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11 やっと君のことを見つけたよ


 駅を出ると私は後ろを振り返った。


 怪しい気配はなかった。


(やっぱり気のせいだったんだわ)


 裁判員になって殺人事件を裁くというだけでもストレスなのに事件の被害者はあゆみちゃんだった。多分、今日は神経が過敏になっているのだと思った。


 商店街を抜けてしばらく歩いたところに私の部屋はあった。事務所が借りて与えてくれたアパートだった。


 自宅で配信するので、ネットの高速回線が必要だし、ある程度は防音が必要だ。だが、そういう条件をつけてゆくと家賃が高くなる。だから事務所が借りて貸与してくれている。とはいえ、オートロックのある高級マンションではない。3階建ての団地のような建物だった。


 私は部屋の鍵を開けて中に入った。


 1DKの狭い間取りだった。奥の8畳間に机を置き、モニターや機材を配置して配信をしているが、ベッドもあるので部屋は狭く感じる。食事はダイニングに置いた2人用のダイニングテーブルで取っていた。


「ああ疲れた」


 そんな独り言をいいながら机に鍵を放り置いた。


 時計を見た。


 6時を過ぎていた。配信は9時からだった。


 とりあえずパソコンのスイッチを入れた。


(あれ?)


 パソコンは起動しなかった。


(電源のコンセントが抜けているのかしら)


 電源を見たがコンセントはささっていた。もう1度、パワーのスイッチを押してもパソコンは起動しなかった。


(どうしよう。9時から配信があるのにパソコンが動かない)


 私はマネージャーに電話をした


「どうしたの」


「パソコンが動かないの」


「電源は」


「確認した。ちゃんと入っている」


「……」


「すぐに村上さんに来てほしいの」


「分かった。いったん切るから」


 パソコンのことは村上でないと分からない。


 すぐにマネージャーから折り返しの電話が来た。


「困ったわ。村上さんと連絡がつかないの。とりあえず古いPCを使って今日の配信をすることはできないかしら」


「昨日、機材をリニューアルした時に、古いのも持って行ったじゃない」


「そうだったわね。ねぇ、昨日は動いていたんでしょ?」


「多分そうだと思うけど、私は見ていなかったのでよく分からない。それより村上さんはどうなったの。本当に連絡がとれないの?」


「何度も電話したけどつながらないの。予定表にも行き先が書いてないし」


「どうしたらいい? このままじゃ配信ができない」


「なんとかする」


 マネージャーの電話が切れた。


 私は昨日、部品を交換してリニューアルしたパソコンを見た。機械音痴の私はどうしたらいいのか分からなかった。


 10分後くらいにマネージャーから連絡が来た。


「パソコンの修理屋を手配したわ。あと30分くらいでそっちに着くはずよ」


「知らない人が部屋に来るの?」


「しょうがないでしょ。村上さんと連絡はつかないし、配信まで2時間しかないのよ」


 30分後にドアのチャイムが鳴った。


「はい」


「株式会社ソリューション・パートナーです」


「あの、どういうご用件でしょうか」


「株式会社アイドル・ウェアハウス様のご依頼でパソコンの修繕に来たものです」


「はい、今開けます」


 私がドアを開くと、作業着のジャンパーを着た若い男性がお辞儀をした。


「上がってもよろしいですか」


「どうぞ」


「パソコンはどちらですか」


「これです」


 男はパソコンの前に座るとケースを開けて中を調べ始めた。


「最近、このパソコンをいじりましたか」


「はい、昨日、中のパーツを交換しました」


「なるほど。どれを交換したんですか」


「私は何も分からないんです」


「そうですか」


 スマホが鳴った。


 マネージャーからだ。


「電話に出ますので、失礼します」


 キッチンに私は行った。


「どう」


「いま来て見てもらっている」


「直りそう」


「まだ、わからない」


 すると、私は修理屋に呼ばれた。電話を切ってパソコンのところに行った。


「初歩的な接続の不良です」


 修理屋が電源ボタンを押した。


 モニターに画面が映し出されて起動した


「よかった もうこれで大丈夫ね」


「一応電源は入って、OSは起動しましたが、他に不具合がないかチェックしないと異常は無いと断言できません。どこか他にも不具合があると起動してもすぐにブルースクリーンになったり、電源が落ちたりしますから」


「それは困ります。これからテレワークで大事な仕事があるんです」


「ではPINを入力してください」


 私は暗証番号を入れた。


 ロック画面が解除された。


「他に不具合がないか調べて確認してみます。もう少しお時間がかかりますがいいですか」


 電話が鳴った。


 また、マネージャーからだった。


 話の内容を聞かれたくないので私は部屋を出て外に行き話した。


「どうだった」


「無事、パソコンが起動したわ」


「よかった」


「一応、動いているけど他に不具合が無いかを見てもらっているところ」


「もう大丈夫ね。でも配信開始まであと45分しかないから、修理屋が帰ったらすぐに準備して」


「ええ」


 それから私は今日の配信についてマネージャーと打ち合わせた。


 戻ると、修理屋は工具を片付けていた。


「どうでした」


「もう、大丈夫です」


「原因は何だったんですか」


「メモリーがちゃんと刺さっていませんでした。昨日部品交換されたとすると、その際のミスでしょう。ただ部品を交換した後に起動確認をしないとは考え難いので、多分一度交換して起動したのを確認した上で、おそらくCPUクーラーのファンの位置が気になって付け替えたりして、そのときに作業の邪魔になるとメモリーを抜き取り、再度取り付けた時に、差し込みが不十分だったのだと思います。まあ、既に一度起動確認済みだったので、大丈夫だろうと思い、そのまま終えてしまったのでしょう」


 私には何のことを言っているのか全く分からなかった。


「ご請求は会社宛ですよね」


「はい」


「ではこちらでお願いします。それからここにサインをお願いします。お支払いは後日のお振込で結構です」


 私は会社宛の請求書を受け取った。





 私はゲーミングチェアーに座ると、パソコンの電源ボタンを押した。


 ファンが回る音がして、パソコンの中がサイバーパンクな街並みのように光り始めた。


 2台の大型モニターに画面が映し出される。


 配信用のソフトを立ち上げた。村上が開発したものだ。アバターの動きが他のソフトよりもなめらかで細やかだった。


 モニターでちゃんとアバターが映っているのを確認した。ウェブカメラで撮った自分の口や顔の動きがそのままリアルにアバターに反映されて、アバターが本当に喋っているように見えた。


 配信の時間が来た。


 私は配信をオンにした。


 マイクに向かった。


「今晩は、詩音レイラよ」


 私の転生後の名前は詩音レイラだった。


 配信前から待機していたファンのコメントが右側のコメント欄に流れ始める。


「レイラちゃん、こんばんは」


「ハロー」


「こんばんわんこ」


 右側のモニターには視聴者が見ている画面が映る。左側のモニターは配信ソフトのホーム画面だ。そこで配信をコントロールする。


 配信では一方的に私が喋る。


 昔のラジオのトーク番組と同じだ。


 違うのは視聴者のリアルタイムのリアクションがコメント欄で表示されることだ。


 それは少しばかりのタイムラグを置いて対話をしているのと同じだ。


 私は他のメンバーとショッピングに行った時のエピソードを話した。


 全部アドリブで話せる子もいるが、私には無理だった。事前に村上が台本を書いてくれる。台本には必ず少しエッチな話が入っていた。例えば、愛梨と服を買いに行き試着しようとしたら、試着室が満員だったので、2人で1つの試着室に入り、お互いの下着姿を見たとか、愛梨は着痩せするタイプで実はすごく胸が大きかったなどだ。


 視聴者はそんな話に興奮するらしく、「洋服代」などと言ってスーパーチャットを投げてもらうこともある。


 トークばかりだと中だるみするので、カラオケで歌も歌う。


 その多くはアニソンだ。


 私は今流行しているアニソンを歌った。


 歌い終わると投げ銭が来た。


 いつもは千円か多くても2千円くらいだった。

 

 すると10000円のスーパーチャットが投げられた。


 めったにない赤スパだ。


 そのコメントを読み上げようとして氷ついた。


「やっと見つけた。もう離さない。推しは君だけだ」


 コメントにはそう書かれていた。


(やだ、ガチ恋勢?)


 私は、そのストーカーのようなコメントをあえて読み上げなかった。


 気が付かない振りをして無視した。


 そのコメントに思わず法廷で見たファンに刺されたあゆみちゃんの死体の写真が蘇ってきた。


「どうしたの?」


 そんなコメントが並んでいた。


 私は沈黙してしまっていたようだ。


「何でもない」


 私はマイクに慌てて語りかけた。


「もしかして、トイレ? 草」


 そのコメントに対して、「やだ、ばれちゃった」とわざとおどけて答えた。


「ちゃんと流した?」


「失礼ね」


 上手く茶化してごまかすことができた。


 その後はあゆみちゃんの死体のイメージを振り払うように、ことさら明るく喋り配信を終えた。




【作者からのお願い】


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