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『Journey of Picaro~悪漢ダンテの無法録~』  作者: 夜ノ烏
Caleidoscopio

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20/22

Origen

「――――メリム?」


 窓から身を乗り出し、叫んでいるのは亜人の少女だ。


「なにしてるんですか! 捕まりたくないなら走りなさい!」


(捕まる?――考えてる暇はない、か)


 駆け出して窓から部屋の中に飛び込む。

 俺が中に入ると、メリムはすぐに窓を閉めた。


「そのまま伏せて。見られていない保証はないですから」


「……お前、なんで」


 俺を助けたのかと、聞こうとしたその時。

 

「うぉっ!?」


 ドォオン!、と鈍く強大な衝撃音が、腹の底に響いた。

 まるで巨木が倒れる瞬間だ。それは振動を伴って建物を揺らし、部屋の調度品が、ガタガタと音を立てる。


「いまのはなんだ?」


「馬鹿! 伏せてなさいと言ったでしょう!?」


 起き上がると、メリムから厳しい注意が飛んだ。

 そんなことを言われても、気になるものは気になる。


「……見つかっても知りませんからね」


 自由を尊重する優しい声と、生温かいまなざしに感謝しつつ。

 窓に近づき、メリムの隣で慎重に外の様子を窺う。

 目を凝らすと、濃霧の様な砂ぼこりの中に、人影が見えた。


「あいつらは?」


「王都治安統制局の局員です。さっきの違法魔力反応を捕捉して、飛んできたのでしょう。彼らは勤勉ですから」


「統制局?」


「この国の治安を維持する機関の名称。中でも彼らは、魔法や異能の問題に対処する専門家です」


 つまり、警ら隊のような連中の元締めか。


(警ら隊が姿を見せないと思えば……そういうことか)


 どうやら、割りとシャレにならない状況だったらしい。

 捕まっていたらヤバかった……まだ安心は出来そうにないが。


「出遅れたか……魔力の残滓を解析しろ」


 聞こえてきたのは、鍛えられた喉を思わせる質感の声だ。

 低く太く響き、端々に残る荒々しさが、威圧感を放っている。


 やがて砂ぼこりが治まり、局員の姿が視認できるようになってきた。彼らの身体は、淡く青白い光に覆われている。なんらかの魔法によるものかもしれない。いかにも神聖だの、清廉だのといった、胡散臭い言葉が似合いそうな見た目だ。


 灰色に輝く、金属の胸当てと肩当て。その下に着ているのは鎖帷子くさりかたびらだろう。その鎖帷子の袖口の先、深紅の制服には金糸の刺繍が施され、夜風に深紫のマントがはためく。


 胸当ての中心には、剣と杖が交差した紋章が刻印されていた。


(四人……全員魔法使い、あるいは魔法持ちか。ただの兵隊じゃなさそうだ)


 彼らからは警ら隊のような、腑抜けた気配を感じない。

 威厳と規律を感じさせる雰囲気は、まさに訓練された兵士のそれだった。


 四人のうち三人は、開閉式の面当て付き兜を被っている。装備していない一人が、明らかに他の三人とは雰囲気が違っていた。振る舞いや声色から漂う重厚な気配は、紛れもない強者のものだ。


「あの真ん中にいる髭面は?」


「もっと言葉を選びなさい。魔導査察官ガレオ。局内でも人望、実績のある御仁です」


 ――魔導査察官ガレオ。


 黄褐色の短髪に、もみあげと顎髭が繋がる厳つい顔。無駄なく鍛え上げられた肉体は、まるでそれ自体が鎧のようだ。あの男は、魔法に頼らずとも戦えるのだろう。


 なにより、現場を鋭く見回す褐色の瞳が、幾度も修羅場を潜ってきたことを物語っている。


(アレは覚えておいた方が良さそうだ。出来れば関わりたくない相手だな)


「その男は死んでいるのか?」


 符穏の様子を見ている男に、ガレオが声をかけた。


「いえ。辛うじて生きています。拘束後、すぐに治療を開始してよろしいですか?」


「拘束は身体のみの、簡易的なものでいい。治療を優先しろ。決して死なせるな」


「心得ました。お任せください」


 指示を受けた男が、不穏の身体に両手を翳す。

 男の腕には、太い鎖が巻きつけられていた。


「——"四肢をもがれし骸の在処。声も届かぬ穴蔵を探れ"」


 符穏の使用した大儀式型の魔法とは違う、一節の単式魔法だ。

 男が唱えると、巻き付いていた鎖が意思を持った様に、不穏の身体を拘束する。


「——"獅子の眠りは安らかに。永き戦いに木漏れ日を"」


 鎖が両手足を拘束すると、男はそのまま、別の魔法を唱え始めた。不穏の身体が、温かな陽だまりのような、橙色の光に包まれる。おそらく魔法で治療しているのだろう。


 別系統の魔法の行使。

 これこそが、魔法持ちと魔法使いの決定的な違いだ。


 魔法持ちは詠唱を必要としない。だが、その力の系統は単一のものに限られる。

 そもそも両者の力は、名前が同じだけの別物なのだから違っているのは当然だが。


「ガレオ隊長、解析が終わりました。使用されたのは洗礼魔法、術者はこの男です。術者同士の争いではなさそうですが……」


「この気配……町に良からぬものがいるな。追跡は可能か?」


「申し訳ありません……追跡はおろか、正体を探ることさえ出来ませんでした。私の、力不足です」


「お前はよくやっている。その手に余るのであれば、局内の誰にも出来はしないだろう」


 ガレオは一度だけ顎鬚に触れて部下を見据え、静かな重さを感じる声で言い放った。


(人望のある御仁、ね……いかにも自分は武人だ、とでも言いたげな振る舞いだ)


 しかし、その場にいなくとも、後から探ることが出来るのは厄介だな。コイツらがどこまで調べられるものなのか。『この場に誰がいたのか』まで分かるようなら危険だが……。


「そんなに心配なさらなくても、あくまで魔力検知です。魔法も異能も使用していない貴方のことは、あの場にいたかどうかさえバレませんよ」


「……そりゃどうも」


 どうやら顔に出ていたらしい。隠し事や騙し合いは得意なはずなんだが。察しがいいのか、そもそも亜人が心の機微に敏感なのか……いや。単純にコイツが人をよく見ているのか。


「ガレオ隊長! この男、手配中の李符穏です」


 治療を終えた男が、符穏の仮面を外し、驚いたように声を上げた。どうやら、奴はお尋ね者だったらしい。そういえば、シヴィラが殺人鬼がどうとか言っていたな。


「李神父……そうか。であれば、この場に居たのは悪魔だろう」


「悪魔、ですか? とどめを刺さなかっただけ、優しい気もしますが」


「そうではない。例えではなく――本物の方だ」


 その瞬間、見るからに場の空気が一変した。

 ガレオの目が細まり、ひと際厳しさを増している。しかし、その険しい視線は、現場も局員も見ていない。僅かに首を反らし、空を見上げていた。


 闇の中に潜むなにかを。あるいは、この先に起こる事態を見据えているかのように。


 局員たちは全身を固く強張らせ、ガレオの放つただならぬ空気にのまれている様だった。呆然とガレオを見つめる様子は、あの男だけが、事の重大さを認識している。そんな光景だった。


「あの、隊長。本物とは……いったい」


 一人が怯えるように口を開いたその時。


「隊長。周囲に不審な人物は見当たりませんでした」


 男の言葉を遮り、ガレオの前に、上空から一人の局員が降り立った。どうやら、空から周囲を探索していたようだ。

 走って逃げなくて正解だった。メリムがいなければ、いまごろ見つかっていただろう。


「すでにこの付近にはいまい。李神父の様子は?」


「治療は完了しました。じき、目を覚ますかと」


「神父を連れて急ぎ局へ戻る。中央に連絡を。この一件、我々だけでは手に負えん」


「そんな……中央にまでお話が?」


 緊迫感を漂わせた簡潔な指示のあと、隣で絞り出すような声が耳に届いた。


「…………お父様」 


 メリムだ。目をやると、俯いて小さな肩を震わせている。窓枠にかけた両手は、指先が白くなるほど、強く握りしめられていた。


(……なるほど? だいたいの事情は読めてきたな)


 悪魔たちが、何故コイツを追っているのかは分からないが。やはりロクでもない話のようだ。


 メリムから視線を外し、再び外の様子に目を向ける。すると、治療を任されていた男が、神父の鎖と自身の身体につけたベルトを接続していた。


 それが終わると、ガレオの後ろに、三人が横並びに整列する。


「――”遥かなる旅路、船は黄昏の風と共に”」


 単式魔法を唱える厳かな声が、耳を震わせた途端。


 ゴウッ!と空気を一気に押し下げるような、重く低い音が響き、連中の身体が空へ打ち上げられた。噴出する青白い光の尾を残し、四人は瞬く間に飛び去っていく。


「ああやって飛んできたのか。便利なもんだ」


 ひとまず危機は去ったと思っていいだろう。

 俺が追われる理由も無さそうだ。


 といっても、本当に安全かどうかは——。


 誰も居なくなった外から視線を戻す。

 ほぼ同時に、俯いていたメリムが顔を上げた。

 

(——俺を助けた理由の読めない、コイツの目的次第だが)

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