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16 後ろにいるのは誰?


 日が暮れた後の暗い部屋に1人で帰るのが、最近怖くなった。


 誰かが、部屋の暗がりの何処かに潜んでいるような気がして、私は部屋に入ると電気を全部つけて、トイレや風呂場の中も確認するのが日課になっていた。


 もちろん1度も異常があったことはない。


 玄関のドアの鍵がかかっていることをもう1度確認すると、椅子に座り、マネージャーに電話をした。


「もしもし」


「カウンセリングはどうだった」


「前世のことや裁判のことなどを話しました」


「それで」


「神経が過敏になるのも無理はないけど、すぐに心配するようなことは無いということです」


「よかった」


「でも、これから週に1回、カウンセリングに通うように言われました」


「わかったわ」


「それで、お願いした鍵の件はどうなりましたか」


「それは、もう少し待って、賃貸だから大家さんの承諾無しに勝手に鍵を付け替えられないのよ」


「なるべく早くお願いします」


「わかった」


「じゃあ、これから配信がありますので」


「今晩も頑張ってね」


「はい」


 私は電話を切ると、パソコンの電源を入れた。


 ソフトが起動すると画面に詩音レイラが映った。私が首をかしげると詩音レイラも同じ動きをする。瞬きまで一緒だ。


(それにしても良く出来ているわね)


 通常のVチューバーが使っているソフトに比べ、動きをなめらかにするために倍の手間がかかっているという村上オリジナルのソフトだった。


(村上さんのこういうところは評価しなくちゃ。『キングオブオタク』とか『界隈に舞い降りた神』と呼ばれるだけのことはあるわね)


 ただ、高性能なものほど故障しやすく、メンテが大変だ。国産の大衆車と高級外車の例をみても分かるとおりだ。村上のソフトは高性能だが、不具合も多かった。アバターの動きがたまに途切れることがある。私が喋っているのに唇が動かず、アバターの眼は宙を見たまま固まってしまうのだ。だから、私は配信前に必ずリハーサルをしてアバターがちゃんと動くかどうかを確認するのが習慣だった。


(大丈夫のようね)


 私は時計を見た。


 もうすぐ配信の時間だった。


 何のトラブルも無く時間通りに配信を始めることができ、同接の数も順調に伸びていった。


 ひと通り雑談を終えると、私は心理ゲームをやることにした。


「じゃあ、始めるわね」


 村上が作った簡単な心理ゲームアプリを画面上で動かした。質問に対して回答すると、性的嗜好が分かるというものだ。もちろん、どの選択肢を選ぼうとも私の本心が顕になるわけではない。選択の結果は、村上が適当に作ったもので心理学的根拠も、統計的根拠も無い。だが、トークが苦手な私はこういうツールに助けられていた。


「3つの扉があります。大きい扉、小さい扉、中くらいの扉、あなたはどの扉を開きますか?」


 問題を読み上げた。


 なんとなくオチの想像がつく質問だ。


 私は小さい扉を選んだ。


「俺と同じだ!」


「短小が好みなのか」


「レイラのものはそうなの?」


 待ち構えていたようにコメントが寄せられる。


「もう、皆、なに想像しているのよ。問題はまだ続くからね」


 私は次の問題を読み上げた。


「あなたの好きな歌手のポスターがあります。自室に貼るとしたらどこに貼りますか? 正面の壁、後ろの壁、天井」


 これもなんとなく結果の想像がつくベタなネタだ。


「う〜ん、どうしようかな」


 私はわざと迷って見せた。


「レイラは前だろう」


「いや乗馬姿勢だろう」


「もう、みんな、何考えているのよ。変な想像をしないで!」


「俺は後ろだな」


「後ろだ」


「後ろ」


(なに、しつこいわね)


 すると、注意を引くように赤スパが投げ込まれた。


「後ろだ! 後ろを見ろ」


(なによ、気持ち悪いわね)


 だがそう言われると何だか気になる。私は後ろに目線を移動した。


 玄関の鍵はかかっているし、部屋には自分しかいない。後ろには何もないはずだ。


「えっ」


 思わず声を出してしまった。


 ゆっくりとドアが開き始めた。そしてドアノブには人の手がかかっていた。


 私は悲鳴を上げた。


 するとアノニマスの仮面をつけた男が部屋に飛び込んできた。


「声を出すな!」


 私を抱きかかえて口を手で押さえようとした。


 だが、私は男の指を噛み、絶叫を続けた。


 そしてウェブカメラに腕を伸ばし、それを掴むと正体不明の男に向けた。


「このカメラで、あなたの姿は世界中に配信されているのよ」


 男は少しひるんだ。


 そしてモニターを見た。


 アバターを動かすソフトはオンになっているので、映っているのはレイラだけだった。


 私はマウスを握り、実写に切り替えようとした。


 その手を男が掴んだ。


 警報のベルがけたたましく響いた。


 男はきょろきょろとあたりを見回した。


「誰かが通報したわよ。すぐに警察が来るわ」


 男は私を突き飛ばすと、部屋から飛び出していった。


 開け放たれた玄関からは警報音がさらに音量を増して流れて来た。


 私は荒い息をしながらスマホから110番した。




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