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『Journey of Picaro~悪漢ダンテの無法録~』  作者: 夜ノ烏
Caleidoscopio

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22/22

Elección

 青い髪に山羊の角、茶色い瞳をした亜人の少女。

 凛とした立ち振る舞いと、芯のある、涼やかで澄んだ声。


 目の前の少女をじっと見つめながら、ゆっくりと記憶を辿る。

 おぼろげな思い出の中に、彼女の姿を探し求めて。


 失った記憶を取り戻すために、過去を旅する冒険者のように。

 その旅路は遠く深く、俺という存在の深淵へと続いていく。


 そして、その最果てに。

 遠い昔の、まだ幼い彼女の姿が――――。


「はい? まったく知りませんよ。以前お会いしていたなら、申し訳ないですけれど」


「だよな。うん、知ってた」


 もちろんあるわけがなかった。


 メリムは貴族の娘で、俺とはまったく別の場所で生まれ育っている。通りですれ違うことさえあり得ない。

 そもそも、俺はつい最近まであの島で暮らしていたのだ。彼女に限らず、外の世界に知り合いなど、居るはずがないだろう。


「なぜそんな質問を私に?」


「いや、忘れてくれ。たぶん、ちょっと遊ばれただけだ」


「あの子たちの言っていたおかしな話ですか? 確かに、身内がどうとか話していましたけれど」


「やっぱりずっと見てたんだな」


「偶然です。だいたい、あんな目立つ騒ぎがあったら、私でなくても気になります」


「偶然? ここに隠れているわけじゃないのか?」


「ふざけないでください。誰がこんな逢引き宿なんて、いかがわしいところに潜むものですか」


「逢引き宿?……あぁ、そういう」


 言われて部屋を見渡せば、確かに変わった部屋だった。

 行燈の明かりや調度品を含めた内装が、すべて桜色の狭い室内。部屋の大部分は、大きな二人用のベッドに占領されている。


 お香が焚かれているせいか、身体に纏わりつくような甘ったるい匂いが漂っていた。気づいて意識してみれば、両隣の壁からは、かすかに嬌声が洩れ聞こえてくる。


 なるほど。これはさすがに、ずっとは居られない部屋だ。

 

「騒ぎが気になって見に来たのですけど……シヴィラが居ましたから。様子を窺うために、この部屋が最適だっただけです」


「すぐに離れるべきだったんじゃないか? 見つかる可能性もあったぞ」


 メリムは床に視線を落とすと、硬く、張り詰めた表情を浮かべた。


「シヴィラが――あの子が人を殺してしまうのではないかと……そう思ったら、動けませんでした。本当は、私が止めなくてはいけないはずなのに」


 感情を押し殺したような、抑揚のない声だった。

 どうやら俺は、メリムと悪魔たちの関係を、少し誤解していたのかもしれない。てっきり相当険悪なものだとばかり思っていたが……。


「お前が止めに入ったところで、無駄だっただろう。仮にシヴィラが手を止めたとしても、符穏は止まらなかった」


「かもしれません。けれど、それは関係のない話です。私には雇い主の娘として、二人を止める義務がある」


「雇い主? お前とアイツらはどういう関係なんだ?」


「見たままですよ。あの子たちは、当家の使用人です。もちろん、言葉通りの扱いではありませんけれど」


「要は家出したお嬢様を、使用人が連れ戻しに来たって話か。なぜ帰らないんだ?」


「それは言えません。でも、私は帰るわけにはいかない。なにがあっても、お父様の願いを叶えてはいけないから」


 そう言うとメリムは、なにもない床を睨みつけた。

 まるでそこにいる誰かを、厳しく非難するような眼差しで。


 コイツの話を要約すれば、悪魔との関係は単純なものだ。


 メリムの親父が悪魔と契約した。

 そしてその願いを叶えるためには、娘が必要らしい。

 あの二人は親父の指示で、メリムを追いかけているのだろう。


 メリムの役割なんてものは、聞かなくてもだいたい想像がつく。そりゃ帰りたくもなくなる話だ。


 『山羊と悪魔の物語』なんてものは、相場が決まっている。


 だが、親が子を利用するなんて、別に珍しい話じゃない。

 貴族ならよく聞く、政略結婚やなんかと同じことだ。

 捧げるのが身体か命かの違いでしかないのだから。

 

「そうか、まぁ頑張れ。だがどうせ逃げるなら、国外にでも出たらどうだ?」


「貴方は私に、お父様を見捨てろというのですか!」


 適当に言った言葉が、見事に地雷を踏みぬいたようだ。

 呼吸も荒く、顔を真っ赤にするような勢いで、怒鳴られてしまった。


「別に変わらんだろう? どこにいるかの違いでしかないと思うが」


「――それは、でも」


 メリムが珍しく言い淀んでいる。

 たぶん、返す言葉が見当たらないのだろう。


「……そう気にすることでもないと思うけどな。自分の命が一番大事なのは当然だ。恥ずかしい事じゃない」


「勘違いしないでください。私は、我が身可愛さで逃げているわけではありません」


 一切の感情を排したような、冷たい視線に射抜かれる。

 よほど気に障ったのか、俺の言葉に食いつく勢いだった。

 

「お父様のお役に立てるなら、この身体も、命も、喜んで差し出します。けれど――」


 凛とした声が、ズシリとした鉄の塊のような音に感じた。

 無表情で語る彼女の内側にある、静かな怒りを乗せたように。


「これだけは違います。悪魔に願うだなんて、協力するわけにはいかない。絶対に」


 その表情は彼女の、強固な意志を物語るようだ。

 同時に父の行為がメリムにとって、いかに受け入れ難いものなのかを感じさせた。

 

 「破滅すると分かっていて協力するのは、見捨てるのと同じことです」


「……分からんな。だったら逃げていないで、悪魔を何とかする方法を探せばいい。それこそ、符穏に協力すればよかっただろう」


「それは……そうですけど」


 さっきまでの決意の固さはどこへ行ったのか。

 途端に歯切れの悪い口調で、尻すぼみにボソボソと喋り出した。


「なにかできない理由でもあるのか?」


「……分かってはいるんです。けれど、あの子たちは……私が物心ついた頃からずっと一緒にいて……だから」


「情が移ったとでも? 偉そうに語った割りに、ずいぶんと半端な覚悟だな」


「貴方には人の心がないのですか!? 自分にとって大切な人を、そんな簡単に切り捨てられるわけがないでしょう!」


 メリムがまた、強い怒りを露わに叫んでいる。

 その姿を俺は、自分でも驚くほど冷めた目で見つめていた。


「出来る。少なくとも、俺はそうした」


「え――――?」


 俺は親父を殺し、イヴを選んだ。

 どちらかを必ず選ばなければいけなかったから。


 大切なものを、どちらか一つだけ選ぶ。

 その時、どちらも選ぶなんて都合のいい選択肢は存在しない。


 出来るかできないかではなく、選ぶしかないのだ。

 そうして自分の選択を、一生背負いながら生きていく。


 メリムの様に迷うのは無駄だ。

 他に方法なんて、ありはしない。


「せいぜい、よく考えるんだな。とにかく、知りたいことは聞かせてもらった。これで貸しは無かったことにしてやる」


 言いたいことを告げて、窓を開ける。

 やはり俺には関係のない話だった。


 もう二度と会うこともないだろう。

 彼女たちがどんな結末を迎えるか、興味がないと言えば嘘になるが。かといって、積極的に知りたいわけでもない。


 実は、たった一つだけ。

 悪魔も親父も守りたいという、メリムの願いを叶える方法はある。けれど、それをわざわざコイツに教えてやるほど、関わるつもりもなかった。


 だからこれでお終いだ。


 そう結論を出して、入ってきた時と同じように、窓から外に出る。


「待って下さい!」


 出ようとした矢先に、今度は俺が呼び止められた。


「あの……貴方、悪い人ですよね? 先ほども、貴方は何もしていないのに、必死に逃げようとしていましたし」


 頭に浮かんだ明確な違和感。

 明らかにメリムの様子がおかしく、とても嫌な予感がする。


「――面倒が嫌いなだけだ」


「そうですか。では、いまから統制局……警ら隊に通報しても、なんの問題もないのですね」


「お前……」


「やっぱり困りますか? でしたら――」


 俺は忘れていた。

 コイツがとんでもなく、切り替えが早い女だということを。


 そして――、


「私に、協力していただけますか?」


 地頭のいい女だということも。

読んでくださっている方、ちらっと覗いてくださっている方もありがとうございます。烏です。


年内、割りと多忙になってしまうので、更新頻度が落ちます。すみません。

可能な限り投稿する予定ですが、基本的に週1~2くらいのペースになってしまうと思います。

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