配は感じない。俺を嵌めるための罠、という訳ではなさそうだ。


「なんで俺を助けた」


「貴方は、あの子たちの仲間ではなさそうだと判断しました。それと、困っている人がいれば助けるのは、貴族の義務です」


 コイツはどの時点から、俺たちのことを見ていたのだろう?


 けれど、だとしても到底納得のできる答えじゃない。義務で逃亡の手助けをする貴族などいてたまるか。それではまるで、なんの目的もなく助けたみたいに聞こえるじゃないか。


「判断ね……一度、お前に殺されかけたけどな?」


「ですから、助けて差し上げたでしょう?」


「つまり、謝罪の代わりだったって?」


「どう受け取るかはご自由に。念のため言っておきますが、他意はありませんから」


 まっすぐ俺の目を見返して話す彼女が、嘘をついているようには見えなかった。


 だからきっと。普通ならここで終わりだ。

 「ありがとう」、「このご恩は必ず」そんな言葉を口にして。

 トマスやエミィが俺にそうしたように。


「――そんな言葉を、信じられると思うのか?」


 嘲るような口調で、わずかに顎を上げる。

 彼女からは、俺に見下されている様に見えるだろう。


 貴族であれば、無礼な態度だと怒り出すかもしれない。あるいは不快そうに眉をひそめ、虫を見るような目で見下してくるか。


 馬鹿げた話だ。無償の善意など存在しない。

 コイツのそれに理由がないのなら、「助けてやる自分」に酔いたいだけのものだ。臆面もなく、他意がないなどとよく言える。


「……理解か納得か。貴方が出来ないのはどちらです?」


 コツ、とメリムの白いブーツが床を鳴らす。

 一歩こちらへ踏み出した彼女は、腰に手を当てた。


「どっちだと思うんだ?」


 メリムの茶色の瞳が、見透かすように俺を見上げる。こっちの皮肉や軽蔑を、すべて理解していると感じる目つきだ。だが彼女は、俺の予想したどちらの反応も示さない。


「さぁ? どうでしょう。ところで貴方は、獣が両手を大きく広げる理由をご存じですか?」


「知らないな。俺は亜人じゃない。ところでお前は、貴族が鏡を好む理由を知ってるか?」 


 メリムは目を閉じて一度だけ、くすりと笑った。

 そして後ろで手を組むと、振り返り、俺に背を向ける。


 その後を追うように青い髪が、ふわりと静かに尾を引いた。


「たぶん、私を量っているつもりなのでしょうけれど――」

 

 彼女の靴がもう一度、コツコツと音を立てて遠ざかっていく。

 そうして四歩ほど離れたところで、首だけを巡らせた。 


「私には、貴方が自分を守りたい様にしか見えませんよ?」


 冷ややかな目で俺を見据えて、あくまで自分が優位であるかのように振舞う。


 面白い女だ。

 彼女の人を見る目は、環境で培われてきたのだろう。

 そうでなくては、貴族社会でやっていけないのかもしれない。


 地頭が良い事もあるだろうが――、


「……参ったよ、その通りだ」


 両手を広げてみせても、メリムは勝ち誇る素振り一つ見せない。だからあの態度は、やはり自尊心や奢りから来るものではないのだ。


「よく分かったな? まるで――自分のことみたいに正確だ」


「――――!」


 冷ややかな目が見開かれ、小さく、ピクリと身体が跳ねた。

 

 亜人だから正確には分からないが、彼女はエミィやイヴよりも若く見える。その歳で海千山千の貴族たちを相手にするのは、並大抵の努力じゃなかったはずだ。


 常に隙を見せないよう、気を張って生きてきたのだろう。

 貴族でもない俺にすら、こんな風に牽制しないと安心できないほどに。


「どうした? 突然固まったりして。俺がなにか、変な事を言ったか?」


 メリムはギリ、と歯のこすれる音が聞こえてきそうなほど、口元を強く引き締めていた。キツく俺を睨みつけているが、ようやく見た目通りの表情が見れた気がする。


「……大人気ない人」


「尊重してるだけだ。平等にな」


「では……貴方が捕まればあの子たちの話が洩れて、私に被害があると思ったから助けました。こう言えば満足ですか?」


「あぁ。だがそうなると、お前は自分の都合で助けたのか……」


「もうそれでいいです」


「だったら、俺を殺そうとした事への、謝罪の代わりとは言えないな。つまりまだ――俺に貸しがあるわけだ」


「いますぐにでも、統制局に通報すべきでしょうか?」


「いいのか? 悪魔のことも、お前のことも、洗いざらい話すことになるが」


「……私を脅すつもり?」


 彼女は分かりやすく目を剥いて、口元を引き攣らせた。

 素直に怒りをむき出しにする様子が、だんだん微笑ましく思えてくる。


 だがこれは決して、俺の意地が悪いわけではない。

 メリム本人に、どうしても確認しなければならないことがある。その為に仕方なく、大人気ない振る舞いをしているだけだ。

 「ちょっと言い負かしてやろう」なんて考えは別に……ない。


「どう受け取るかはご自由に。ただし、俺にはちゃんと他意がある」


「……なにが目的ですか?」


 なぜか身をよじり、自分の身体を抱きかかえる亜人。

 なにを要求されると思ったのか。誤解にもほどがある。


「勘違いするな。俺はそんな男じゃない」


「そんな男にしか見えません」


 即答だった。

 特に間違ってもいないので、返す言葉がない。


「……ちょっとお前に、聞きたいことがあるだけだ」


 メリムは唇を固く一文字に結んで押し黙っていた。

 眉を寄せて、警戒したような目が俺を見ている。

 なにを聞かれるのかという、不安もあるのだろう。


「お前は俺の事を――酒場で会う前から、知っていたのか?」

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