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17 アイドルでいたかったら愛人になれ


「もう大丈夫か」


「ええ、あれから何事もありません」


「すまなかった」


 村上和史が頭を下げた。


「村上さん、顔を上げて下さい」


「いや、今回のことは俺の責任だ。本当にすまん」


 私は村上に呼び出されて自宅の近くのファミレスに来ていた。村上は着くなりまず私に謝罪をした。昨日警視庁の刑事さんが会社に来て、私が襲撃された事件のことを詳しく説明して帰って行った。それは今後、同種の事件が起きないようにという注意喚起と共に、会社の人からの事情聴取も兼ねてのことだったようだ。


「いいんです」


「俺が配信用パソコンのパーツ交換をした時にメモリーの差し込み方が甘かったのが、第1のミスだ。その上、配信前に連絡が取れない状態になり、パソコンを直しに行けなかったことが第2の失点だ。そのせいで、飛び込みで知らない業者に依頼したのが原因で今回のようなことになり危険な目に遭わせてしまった。すべて俺のせいだ」


 そこまで言われて謝られると逆に村上をフォローするしかなかった。


「別に全部が村上さんのせいではないですよ。業者の人が作業に行った先のパソコンを勝手にいじって、合鍵を作り、不法侵入するなんてことまで普通は予想できないじゃないですか。犯人が悪いんです」


 あの夜、配信中に侵入した犯人は、裁判員裁判の初日の夜にパソコンの修理に来た男だった。Vチューバーが好きで、詩音レイラのファンだった。


 起動したパソコンにVチューバーの配信用ソフトが入っていることに驚き、勝手に中を覗き、そのパソコンが詩音レイラのものだと知ると、このチャンスを逃さまいと、机の上にあった部屋の鍵をスマホで写真を取り、その写真を元に3Dプリンターで合鍵を製造した。合鍵で留守中に入ると、亜紀の下着を眺めたり匂いを嗅いだり、カップに口をつけたり、マイクを舐めたりしていたそうだ。


 そして、勝手に上がりこんでそうした行為をしているだけでは飽き足らず、ついに生配信をしているところを覗きたくなって部屋に侵入したのだという。


 最初は覗くだけが目的だと供述していたが、取り調べてゆくうちに、配信後に縛り上げて強制性交をするつもりだったと自白した。犯人は住居不法侵入罪と強制性交未遂罪で起訴された。


 それにしても不思議なのは、ライブ配信中にまるで部屋の様子を見ているかのように「後ろ、後ろ」とチャットでメッセージが送られてきたことだ。


 この点を私は警察に伝えていたが、刑事はトークの文脈からみて不自然ではなく、ただの偶然だと結論づけた。


 ちょうどいいタイミングで火災警報が鳴ったのも、同じマンションの住民が悲鳴を聞きつけて助けを呼ぶためにしたのだろうと言われた。自分で110番をするのは面倒で関わり合いになりたくないが、断末魔のような悲鳴がしているのに見殺しにすることもできずやったのだろうと言われた。


 また、犯人は、逃げる時、階段から落ちて足を骨折して動けないでいるところを逮捕された。犯人は誰かに後ろから突き飛ばされたと当初は供述していた。だが、誰もそのような人影を見ておらず、犯人が慌てて逃走する際に足を滑らせて転んだのだろうと結論づけられた。


 私は何事もなく無事で、犯人が逮捕されたことは良かったのだが、ただの偶然が重なっただけとは思えず釈然としなかった。


「村上さんが、ここまで来てくださったのは、お詫びのためですか」


 最初、村上から2人きりで会えないかと連絡が来て、しかも私の自宅の近くまで村上が来るというので何の話かと警戒をした。だが、心配は杞憂だったようだ。


(村上さんも悪い人ではないんだ。結構気を遣うタイプだったのね)


「済んだことなので、もうそんなに気にしないで下さい。ただ、あの部屋は何だか気味が悪いので早く次の引越し先をお願いします。今度はオートロックでセキュリティがしっかりした部屋をお願いします」


 鍵は襲われたその日に鍵屋を呼んで交換してもらったが、それでも何だか気持ち悪くて安眠できなかった。会社の社宅なので、勝手に引っ越せないので、早く次の移転先を用意してほしいと要望を出していた。


「そのことを含めて話をしたくてきた」


「まだ何かあるんですか。それにそのことも含めてってどういう意味ですか」


「会社がこれからも亜紀に金をかけて売ってゆくのかどうかの岐路にあるということだよ」


「どういうことです?」


「実は、社長からユニットのリニューアルの相談を受けている」


「リニューアル?」


「新メンバーの加入だ」


「新メンバー?」


 初耳だった。


「そうだ」


「どういうことですか」


「俺達のユニットは最近マンネリ化している。ここのところ登録者数も配信の数も伸びていない。ライブの同接にいたっては落ちている。わざわざリアルタイムで観なくても、あとでアーカイブのまとめ動画でいいと思われているということだ」


「……」


「だからメンバーの入れ替えをして、イメージを一新したいというのが社長を含め幹部連中の意向だ」


「メンバーの追加ではだめなんですか」


 村上は首を振った。


「人を増やすと金がかかる。メンバーが増えれば、マネージャーの数だって増やさなくてはならなくなる」


「それって、まさか……」


「そうだ。リストラの対象はお前だ」


「あんな襲撃事件があったからですか」


 村上はゆっくりと首を振った。


「あの事件は話題になり逆に数字は伸びた」


「それじゃあ……」


「お前は普通すぎるんだ」


「普通?」


「確かに地声はいい。だけどそれだけだ。トークが上手いわけでも、歌が上手いわけでもない。お前はこれというのが無くて凡庸だ」


「そんな……」


「お前に足りないものを言ってやろうか」


 私は村上のことを見た。


「狂気だ」


「狂気?」


「お前たちVチューバーアイドルはまともじゃない。毎日、無数の愛の告白を受け、誹謗中傷される。ライブをすれば投げ銭が飛び交い普通のサラリーマンの月給くらいの額を1時間かそこらで稼げる。それが日常だ。同世代の他の子にはありえない状況だ。まともな神経じゃつとまらない」


「言われることは分かります。でも、私だってそれに耐えてこうして残っているじゃないですか」


「まあ、そうだな。だが視聴者が見たいのは、我慢して耐えている優等生じゃない」


「じゃあ、なんですか」


「だから狂気だよ。あいつらは狂気を求めている。普通なんて見たくないんだ」


「でも、普通なのは私だけじゃありません」


「ほう」


「金江さんだって狂気があるようには見えません」


「あいつは、あいつなりに狂っている。しかも金江は外せない」


「どうしてですか?」


「副社長の愛人だからだ」


「えっ?」


「知らなかったのか」


「はい」


 村上は笑った。


「ウチの会社は今、IPOの準備をしている。そのためには副社長の矢崎が必要だ。だから矢崎が推している金江をクビにはできない」


「IPOってなんですか?」


「現代の錬金術だよ」


「どういうことですか?」


「東京証券取引所のグロース市場に上場することだ」


「それが、どうして錬金術なんですか」


「いいか、うちの会社は未上場の中小企業だ。その株を市場で売ることはできない。だから宝の持ち腐れに近い。だが上場すると株を証券市場で売れる。会社の時価総額が百億円になれば会社の70%の株をもっている社長は70億円の資産を持っているのと同じだ。ちなみに副社長は15%所有していて、俺は5%だ。まあ実際にはそんな単純なものではないが、どういうことだか分かるだろう」


「つまり、簡単に言うと上場して会社の値段が百億円になると、その5%を持っている村上さんは5億円の価値がある資産を持っていることになるんですね」


「ちゃんと算数ができるじゃないか。実際には上場時の持ち株比率は異なるし、時価総額がいくらになるかもわからないが考え方としてはそうなる。それに、これが給料や印税だと億単位になれば、ほとんど税金にもっていかれてしまうが、株を売却した税率は約20%で、累進課税が無い。8割は手元に残る。だから、これが現代に残された一攫千金のチャンスなんだよ」


 そのような話が進行しているということを私は知らなかった。


「Vチューバーは今注目されている。ユーチューブの全世界におけるスーパーチャットでの獲得金額の世界ランキングトップのほとんどが日本のVチューバーだ。それにサイバー空間でのエンタメはまだまだ成長産業だ。上場するチャンスは十分にある」


「でも、それと金江さんとがどう結びつくんですか」


「お前も鈍いな。俺や社長はオタクだ。オタク向けに売れるコンテンツは作れるが、金融機関や東証の上場審査部の人間とか、大手監査法人の公認会計士、大手ローファームの弁護士連中とは住む世界が違う。奴らとはコミュニケーションをうまく取ることができない。その点、矢崎は一流大の経済を出て金融機関に勤めていた。あいつは、その界隈のニキたちとはツーカーだ。だから、あいつがいないと上場できない」


 矢崎がいないと社長と村上が大金を手にできないことは理解した。


「だから矢崎の推しである金江はクビにできない。金江はそれを分かっていて矢崎に近づき、矢崎を自分の虜にした。いいか、金江は上司にセクハラされた被害者なんかじゃない。食虫植物のような艶やかな花弁で矢崎を捕獲したんだ。だから、あいつも普通じゃない。ある意味、狂気をはらんでいる」


 あのコミュ障気味の人付き合いの悪い金江が、副社長を誘惑して、それに寄生しているというのか。


「では、中村裕子さんはどうなんですか。演技は上手いですけど普通の主婦ですよ」


「中村が普通の主婦だと」


 村上が大笑いした。


「なんで笑うんですか」


 村上は笑いすぎて出てきた涙を拭った。


「悪い、悪い」


 村上が私の方を向いた。


「中村は俺と不倫をしている」


「えっ?」


「話を聞きたいか」


 私は突然のカミングアウトに動揺した。




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