15 誰かに監視されている
「亜紀ちゃんどうしたの? 浮かない顔をして」
収録の休憩時間中に中村裕子が心配そうな顔をして訊いた。
「実は最近、奇妙なことがあって」
「何、どうしたの」
「何だか、部屋の中の物の配置が違っているような気がするの」
「どういうこと?」
「誰かが部屋に侵入している気がするの」
「何か盗られたものは?」
「ないわ」
「窓とかの鍵を掛け忘れたんじゃない。だから誰かがいたずらして」
「違うの。ドアの鍵も、窓の鍵もちゃんと掛けた。それに窓が割られたり、こじ開けられたような形跡もない。最初の時は分からないけど、異変に気が付いてからは、出かける時と帰った時に、必ず鍵がかかっているかどうかを確認しているの」
「警察には?」
「何も盗られていないから110番はしなかったけど、相談窓口には電話したわ」
「それで何だって」
「何も盗られていないし、侵入された証拠も無いとなると捜査はできないみたい。でも家の周りのパトロールは強化して、時々見に来てくれるって言っていた」
「ねぇ、その物の配置がおかしいというのは具体的にはどういうこと」
私は話すのを少しためらったが、話すことにした。
「例えば下着が変なの」
「変って?」
「私、パンティは丸めて、クロゼットの引き出しに並べて収納するの、重ねるとどこにどれがあるか分からないから、丸めて箱に入ったチョコレート菓子のように一覧できるようにしているの」
「それで」
中村裕子は興味深々という様子で身を乗り出した。
「その巻き方が変わっているの。まるで誰か一度取り出して、広げて、また元に戻したみたいなの」
「本当に誰かがやったの」
「分からない。無くなったものは1つも無いから、私の見間違えとか言われると自信が無いけど……」
「他には?」
「細かいことでは、机のマイクの位置とか、マグカップの位置とかが出かける前とは微妙に違っているような気がするの。それに……」
「それに何?」
「誰かに監視されているの」
「相手の姿は見た?」
私は首を振った。
「でも、尾行されているみたいなの」
「本当に?」
「多分……」
「その尾行している人は確認したの?」
私は再び首を振った。
「でもどこからか視線を感じるのよ」
「いつからなの?」
「えっ?」
「いつからそうなの」
私は考えた。
(誰かに尾行されているような視線を感じたのは裁判員裁判の初日の帰り道からだわ)
中村裕子にそのことを告げた。
「やっぱりねぇ」
ため息をついて中村裕子が言った。
「やっぱりって……」
「それは裁判のせいよ」
「裁判のせい?」
「その裁判は、あなたの転生前のアイドルユニットのメンバーが殺された事件でしょ。犯人はファンの男性で、コンサート会場で刺殺されたのよね」
「ええ」
「そんな身近な事件を、あなたが裁いて、しかも昔の仲間のむごたらしい死体の写真とかを見たのよね」
「そうよ」
「PTSDだわ。裁判がトラウマになっているのよ」
「そうなの?」
「私これでも院卒で臨床心理士になる勉強をしていたの。間違いないわ」
急にそう言われても戸惑うだけだった。
「私の方から村上に言っておく。カウンセリングを受けた方がいいわ」
中村裕子はそう勧めたが、私は何か釈然としない思いだった。
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