24 運命の再会
赤信号で止まると、そのタイミングを見計らったかのようにスマホが鳴った。
画面を見ると亜紀からだった。
僕は電話に出た。
「今、どこにいるの」
「出張だよ」
「大変ね」
「別に、クライアントの会社に行ってきただけだよ」
「今大丈夫?」
「運転中だけど信号待ちだ。短時間ならいいよ」
「じゃあ、手短に話すね。新居だけど、やっぱり港南じゃなくて、麻布の方がいいな」
「君の好きにしていいよ」
「じゃあ、私から不動産屋に連絡をしてもいい」
「もちろんだ」
信号が青に変わった。
「信号が青になった」
「切るわね。ねぇ帰りは何時ころになる」
「7時前には着く」
「また電話するね」
「ああ」
亜紀からの電話が切れた。
先週の日曜日に2人で新居を決めるために不動産を見て回った。最終候補は品川駅から歩いて10分ほどのところにある港南のタワーマンションの32階か、麻布にある低層階のマンションの3階の部屋に絞られた。タワマンの東京湾の夜景を取るか、落ち着いた山の手の高級住宅街にするかの選択だった。亜紀は麻布が気に入ったようだった。
車を走らせながら、今晩は亜紀の部屋に泊まろうと思った。まだ入籍前だが、たいてい夜はどちらかの部屋に泊まり、もう1緒に暮らしているのも同然だった。
東京に戻り会社に寄ると、クライアントが海外からのサイバーアタックにあっていた。急遽、リモートで対応して、仕込まれたウイルスを駆除しているところだった。
僕は亜紀に今晩は会社で泊まりになると告げた。
「ところで、部屋の方は決まったのかい」
「それがね……」
亜紀は品川のタワーマンションを断ろうとしたら、高校時代の友人から同窓会をやらないかと連絡があり、結婚のことを話したら、友人がお祝いのパーティをしたいと言い出したのだという。タワーマンションの最上階には住民用のパーティルームがある。亜紀はそこで高校時代の親しかった友人だけを集めてホームパーティをすることを思いつき、どちらの部屋にするのかを決めかねているのだという。
「君の好きな方でいいよ」
僕はそう言うと電話を切った。
「社長、すみません」
技術部のチーフの大野が来て言った。
「社長にまで徹夜での作業に付き合わせていまって」
「小さい会社だから仕方ないよ」
僕はそう言ってパソコンのモニターに向かった。
そして兄の言葉を思い出していた。
「どうして兄さんが」
「実は1ヶ月ほど前に会社の健康診断の結果が出て、精密検査を要すると言われた。それで検査を受けた結果が先週出た」
兄は言葉をそこで切った。
「がんだった」
「がん? 嘘だろ」
「膵臓がんで、ステージ3だ」
「どうなるの」
「膵臓がんは摘出が困難でやっかいだ。しかも転移し始めている」
「兄さん」
「医者は余命5年だと言っていたが、いろいろ自分で調べるともっと短いかもしれない」
「信じられない」
「俺だってそうだよ。あと5年も無いと思ったら急に昔読んで面白かった漫画をもう1度読みたくなった。何の苦労も心配も無い学生時代に声を上げて笑いながら読んだ漫画を読み返したくなったんだよ。部屋を探したけど無くて、お前に貸したことを思い出した。それでお前の部屋に入って探したけど本棚にはなかったから、押し入れのダンボールの中を見た。そして、これを発見した」
僕は言うべき言葉がなかった。
「なあ、お前と俺とを同時に失ったら、両親が悲しむ。失くすのは1人だけで十分じゃないか」
「兄さん!」
「だからこれは俺がやったことにする」
「兄さんが自首することは無いよ。それに今まで捕まらなかったんだから、これからも捕まることはないよ」
「日本の警察を舐めるな。いずれお前に行き着く。それに殺人罪には時効が無いことも知っているだろう。俺が死んだ後にお前が逮捕されて刑務所に行くことになったら両親はどうなる。絶望しかないだろう」
「でも兄さん」
「俺ががんになったのはショックだろう。だが俺がこんな犯罪をしていたと知れば、母さんたちも俺ががんで死ぬことを受け入れることができるんじゃないか」
「兄さん」
「それに自首すれば減刑される上、刑務所に入れば医療費はかからない。働けなくなった俺が末期がんの延命治療を受けたら両親の老後の蓄えを減らしてしまうかもしれないだろう。いろいろ考えたが、俺がお前の罪を背負って刑務所に行き、そこでくたばるのが親に負担をかけないですむ。俺は親のスネばかりかじって親不孝してきた。これがせめてもの親孝行だと思わないか」
兄はそう言って僕の身代わりとなって自首した。
僕は、兄の裁判を傍聴して最後を見届けるつもりだった。
(そ、そんな馬鹿な……)
心臓の鼓動が法廷に響き渡っているのではないかと危惧した。
それほどの衝撃だった。兄の裁判を傍聴していると、若い女性の裁判員が刺殺された被害者の写真を見て吐瀉し、裁判は中断した。その裁判員が戻って来て裁判が再開すると、その裁判員は自分のせいで裁判を中断させたことについて謝った。
謝罪する声を聞いて僕は耳を疑った。仮面舞踏会のメンバーの秋奈の声だったからだ。
(何故、秋奈があゆみ殺害の事件の裁判員をしているんだ)
僕があまりのめぐり逢わせに体が震えた。
裁判が終わると裁判所の前で秋奈が出てくるのを待った。
そして尾行して、自宅を突き止めた。
秋奈の自宅を知ったことに興奮し、僕はその場を離れないでいた。
すると、秋奈の部屋に誰かが訪ねて来た。
さらに秋奈が部屋から出て来て外で電話をし始めた。
僕はそれを盗み聞きした。
その内容に驚いた。
秋奈は今はVチューバーとして活躍しているらしく、生配信前にパソコンの調子が悪くなり、修繕屋を呼んで修理してもらっているらしかった。会社の名前やグループ名を会話の中から聞き取った。さらに秋奈の本名が亜紀であることも会話から知った。
僕は、詩音レイラをユーチューブで検索して再生した。
レイラの声は間違いなく秋奈だった。
その晩、僕は詩音レイラの生配信を視聴した。
そしてスーパーチャットで亜紀にメッセージを送った。
それからは、会社の仕事をリモートに切り替えて、できるかぎり亜紀のゆくところにはどこでもついて行った。会話を盗み聞きした。スタジオに亜紀が収録で1日籠もっている時は、亜紀の部屋の前にずっといることもあった。
そうしたら気になることが起きた。
亜紀の部屋に留守中に誰かが侵入しているのだ。
そこで、僕は部屋の前で張り込み侵入者の写真を撮った。
その顔を拡大した。
その顔には見覚えがあった。あの時のパソコンの修理屋だった。
僕はその男を尾行し会社を突き止めた。
小さなパソコンのメンテナンスの会社だった。
僕はすぐに動いた。自分の会社の臨時取締役会を開催してその会社を買収した。そしてその男を研修と称して呼びつけて、スマホを預かり気づかれないように位置情報を知らせるスパイウェアを仕込んだ。
それから僕はそいつを監視した。スパイウェアの位置情報だけでなく、親会社の社長として日報も提出させて行動をモニターした。
この男をどう処分してやるかを考えた。
そんな時、配信中の亜紀の自宅に奴が近づいているのをスパイウェアの位置情報から知った。
僕は亜紀の部屋に急行した。
ちょうど奴が侵入するところだった。
僕は、スーパーチャットで亜紀に警告した。
そして踏み込もうかどうか部屋の前で迷っていると悲鳴がした。
とっさに廊下にあった火災報知器の非常ベルを鳴らした。
けたたましい警報が鳴った。
奴は驚いて亜紀の部屋から駆け出てきた。
僕は階段を降りようとしていた奴の背中を思い切り突き飛ばした。
奴は階段から落ちて気を失った。
僕はもう1つの非常階段から下に降りると近くの茂みに隠れた。
消防車やパトカーが来て、野次馬が集まって来たところで野次馬の群れに入り様子を伺った。
亜紀が警察官と話をしていた。亜紀が無事なのを見て安堵した。
そして奴が逮捕されて連行されてゆくのを見た。
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