Mellizos
「なんかやってるなーって来てみれば。シヴィラ、なにしてるの?」
「お野菜ではないと、少々お急を据えてました」
「……野菜?」
人だかりを抜けてきたシヴィルは、シヴィラの言葉に、きょとんと首を傾げていた。どちらの気持ちも分かるが、まぁ、普通は伝わらないだろう。
揃った二人を見比べてみれば、似ているどころの話ではない。髪型や服装を除いて、まったく同じ容姿だった。明確に違うのは瞳の色だけだ……性格も少し違うらしいが。
「見ろよ。双子の亜人だ」
「ねぇ……あの娘たちひょっとして」
「揉め事か? 警ら隊はなにしてる」
二人の見た目が、野次馬根性に拍車をかけたらしい。
ざわめきが大きくなり、人も増えているようだった。
いまにも警ら隊がやってきそうな雰囲気だ。
(不味いな……早くここから離れないと)
だがこの二人が、それを許してくれるだろうか。
コイツらはそもそも、人間に対して無頓着に思える。
警ら隊が来ることなど、気にも留めていないかもしれない。
そんな焦りが胸に浮かんだ直後、二人が動いた。
「まったくもう……問題を起こすなって、言われてたでしょう」
「不可抗力です。私は悪くありません」
悪魔たちは互いに、やれやれと首を振りながら、路地の真ん中で背中を合わせた。それぞれが、両側の野次馬と向き合う形だ。
いったいなにをするつもりなのか? なんて疑問は浮かばない。二人がなにをしようとしてるかなんて、明白だからな。
とはいえ、まさか、という思いはある。
もし俺の予想通りなのだとすれば、さすがに思い切りが良すぎるだろう。
案の定、赤と青の瞳が、人だかりに向けて光を帯びる。
それを見て、真っ赤に染まる路地を連想した。
幾人も積み重なる、バラバラになった屍を。
鉛のような匂いが鼻にこびりつく、血の海を。
(本当に……全員殺すつもりなのか?)
そんな疑問を抱いた瞬間。
「「——すべて忘れて。帰りなさい」」
二人の声が重なる。
まるで、子供に家へ帰ることを促すような声色だ。
同時に、瞳の色と同じ光が、一度だけ強く輝いた。
異能発動を示す兆候。
けれど、想像した惨劇が現実になることはないらしい。
野次馬は両手をダラリと垂らし、呆けた顔で振り返ると、そのまま散り散りに去っていった。大量殺戮が行われるのかと思ったが……悪魔だからと考えるのは、偏見だったようだ。
(これが悪魔の異能……精神に干渉するのか)
二人はそのまま、取りこぼしがないか確認するように、去っていく人々を眺めていた。
異能は魔法と違い、『視界に入る』すべてに作用する。そして何より厄介なのが、魔法と違い『即時発動』するところだ。
だから通常、異能者とやり合う際は、いかに視界から逃れるかが重要になる。イヴは例外だが……。
そう考えると、視界に入らずとも触れただけで殺されるアレは、本当に異能なのだろうか?
「あ……嫌な奴。また会ったわね」
確認を終えたシヴィルが俺に気づき、露骨に顔をしかめる。
生憎だが、その顔を浮かべたいのは、俺の方だ。
「おや? シヴィルのお知り合いでしたか」
「気をつけなさいシヴィラ。この人、びっくりするほど口悪いし、捻くれてるから」
「そうですか。割りと律儀な犬ころ……人に見えましたが」
……散々な言われようだった。
「なんでアンタたちが一緒にいるわけ?」
「この微生物……人間がメリムと会っていたようなので、お話を」
「はぁっ? ちょっと! なんで私を呼ばなかったのよ!」
シヴィラの言葉を遮り、烈火の如く怒り出す悪魔。
そんなことを言われても、俺の知ったことではない。
「約束をした覚えはないぞ」
「信じらんない! その態度といい、女の子には優しくしなさいって、教わらなかったわけ?」
「人の善意を当たり前として求めるな。女である前に、お前は悪魔だろう」
そもそも、俺が親から教わったのは、そんなご立派なものじゃない。なにせ、「女であろうと躊躇うな」、である。実に鬼畜極まりない教えだった。
「シヴィル、深夜です。大声を張り上げるのは、近隣の皆様にご迷惑かと」
「……それ、アンタが言うの? 言っておくけど私、結構遠くにいたんだからね? 遠目に見てもここ、凄かったわよ?」
「それは私のせいではないので。そこで寝ている狂人……元神父の責任です」
シヴィラが、チラリと視線で、倒れた符穏を指し示す。
それを見たシヴィルの表情が、軽口を叩いていた時とは一変していた。張り詰めた緊張感を漂わせた横顔。スッと細められた瞳は、俺にその真意を読み取らせない。
「——殺したの?」
「いえ。手加減しました。私は慈悲深いので」
「そう……」
妙な気分だった。二人の振る舞いには、時折違和感を覚える。
シヴィラが殺していないと言った後。
明らかにシヴィルは、ホッとした表情を浮かべたのだ。
シヴィルの様子もそうだが、例えばさっきの戦闘。
シヴィラは符穏をもっと早くに、それこそ首を落とされた辺りで、殺しておくことも出来たはず。いまも、俺を逃さないようにする方法など、いくらでもあるのにそれをしない。
この二人は、ひょっとして……。
「それは誤解です」
「それは誤解よ」
二人が同時に振り返る。
その目に、思わず息を飲んだ。
感情のない無機質な視線。
俺はこれに見覚えがあった。
あの人が……親父が俺を見る時の、あの目だ。
肉親の情など欠片もない、漆黒の瞳。
『この娘を殺してみせろ』
俺は、その目が恐ろしくて、だから——。
「へぇ? そうなの、アンタ」
「あの島――『非人島』に居たのですか」
「とても怖かったのね。けれど、愛していた」
悪魔の声が聞こえた気がしたが、定かではない。
頭の中が汚泥に沈むように、黒く濁っていく。
身体中がじっとりと汗ばみ、視界が過去に塗りつぶされる。
五感から、現実感が失われたようだった。
色褪せ、不確かに、遠く、乾いて、希薄に。
そんな、すべてが曖昧になった認識の中。
何故かその声だけは。
はっきりと聞こえた。
「——だから、殺したんですか?」
「――――父親を」
それは果たして、
どちらの声だったのか——。
ゴォッ!
唐突に、風を切る音がした。
踏み込み、右拳が突き出されている。
――なんだ?
ゴゥッ!
引き戻し、その流れで身体を回す。
左足を軸に、地面を削るように一回転。
遠心力を右足に乗せて、巻き込むように蹴りを放つ。
――俺は、なにを。
連撃は髪をちぎり、衣服を引き裂き、空を切った。
——いったい、俺はなにをしている?
「……少々驚きました」
「えぇ……強かったのね、アンタ」
コイツらはなにを宣ってるんだ。
不意打ちを見事に躱された俺からすれば、嫌味にしか聞こえない。
それよりも、なぜ俺はこんな馬鹿な真似をしているのか。
一対一ですら、勝てる気など微塵もしないのに。
二人に襲いかかるなんて――。




