22 ハッピーウエディング
彼とのお付き合いは順調だった。
信じられないことだが、あんなにスマートで素敵なのに、彼は独身で、お付き合いしている女性はいな
かった。
彼は企業向けのネットワークのセキュリティを専門にしており、子供の頃からずっとパソコンに向かう生活だったらしい。大学を卒業するとすぐに起業して今の会社を立ち上げて軌道にのせるまで大変で、これまで女性と付き合う暇がなかったのだという。
彼にプロポーズされたのは付き合って3ヶ月後のことだった。もちろん私はイエスと返事をした。無職で将来の夢も無くした私にとって彼がすべてになっていた。
その翌週彼の両親に会いに行った。会ったというのは正確ではないかもしれない。墓3りだったからだ。私は彼の両親の墓前で手を合わせた。
今日は原宿にあるブライダルサロンに2人で来ていた。結婚式は彼の両親が亡くなっていることもあり、親族も呼ばないで2人だけで挙げることにした。本心を言うと私は自分の親兄弟を呼びたく無かった。実は彼には私が元地下アイドルでVチューバーだったことは言っていない。声優志望で、東京でバイトをしていたが、結局声優にはなれなかったとだけ話していた。
彼にこれまでのことを知られるのが怖かった。仮面舞踏会ではあゆみちゃんが殺されている。その犯人を私は裁判員裁判で裁いた。Vチューバーでは、村上の台本に従いHな話をずいぶんしていて、それがまだネットに残っている。身バレしないと思っていたからこそ、やったことだ。そして、最後のライブで中身を晒したことは今もネットでは話題で、削除しても違法に動画のコピーが動画投稿サイトにあげられている。キモオタの村上と中年のおばさんの中村の横に私が映っている。
そんなものを彼に見られたくはなかった。
幸い付き合って最初の時に、彼にアイドルとかVチューバーとかに興味があるかについて、おそるおそる訊いてみたところ、彼はそういうものには全く興味が無いと言った。
でも彼はパソコンの仕事をしているので、本当はそういうものに興味があるのではないかと探りを入れた。
だが、彼はパソコンの仕事と言っても、ビジネス向けのネットワークのセキュリティが専門で、ゲームもしなければ、アニメも見ないし、ましてアイドルなどには興味が無いとのことだった。
私はそれを聞いて胸をなでおろした。
「こちらのプランはいかがですか」
ブライダルサロンの女性の言葉に私の追想は止まった。
「お2人だけなら、こちらの海外挙式とハネムーンがセットになったプランがお勧めです。ハワイ、タヒチなどが1番人気ですが、カリブ海なども結構人気です。海と砂浜というロケーションをご希望でない場合には、ヨーロッパの小国で本物のお城で式を挙げるというプランもございます」
「どうする?」
「2人だけなのにお城というのはちぇっと……」
「そうだよね」
「では南の島にしますか」
「ええ」
新婚旅行兼挙式はバリ島に決めた。
私は表参道を彼の腕にぶら下がるようにして歩いていた。
街路樹の新緑は色鮮やかで、初夏のそよ風は心地よかった。
こんな幸せな日が来るとは夢にも思っていなかった。
彼の顔を見上げた。
彼も私の顔を見た。
「好きよ」
人混みの中で言うのは恥ずかしかったが、つい言葉が口に出てしまった。
「推しは君だけだよ」
彼が言った。
(えっ? どいうこと)
その言葉に一瞬凍りついた。
「ねぇ、今、何て言ったの?」
震える声で私は彼に訊いた。
彼は私が怯えたような顔をしたので、少し驚いたようだった。
「もう1度、同じ言葉を言わなくてならないのかい?」
「お願い」
「恥ずかしいな」
彼は笑った。
「ねぇ、もう1度言って」
「愛しているのは君だけだよ」
「本当?」
「当たり前だろう」
「本当にそう言ったの?」
「『愛している』は恥ずかしくて早口だったけどね」
(そうだったのね)
私は安堵した。
何を勘違いしていたのだろう。
アイドルに何の関心も無い彼が『推し』などという言葉を使うわけがなかった。
私は空を見上げた。空は青かった。そして青い鳥の寓話のように幸せはすぐそばにあったのだ。
もう私は迷わない。この人と幸せになると心に決め私は彼の腕に身体を寄せた。
ハッピーエンドの小説が読みたい方はここまでです。
次章からはダークサイドになります。
胸糞悪くなるかもしれないお話を好奇心から読みたい方はお進み下さい。
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