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12 論告・求刑

 岡田裁判長が検察官に論告をするように言った。


 若宮検事は立ち上がると論告を始めた。

 

 私は若宮検事の言葉をほとんど聞いていなかった。


 昨晩配信が終わった後、あのストーカーのようなスーパーチャットのコメントが気になり寝付きが悪く睡眠不足で頭がボーッとしていたからだ。


(私をやっと見つけたってどういう意味なの? ユーチューブでライブ配信をしているんだから、いまさら見つけるも何もないでしょ。それともやっとお気に入りのVチューバーに出会えたということなの)


 私は小さく頭を振った。


(そんなわけない。あの書き方は、私のことを探していて、ついに見つけたようなニュアンスだったわ)


 コメントの『推しは君だけ』という言葉をどこかで聞いたことがあるような気がした。だが思い出せなかった。ファンがアイドルに『推している』というのは普通だ。別に珍しいことではない。


「よって被告人に懲役7年を求刑します」


 最後の部分だけが頭に入ってきた。


 若宮検事が論告を終え着席すると、岡田裁判長は「では、弁護人」と弁護人に弁論をするように言った。


 弁護人が立ち上がった。


 若宮検事はパワーポイントを使い、しかも身振り手振りも入れて自分の言葉で語っていた。

 

 私は、最終弁論なのだから弁護人も同じようにするのだろうと思って弁護人の方を向いた。


 弁護人は立ち上がると手にした書面を読み上げた。ただの朗読だった。


 私は海外の法廷サスペンスのようなドラマチックな弁論を期待していた。だが、弁護人は抑揚の無い声で事前に用意をしてきた書面をひたすら読み上げるだけだった。


 私は聞いていて何回か眠りそうになった。だが、法壇の上に座り傍聴席から見られているのに最終弁論でうたた寝している姿を見せるわけにはいかなかった。


 私は太腿をつねり、眠らないようにした。


 弁護人は、被告人はがんが進行しており余命いくばくもなく、かつ真摯に反省していて、自首したのであるから、何卒寛大な刑をお願いしたいと述べて弁論を終えた。


 弁護人の最終弁論が終わると、岡田裁判長は被告人に前に出るよう言った。


「被告人、最後に言いたいことがあれば述べてください」


 被告人はうつむいていたが頭を上げると言った。


「自分がしたことを本当に悔いています。被害者のご遺族にお詫びをしたいと思います。もう自分は何年も生きることができないので、いかなる刑に処せられようとも甘んじてそれを受け入れます。本当に申し訳ありませんでした」


 被告人の声は最後は涙声になった。


 岡田裁判長は、被告人の言葉に大きく頷いた。


「ではこれで審理を終わります」


 午前中の法廷が終わり、控室に戻ると岡田裁判長は裁判員に「ご苦労さまでした」と労をねぎらった。

そして時計を見て、続けた。


「今は11時40分ですので、これから昼休みを取り、13時からこの部屋で評議を開始します。それまではご自由にして下さって結構です。裁判所の地下に食堂やコンビニがあります。地下の食堂を利用されてもよいですし、コンビニでお弁当などを購入されてこの部屋でお食事をとられても結構です。ただ外に食べに行くとなると、前にもお話ししました通り、裁判所の近辺にはお店が無いので時間までに戻ってくることができなくなるかもしれないのでご注意ください」


 私はとりあえず地下に行ってみた。


 学生食堂を思わせるような古い食堂とコンビニエンスストアがあった。郵便局や本屋も入っていた。


 食欲が無いのでコンビニでサンドイッチとお茶を買って控室に戻った。


 自分の席につくとスマホを見ながら食事をした。


「評議ってこの部屋でやるのかしら」


 昨日、お茶を入れてくれた品のよさそうな中年女性が私に話しかけてきた。


「ええ、多分そうだと思います。さっき裁判長がこの部屋で評議しますって言っていましたから」


「あら、そうだったの。私、聞いていなかったわ」


「お弁当、持って来ていらしたんですか」


 私はその夫人の弁当箱を見ながら言った。


「ええ、息子に、この辺は食べるところが無いからって言われたものだから」


「息子さんはこの辺で働かれているんですか」


「ええ」


 そして、女性は少し声をひそめて続けた。


「ここだけの話よ。息子は刑事なの。裁判所の斜向いにある警視庁に勤めているのよ」


「そうだったんですか」


「刑事の母親が裁判員になっても大丈夫なのって、息子に訊いたけど、息子は関係無いっていうのよ」


 私は、司法関係者や一定の公務員は裁判員にはなれないという昨日聞いた説明を思い出した。



「昨日の面接では息子さんのことを訊かれませんでしたか」


「私、自分から言ったのよ。息子は刑事ですって」


「そうしたらなんて言われました?」


「所属とか分かりますかと訊かれたから、警視庁の捜査2課で勤務していますって本当のことを言ったの。そうしたら、裁判官同士で何かひそひそ話をしてから、別に問題ありませんって言われたの」


「そうだったんですか」


「あなた、捜査2課って何をするところだか分かる?」


「いいえ」


「私も息子に聞くまで知らなかったんだけど、詐欺とかの知能犯を取り締まる部署なんですって。今はオレオレ詐欺グループを追いかけているらしいわ。だから殺人事件とかは担当しないからこの裁判とは無関係らしいの」


 私はそうした警察内部の事情については全く知らなかった。そういうものなのかと思った。そんな話をしているうちに午後1時になった。





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