23 仮面の告白
「兄さん……」
僕は言葉が続かなかった。
「良樹、父さんと母さんは」
「大丈夫、元気だよ。もちろん兄さんの裁判はショックだったと思うよ。でも今は普通に生活をしている」
「よかった」
兄は安堵したように溜息をもらした。
「治療はどう」
「まあまあだ。親に経済的負担をかけないで済むことが唯1の救いだ」
「きっと良くなるよ」
「無理だ。分かっているだろう」
裁判の時より、すっかり痩せて髪も完全に抜け落ちた兄が首を振った。
「兄さん、すまない」
「言うな」
兄は後ろで2人の会話をメモしている刑務官の方を気にするように見た。
「分かっている」
「元気でいろ」
「兄さんも」
そうして僕は短時間の刑務所での面会を終えた。
ゲートを出ると駐車場に行き銀色のベンツに乗った。滑るように駐車場から車を出し山道を下った。
兄は北関東の山の中にある刑務所に収監されていた。医師からは余命はもってもあと1年くらいと言われていた。
僕はステアリングを切って、人里離れた山道を降りて行った。
父と母は兄が膵臓がんで、しかも転移しているということを知っただけでなく、殺人を犯していたということも知り寝込んでしまった。兄には心配をかけまいと元気だと嘘をついたが、2人共別人のように老け込んでしまった。都心から片道3時間近くかかる不便な北関東の山奥を訪れるだけの気力も体力も無い状態だった。
両親の支えは僕だけになった。
僕は引きこもりのオタクで、ゲームばかりしていた。そのうち、ゲームに飽きて、自分でプログラミングすることやパソコンの自作に興味を持つようになった。大学は情報工学部に進学した。情報工学は興味のある分野なので真面目に大学に通った。
そして大学時代の仲間とネットワークのセキュリティを保守する会社を設立して社長になった。要は悪質なハッカーから企業を守るというビジネスだ。
僕は引きこもりの後半はハッカーになっていた。他人のコンピューターに侵入して、データを書き換えたりすることができるようになっていた。だが、それは犯罪なので、逆にハッカーから企業を守るビジネスを始めたのだ。
会社を設立できたのは、僕は母方の祖父母の養子に子供の頃になっていたからだ。母方の祖父母は資産家で名家だった。その相続対策と名前を継ぐということで次男の僕が養子に出されたのだ。だが生活は実父母と兄と1緒だった。ただ苗字が違うだけだった。
祖父母は僕が成人する前に亡くなり、その遺産を僕は母と2分の1ずつ相続した。結構な額だった。その遺産を資本にして会社を設立した。
そんな僕が、偶然仲間に連れられて行ったのが仮面舞踏会という地下アイドルのコンサートだった。
僕は1回でハマった。特に秋奈という美声のアイドルに惹かれた。ずっと引きこもってパソコンばかりいじっていた僕にとってそれが初めての恋だった。
それからは、コンサートがあれば必ず行き、秋奈のSNSは常にチェックし、秋奈のことばかりを考えて過ごすようになった。
秋奈が僕の生活の中心になり、彼女の声を聞くことが最大の癒やしであり楽しみになった。
秋奈が、同じグループのあゆみの苛めにより声が出なくなり仮面舞踏会を辞めたのは、僕にとって天地がひっくり返るようなことだった。
僕は秋奈のSNSにメッセージで、秋奈のことは僕が守る、推しは君だけだと告げた。
それなのに守りきれなかった。
そして彼女は消息不明になった。
僕は、秋奈から声を奪い、そして僕から秋奈を奪ったあゆみが憎かった。あのビッチが僕からすべてを奪ったのだ。
秋奈を守ることはできなったが、このままあのビッチを野放しにするつもりはなかった。
僕は野球帽を深めにかぶり、マスクをし、だぶだぶのジャンパーで体型を隠し、コンサートの後に見送りに出てきたあゆみに近づいた。
そして刺した。
憎しみを込めて何度も刺した。
そしてあゆみの腹の中に刃が入っている状態で包丁の柄をこねるように回した。
そうすると助からないと何かの記事で読んだことを覚えていた。
僕はあゆみが倒れて周囲が悲鳴を上げているのを聞いて我に返った。
(大変なことをしてしまった)
だが、捕まるわけにはいかなかった。
僕は駆け出した。
誰も追って来なかった。
公衆便所で着替えると、帽子や包丁やジャンパーを鞄に詰め込んだ。
そして何くわぬ顔で3駅先までコンビニなどの防犯カメラに映らないように注意しながら歩いた。
何度も電車を乗り換え、バスにも乗り、タクシーも使い複雑な逃走経路で家に帰った。
家に帰ると押し入れに全てを隠した。
これでバレないと思った。
だが、兄は知ってしまった。
兄が僕に貸した漫画本を探そうと僕が不在の時に部屋に入り、押し入れを物色して血まみれのジャンパーと包丁と野球帽を見つけて全てを理解したようだ。
あゆみ殺害の時の防犯カメラがとらえた写真がネットで出回っていたからだ。
僕が部屋に入ると兄が正座をして待っていた。
兄の前にはあの血のついた包丁などを隠しているダンボールが置いてあった。
「兄さん、何だよ。勝手にひとの部屋に入って。それに僕のもの……」
兄は僕の言葉を遮った。
「やったのはお前だな」
否定できない重さの言葉だった。
僕と兄は3歳違いだが、双子のように何でもお互いのことを分かりあい仲がよかった。兄に隠し事はできなかった。
僕は泣きながら全てを告白した。
兄は腕組みをして僕の話を黙って聞いてくれた。
話し終わると兄は僕の目を見た。
「自首しよう」
その言葉に僕はうなだれた。
「分かった。兄さん。警察に行く」
兄は首を振った。
「お前は行かなくていい」
僕は頭を上げた。
「どういうことだ」
「俺が自首する」
「何、言っているんだ」
僕はわけが分からなかった。
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